第4話 アルクの町
ハーブ採取に夢中になりすぎて、アルクの町に着く頃には日が傾きかけていた。
夕日に照らされて、蜂蜜色に染まった石造りの家々。
アルクの町は、ゆるやかな丘に小川が流れる素朴な町だった。
ペルヘシテートは獣人の国だから獣人ばかりなのかと思いきや、獣耳や尻尾がない人もちらほら見受けられる。
異邦人を囲い込むために外部との接触を極力なくしているリンヌンラタと違い、種族を問わず受け入れているおおらかな国なのかもしれない。
おかげで誰かに止められることもなく、すんなりと宿に泊まることができた。
案内された部屋は、一人で泊まるにはちょうど良い広さで、ベッドとサイドチェストと一人掛けソファが置いてある。
「どうだい? この部屋は快適そう?」
ここまで案内してくれたおかみさんが、不安そうにわたしを見る。
部屋を一目見てすっかり気に入ったわたしは、笑顔で頷いた。
「ええ、ありがとうございます。長期滞在予定なので、助かります」
最上階の屋根裏を利用した部屋なら宿代はふつうの部屋の半分だと聞いて、即決したのは言うまでもない。
この時ばかりは、自分の背が低いことを嬉しく思った。
「食事は朝夕二回。昼は……二軒先のピサラ亭がオススメだね。キッチンを使いたかったら、声をかけておくれ」
「わかりました」
「じゃあ、良い滞在を」
おかみさんはそう言うと、鍵を渡して階段を下りて行った。
一人になった室内を、改めて見回す。
屋根に沿って斜めになっている壁には、窓がついていた。
こういうの、天窓って言うのかな。
窓から差し込む日光が照らしていたのだろう、サイドチェストの上はほんのりと温もっている。
「これなら……ちょうど良さそう」
わたしはさっそく、床の上でトランクを広げた。
採取してきたメディカルハーブを、それぞれ選り分けていく。
今回採取できたのは、ダンディライオン、セントジョンズワート、エキナセア、ローズヒップ、カモミール、マルベリー、マテの七種類だ。
それぞれを保存袋に入れていく。
「時間がかかるやつは、前もって準備しておかないとね」
メディカルハーブを利用するには、さまざまな方法がある。
一番簡単な方法はハーブティーにすることだが、熱湯にハーブを入れてその蒸気を吸う蒸気吸入や、ハーブの有効成分をアルコールで抽出するチンキなど、症状に合わせて臨機応変に使い分けることができるのだ。
今作ろうとしているのは、浸出油。
広口のガラス瓶にセントジョンズワートを入れて、セントジョンズワートが完全に浸るくらい植物油を注ぐ。
瓶にしっかりふたをして、
明日以降は、一日一回、瓶を振って中身を混ぜる。
それを二週間続けたら、瓶の中身を
この浸出油は、
セントジョンズワートが持つ鎮痛作用が、傷の痛みを和らげてくれるのだ。
「これから何度も森へ行くつもりなんだもの。あって困るものではないわ」
湯煎で植物油を加熱して作る方法もあるけれど、客室では火を使えない。
急ぎではないし、なんなら自己満足の趣味でしかないし、今はこれで十分だ。
「まさか、こんなところでメディカルハーブの群生地と巡り合うとは、思いもしなかったなぁ」
あの森には、今日集めたメディカルハーブ以外にも使えそうなハーブがありそうだった。
ラズベリーリーフやミントなど、手に入れておきたいメディカルハーブは多い。
「それにしても……なんでも持ってくるものね」
初めての一人旅。
もしかしたら旅先で定住することになるかもしれないと、持っていけそうなものはなんでも詰めてきたのだ。
トランク一つと侮るなかれ。
これはわたしが同僚と協力して作り上げた特別なトランクで、トランクより大きなものは入らないけれど、トランクより小さいものは何でも収納できてしまう優れもの。この世に二つしかない、貴重なものだ。
「……怒ってるかなぁ」
トランクを共同開発した同僚。
運が良いのか悪いのか、わたしが追放された時、彼は出張中だったのだ。
お別れを言うこともなく、手紙を預けるでもなく。
一言もなく追放されてしまったわたしのことを、彼はどう思うだろう。
「──なんて。考えるだけ、無駄よね」
彼と会う機会は、二度とないだろう。
彼は、リンヌンラタの魔導師。それも、異邦人を召喚できる数少ない魔導師だ。
そんな彼を、リンヌンラタの魔導師団が手放すはずがない。
彼がいれば、異邦人帰還魔法の効率的なやり方も研究することができそうだが……。
その時ふと、師団長の言葉を思い出した。
『これからは、トリバミのためにも、自分のために生きるのだぞ』
わたしのため……って何だろう?
パパを異世界へ帰すため、目標に向かって走り続けてきた。
目標が達成してしまった今、わたしの中は空っぽになっている。
いつか、満たされる日が来るのだろうか。
今はまだ、想像もつかなかった。
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