追放先は、獣人の国

第3話 まさかの楽園発見ですか⁈

 師団長にかかれば、転移なんて一瞬だ。

 気づけばわたしはトランク一つを持って、森の中にいた。


 ……えーっと。

 森、ですね?


「おかしい。わたしはなぜ、森の中にいるのでしょうか?」


 わたしの疑問に、答える人はいない。

 見回す限り、木! 木! 木! 

 鬱蒼うっそうとした森が広がっているだけだ。


「わたしがお願いしたのは、エルフの国【イクイスース】だったのですが……」


 イクイスースは別名【遺跡の国】とも呼ばれている。

 かつて都市として栄えていた国を、エルフたちが観光資源にしているのだ。


 国のあちこちに存在する古代遺跡を効率良く保護するため、そして観光客たちをうまく巡らせるために、エルフたちは街道を整備した。

 そういうわけだから、イクイスースにこんな森があるはずがないのだ。


「追放記念に旅行でも……と、軽い気持ちで行き先を決めたのがいけなかったのかな……?」


 わからない。わからないけれど。

 確かに言えるのは、師団長の転移魔法が失敗してしまったということだ。


「師団長、腕が鈍ったのでしょうか?」


 いけない。

 魔導師たちの仕事が、大幅に増えてしまう。


 ……なんて心配したところで、追放されたわたしに何かできるわけではないのだけれど。

 とりあえず、尻拭いをさせられるであろう元・同僚たちの無事を祈ろうと、わたしは手を合わせた。


「ナムナム……」


 これは、パパの世界の言葉だ。

 かわいそうな人の無事を祈る時に、使うのだと思う。たぶん。


 転移魔法の失敗は最悪の場合、四肢欠損……つまりは、死、だ。

 五体満足なだけ、良しとすべきだろう。生きてさえいれば、なんとかなる──のです!


「さて。これから、どうしましょう?」


 茂みの向こうから、今にもポインポインとスライムが出てきそうな雰囲気。

 ……ん? ということは、初級冒険者向けの森だろうか。


 スライムは、森にあるゴミや汚れをきれいにしてくれる生き物だ。

 子どもでも倒せるような弱い生き物なので、強い動物が住む森ではあまり見かけない。


 とりあえず、今すぐに命が危険にさらされることはなさそうなので、わたしは持っていたトランクを脇へ置き、近くの切り株へ腰掛けた。

 ひと息入れてティーブレイク……といきたいところだけれどグッと我慢して、一枚の紙を取り出す。


 この紙は、魔導師だけが作れる特別な世界地図だ。自分がどこにいるのか、知ることができる。

 ピコンピコンと点滅している印が、わたしがいる現在地。


 リンヌンラタの北北東、獣人の国【ペルヘシテート】。アルクの町のすぐそばにある、比較的大きな森の中──そこに、印はあった。


「ペルヘシテートは、森と湖が美しい、自然豊かな国です。国民は内向的でシャイで無口。でも、心を許した人には愛情深く接します……か」


 地図に浮かび上がったペルヘシテートの説明を読み上げて、わたしはムムッと顔をしかめた。


「イクイスースはリンヌンラタの南南西ですよ? ペルヘシテートは真逆じゃない」


 ……もしや、失敗ではなく師団長のお節介だったのでしょうか。


 気分転換──という意味では、ペルヘシテートでも間違いではない。

 この国の豊かな自然は、わたしの傷心を慰めてくれるだろうから。


「とりあえずこの……アルクの町へ行ってみようか」


 そうしてわたしは、歩き出した──のだが。


「お……おおお……!」


 アルクの町へ向かって歩き始めて、すぐ。

 わたしはを発見してしまった。


「ダンディライオン……それに、セントジョンズワートにエキナセアも!」


 異邦人の知識により高度な医療技術を持つリンヌンラタではあまり注目されていなかった薬用植物──その名はメディカルハーブ!

 薬ほど効き目はないものの、副作用などの有害な作用の心配がないため、子どもや動物にも使える優れものだ。

 パパ曰く、異世界の薬のルーツはメディカルハーブにあるのだとか。


「こんなにいっぱい……」


 ここは楽園か⁉︎ って言いたくなるくらい、たくさんの種類のメディカルハーブが自生している。

 思いがけない幸運に、わたしは興奮した。


「ああっ、あっちにはローズヒップとカモミールが! そっちにはマルベリーとマテもある!」


 これだけでも、さまざまな症状に対処することができる。


 例えば、ローズヒップとカモミール。

 乳鉢でローズヒップをつぶし、種と毛を除く。お湯に細かくしたローズヒップとカモミールを入れて数分抽出し、茶こしを使ってカップへ注いだら──なんと、肌荒れに効くお茶になるのだ!


『カモミールは消炎作用に優れているんだよ。鎮静作用もあるから、ストレスによる肌のトラブルに有効なんだ』


 とは、パパの言葉である。


『ティプや、リンデンとウスベニアオイを分けてくれ。わしのお肌がシワシワなんじゃあ』


 ……うん、師団長との思い出はしまっておくとして。


「もったいない。こんなにたくさんあるのに使わないなんて、わたしにはできないわ!」


 これはもう神の──いや、パパと師団長のお導きとしか思えなくて。

 イクイスースに行けなかったことは残念だけれど、それを上回る幸運に、わたしは夢中になってメディカルハーブを採取したのだった。

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