第2話 追放先はご自由に

「ばかものーっっ! どの面下げて、魔塔に来たんじゃあっ」


 ペッペッペーッと唾が飛ぶ。

 汚いなぁ、もう。魔力を使い切って簡単な防護膜バリアすら張れないのだから、勘弁してほしい。


「師団長、怒鳴ると血圧が上がって倒れちゃいますよ」


 どうどうと馬を落ち着かせる要領で両肩を撫でたら、つえを振り回された。

 殺す気かな。当たってなんか、あげないけれど。


「おまえのような無茶むちゃをする若者が後をたたんせいで、おちおち倒れていられぬわ!」


 杖を振り振り怒鳴っているのは、わたしの上司で魔導師団のトップ──魔導師団長のヴァロさまだ。

 シルバーグレーの長いヒゲがチャームポイントの、おじいちゃん。

 ヒゲに隠れて見えないけれど、毎日蝶ネクタイをしているおしゃれさんだ。


 年齢は百をゆうに超えているそうだけれど、一体何歳なのか。

 まもなく六十歳になろうとしている副師団長が子どもの頃からこの姿だったそうだから、推して知るべしだろう。


「そんなに元気だったら、あと百年は余裕で生きられますね」


 良かった、良かった。

 これで魔導師団は安泰なのです。


 わたし一人いなくなっても、問題なし!

 安心しました。


 魔導師は数が少ないので、一人でも欠けたら仕事が大挙して押し寄せてくるのです。


「んなことはどうでも良いっっ‼」


 シワだらけの目をかっぴらいて威嚇してくる師団長に、室内にいた魔導師たちはそそくさと退散していった。


 懸命な判断です。

 そうでなければ、師団長も怒り甲斐がいがないというもの。


 魔導師たちが蜘蛛の子を散らすようにサーッといなくなると、師団長はゼーハーしながら椅子に腰かける。

 そして無言でチョイチョイと指先を上げ下げしながら、わたしを呼んだ。


「それで……トリバミはどうなった?」


 師団長は声をひそめて、聞いてきた。

 なるほど。師団長とはいえど、魔導師は魔導師。好奇心は抑えきれないということか。


 怒鳴っていたのは、やはり見せかけだったみたい。

 わたしが禁書を盗み見たことも、禁じられた魔法を使うことも、彼にはお見通しだったのだろう。


 もしかしたら、知的好奇心を満たすためにわざと隙を見せたのかもしれない。

 魔導師の中で一番だったのが、わたしだったから。


「異邦人帰還魔法で元の世界へ帰しました」


「そうか。トリバミは、帰れたか」


 師団長はしみじみとつぶやくと、ホッと息を吐いた。

 彼は、パパの苦悩を知る数少ない友人の一人だったから、安心したのかもしれない。


「ティプ。おまえはきちんと、別れを言えたのか?」


「きちんと、とは言えませんが……わたしは満足しています」


「そうか……そうか……」


 別れ際のパパの笑顔を思い出したせいか、鼻の奥が痛くなる。

 スンッと鼻を鳴らすと、師団長はシワだらけの手でわたしの頭を撫でた。


「よく頑張ったな。これからは、トリバミのためにも、自分のために生きるのだぞ」


「ヴァロさま……」


 わたしは今でこそ魔導師をやっているが、元は奴隷だった。

 異邦人に売るために、他国から連れてこられたのだ。


 自分がどこから来たのか、誰から生まれたのかも知らない。

 他の奴隷と同じように道端で売られていたところを、パパに買ってたすけてもらった。


 最初パパは、わたしが持つ膨大な魔力に目をつけたようだった。

 異邦人帰還魔法にはたくさんの魔力が必要だと、聞いていたから。


 わたしたちの出会いは、打算的だった。

 それでもパパは、わたしのことを娘として、愛情たっぷりに育ててくれた。


 わたしは魔力を失って、リンヌンラタから追放されてしまうけれど──後悔はしていない。

 時間をさかのぼることができたとしても、何度だって同じ道を歩むだろう。


「ティプ。わしはおまえを追放せねばならん。禁じられた魔法を使った魔導師は、国から追放せねばならぬ決まりなのだ」


「ええ、わかっています」


「しかし、トリバミの宿願を叶えてくれたことは、友人として感謝しておる。じゃから、おまえが望む場所へ送って追放してやろう」


 それならば、と。

 わたしは師団長の言葉に甘えて、あの国の名前を口にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る