恩返しをしたら国外追放! 第二の人生は異世界産ハーブ知識でのんびり暮らしたい……のですが。

森湖春

恩返しをしたら、国外追放

第1話 やさしいウソ

 わたしの名前は、ティプ。

 ここ──リンヌンラタで魔導師をやっています。


 いや、じきに“やっていた”になるのかな。

 パパを見送って、それを魔導師団長へ報告したら、国を追放されるはず。

 なにせわたし、現在進行形で禁忌を犯していますので。


 今、わたしの足元には魔法陣が浮かび上がっている。

 リンヌンラタでは禁忌とされている【異邦人帰還魔法】を展開しているところ。


 魔法陣の前にいるのは、わたしの養父パパ

 名前は、トリバミ。


 この国では、少し変わった名前だと思います。

 ううん。この世界で唯一の名前でしょう、きっと。

 なにせパパは異邦人エトランゼ──異世界から召喚された人だから。


「ひよこちゃんは、魔力が戻り次第、僕のあとを追いかけてきてくれるんだよね?」


 パパはわたしを「ひよこちゃん」って呼びます。

 異世界のホクオーという地域の言葉で、ティプはひよこという意味らしいです。


 なかなか合っている名前だと思います。

 だってわたしの髪は、ひよこみたいに黄色くてフワフワしていますから。


 ちなみに、この国の言葉では「小さい」って意味になります。

 たしかに、わたしの背は低いです。栄養不良な幼少期を過ごしたせいなので、仕方がない。


「もちろんよ。パパったら心配性なんだから。わたしがウソをつくのが下手だってこと、一番よく知っているのはパパじゃない」


 魔法陣の前でオロオロしているパパに向かって、わたしはにっこりと笑って見せました。

 パパの甘いお顔には、笑顔が一番似合います。


 でも、ごめんなさい。ウソです。

 パパを追いかけて異世界へ行くなんて、本当はできません。


 わたしの魔力では、パパを異世界へ帰還させるので精一杯。

 それだって、魔力をすべて失うことが前提なのですから。


 召喚するのに必要な力が50だとしたら、帰還に必要な力が100なんておかしいと思います。

 もっと効率的なやり方があると思うのですが……残念ながら、検証するだけの時間も魔力も、わたしには残されていません。


 生まれてこの方、感じたことがないくらい、ごっそりと魔力が抜き取られていきます。

 わたしは倒れてやるもんかと、グッと地面を踏み締めました。


 うん、大丈夫。

 魔力を失ったって、死ぬわけじゃない。


 生きてさえいれば、なんとかなる。

 パパの口癖でしょ?


 生きてさえいれば──だからわたしが、なんとかしてあげることができる。

 ああ、なんて誇らしいのでしょう。


「ああ、うん、そうだよね。でも、心配なんだよ。君はたまに、とんでもないことをしでかすから」


 そうだね、とんでもないことをしている自覚はあります。

 魔導師団で管理していた禁書を盗み見て、書かれていた禁忌の魔法を使って異邦人を元の世界へ帰す──なんて、前代未聞のことですから。


 リンヌンラタは、異邦人によって成り立っています。

 神々の温情でこの国に招かれた異邦人たちは、その恩に報いるため、この世界にはない、異世界の知識をもたらしてくれるのです。

 それによって、この国は発展してきました。


 ほとんどの異邦人が異世界で命を落とすような事故に遭遇しているのに対し、パパは買い物をするために自宅から一歩外へ出た途端、リンヌンラタの大聖堂の前に立っていたそうです。

 振り返ったら、あるはずの自宅は見当たらず。他の異邦人たちに比べて随分と長い間、この世界に馴染なじめなかったと言っていました。


 いや、今だって馴染めていると言えるかどうか。

 時折空を見上げては、「この空はつながってないんだよねぇ」と泣きそうな顔をしている人です。今も異世界が恋しいに違いありません。


 だからわたしは決めたのです。

 わたしの唯一の取り柄──大量の魔力を失ってでも、パパを元の世界へ帰してあげようって。

 それがわたしにできる、親孝行おんがえしだと思うから。


「でも、パパが先に行って生活基盤を整えてくれないと困っちゃうわ。異世界には魔法がないのでしょう?」


「うん、うん、わかっているよ、わかっている。でも心配なんだ」


「わたしは若いから、魔力なんてすぐに回復します」


「そうだね。僕は君が来るのを楽しみに、準備して待っているからね」


 魔法陣の中心に、扉が現れる。

 魔力充填じゅうてんが完了した合図です。


 扉には、パパが行方不明になった日時と座標が記されています。

 これは、パパが計算したもの。頼りないナリをしていますが、パパは地理に明るい人なのです。


 誘い込むように少しだけ開いた扉の隙間から、にぎやかな音が聞こえてきました。

 帰る合図だという夕方に流れるメロディーは、パパが口ずさんでいたものと一緒です。


「さぁ、行って。大好きよ、パパ」


「僕も。いつだって愛しているよ、ひよこちゃん」


 最後にギュッと抱き合って。

 パパは扉の向こうへ──異世界へ帰っていった。


 だけど、名残を惜しんでいる暇はありません。

 異邦人帰還魔法に使用した膨大な魔力の消失を、魔導師団長さまが見逃すはずがないのですから。


 わたしは手早く旅支度を調ととのえると、潔く職場へ──魔塔へと向かいました。

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