17-02 拍手どうぞ
期末テストが終わって、夏休みが目前に迫った頃、俺達は部誌を完成させた。
突貫と言えば突貫だったけれど、瀬尾と真中は協力的だったし、市川も拒みはしなかった。
そうなれば大野だって付き合いはいいやつだし、その上ちせも引き込めたことが大きかった。
「それにしても」と瀬尾は言った。
「三枝くんがこんなにやる気になる瞬間を生きてるうちに見られるなんてね」
茶化すみたいなそんな言葉が、やけに照れくさかった。
文芸部には少しだけ変化があった。
真中と俺の関係性が変わったこともそうだけれど、そのうえ、ちせが入部することになった。
「なんとなくですけど、必要な気がするので」
と、彼女は言った。それはたしかにそのとおりだと俺は思う。
ちせがいないと、俺の計画していることは、ほんの少しだけ面倒が増える。
「でも、こんなことで本当にうまく行くんでしょうか」
と、ちせはそう言った。
何のために部誌を作ろうとしているのか、それを知っていたのは、俺と瀬尾とちせだけだった。
理由は単純で、この三人にはさくらが見えるから。
以前、ちせがさくらと顔を合わせたとき、ちせにはさくらが見えていた。
"むこう"に行った人間にはさくらが見える。それが俺の仮説だった。
そして瀬尾とちせに対して、俺はいくらかの説明をした。
結果として、それが上手く行ったかどうか、効果はまだ掴めない。
ひとまず今は、それも一段落したので、俺は少し羽を休めることにしていた。
◇
放課後、屋上に寝そべって昼寝をしていると、「サボりですか」とさくらがやってきた。
「がんばったんだから、少しくらいサボったって、バチは当たらない」
「ま、そうかもですけど」
「……」
なんだろう。
何かを言えるような気がしたんだけど、何も思い浮かばない。
どうしてだろう。
◇
『薄明』夏季特別号。
目次
0.部誌発行にあたって
『物語の影響 / 瀬尾 青葉』
『概略 / 三枝 隼』
1.小説
『涼やかな午後 / 大野 辰巳』
『寝顔 / 真中 柚子』
『湖畔 / 瀬尾 青葉』
『朝靄 / 瀬尾 青葉』
『塔 / 市川 鈴音』
『夜霧 / 宮崎 ちせ』
『幽霊のよまいごと / 宮崎 ちせ』
『あなたがそこにいなくても / 宮崎ちせ』
『白日 / 三枝 隼』
2.散文
『平成四年に発行された部誌『薄明』に関する調査と仮説 / 三枝 隼』
『噂話の効用 / 瀬尾 青葉』
『ファンタジーと現実との対照 / 宮崎ちせ』
『桜の少女についての再考 / 三枝 隼』
『わたしたちの不確かな現在 / 瀬尾 青葉』
3.詩文
『成り立ちについて / 瀬尾 青葉』
『作り方 / 宮崎 ちせ』
『薄明 / 三枝 隼』
編集:瀬尾 青葉 三枝 隼
表紙:市川 鈴音
編集後記:瀬尾 青葉
◇
「それにしても……」とさくらは口を開いた。
「どういうやりかたをしようとしたんです?」
「ん。……気になる?」
「少しだけ」
「教えない」
「……なんでですか?」
「……まあ、そうだな」
俺は少しだけ考えて、
「秘密主義者だからかな」
と答えた。
さくらは諦めたみたいにため息をつく。
それにしてもいい天気だ。
「少し、昼寝でもしようかな」
「どうぞ、お好きなように」
「ん。いいの?」
「ずいぶん、がんばってくれたみたいですから」
「……どうかな」
「目の下、隈、すごいですよ」
「……まあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「あとで……」
「はい?」
「あとで、校門に来いよ」
「……?」
◇
俺の考えは、さくらの存在が佐久間茂の作った『薄明』に根ざしているという仮定から始まる。
だからその詳細をさくらに話すわけにはいかない。
誰かの書いた文章が自分の存在を生んだかもしれないなんてこと、さくらは知らなくていい。
まず第一に必要だったのは、佐久間茂がさくらについてどのような『設定』を用意していたかを確認することだった。
それはそんなに難しいことではない。『薄明』を確認すればいいだけだからだ。
「でも、本当にそれだけでいいのかな」
と瀬尾は言っていた。
「部誌に書かれてる以外の設定もあるんじゃないの?」
そうだとしても、佐久間茂に確認すればいい。それはそうだが、俺は別の理由からそっちを無視した。
仮に薄明に描かれている以外の情報がさくらの存在に反映されるとしたら、さくらの存在はもっと揺らぎやすく曖昧になる。
噂話だって変化する。茂さんがさくらのことを忘れることもあるだろう。
にもかかわらず存在し続けているのは、さくらが『薄明』に依拠しているからだ。
と、仮定しないかぎり、そもそも俺の解決法も成立しないのだが。
はっきりいって、根拠があるわけではない。
単に、『これで駄目なら他の方法を試すしかないから、とりあえずやってみるしかない』という理由だ。
「そのために……この『薄明』を使うんですか?」
平成四年に作られた『薄明』を見て、ちせはいかにも不思議そうな顔をした。
無理もないと言えば無理もない。
「もし仮にこの『薄明』がさくらを規定しているとしたら、この『薄明』に書かれている情報は無視できない」
「……まったく別のお話を作ることはできないんですか?」
「できなくはないが」
仮にそれをしてしまったら、今度はさくらではない別の存在が生まれることもありえるだろう。
もっと言えば、いまいる『さくら』が根っこから変化してしまうこともある。
それでは意味がない。
であるなら、『佐久間茂の薄明』を前提にして、そこに情報を付け足すことでさくらに変化を与えなければいけない。
「そんなこと、できるんですか?」
できるかどうかはわからない、と俺は答えた。
それはそうか、という顔を、ちせも瀬尾もしてくれた。
◇
そして俺たちは、『平成四年に作られた薄明において語られた噂話』を検証するという体裁を使った。
佐久間茂の『薄明』においては、噂話の真偽は曖昧に、あくまでも『そういう噂がある』というふうに語られていた。
その噂は今現在この校内で流布している噂話の原型になっている。
桜の樹の精。
縁結びの神様。
その物語を『検証する』というかたちで、俺達はそれを作り変えることにした。
これに関してはひとつアイディアがあった。
『聞き取り調査』だ。
平成四年に作られた『薄明』の中で『神様』と『縁結びの少女』について書いていたのは赤井吉野という生徒だった。
俺たちは、赤井吉野という少女──というのは文体からの想像だが──に、さくらについて直接質問しにいった。
つまり、
『現在流布されている噂話の原型を知っている相手へ聞き取り調査を行い、その詳細を確かめた』。
さて、とはいえもちろん、『赤井吉野』という生徒が実際に『薄明』を作るのに参加していたわけではない。
佐久間は『幽霊部員だらけの文芸部』を利用して部誌を作ったのだ。
けれどだからこそ、『赤井吉野』という生徒は、当時の卒業アルバムにはちゃんと載っている。
だから、あくまでも、『赤井吉野に聞いた』というかたちで、『さくらについての情報』を書き加えたのだ。
・赤井吉野はさくらを見たことがある。
・それは『薄明』を作り上げたあとのことである。
・よって平成四年の『薄明』に描かれた情報は真実というよりは推測であった。
・その少女は時折人前に姿をあらわす。
・彼女は人と人との縁を繋ぐことを楽しみにしている。
・自分がどうしてそんなことをしているかはわからない。
・誰かが必要としたとき、彼女は姿を見せる。
・こっそりと人々の手伝いをしている。
・ある一時期、文芸部は彼女のために恋愛相談所として機能していた。
・文芸部の部室には当時使っていた相談用のボックスが置かれていた。
・それは今現在も残っているはずである。
・赤井吉野自身も勘違いしていたが、彼女は校内から出ることもできるし、望んだ相手と会うこともできる。
・実際、卒業してから彼女が会いにきたといっていた人間もいる。
・彼女は寂しがりなので、相手をしてあげると喜ぶ。
◇
俺と瀬尾とちせ、それから暇をしていたましろ先輩は、日曜大工をして木製の箱を作り上げた。
ちょうどよく古びた木材を釘で打ち合わせて。
そして「古くなっていたものをキレイにした」風に見えるようにしてから、文芸部の部室に置いた。
「なにこれ?」と大野に聞かれたとき、
「調べ物をしているうちに見つけた。文芸部の部室にあったらしい」と伝えたところ、
大野は疑いもせずに「ふうん」と言った。
あまり興味のないことなら、人はその真偽を疑わない。
「本当にこれでいいのかな?」と瀬尾は言った。
「さあ?」と俺は答えた。
「でも……」とちせは笑った。
「なんだか、楽しいですね」
◇
「隼!」
と、声がして、俺は昼寝を邪魔された。
「……なんだよ」
体を起こすと、さくらが息を切らせて(息が切れるのか。初めて知った)俺のそばにきていた。
「どうした」
「ちょっときて! きてください!」
「どこに」
「校門です!」
そう言ってさくらはぱっと姿を消した。
あいつはそれで済むかもしれないが、こちらは階段を降りて渡り廊下を歩いていかなきゃいけないのだ。
とはいえ、言われたとおりにすることにした。
近くに置いていた鞄を背負って、靴を履き替えて外に出ると、さっきまでより遠くなったはずの夏の日差しがやけに近く感じる。
校門のそば、桜の樹。
そこに彼女は立っている。
歩み寄ると、今までに見たことがないくらい浮かれた表情で、彼女は得意げに笑った。
「ほら! 早く!」
俺が近付くと、彼女は俺の手をとって走り出した。
校門を抜ける。……ここまでは、いつもどおり。
以前、学校を出るまでの坂道で、さくらを見たことはある。
このあたりまでは、彼女は前から来ることができた。
その先。
坂道を嬉しそうに下っていくさくらを見ながら、俺はもう何が起きたかを理解できていた。
「そんなに走るなよ」
周囲からはどんなふうに見えるんだろう。俺が手を前に出したまま走っているように見えるんだろうか。
それもまあ、今は別にかまわない気がする。
さくらは止まることなく走っていく。息を切らして、楽しそうに笑っている。
「どこまで行く気だ?」
「ちょっとそこまでです!」
一応鞄を持ってきて正解だった。
さくらは坂道を下り切ると、どうだと言わんばかりに俺に向き直った。
「どうですか!」
「……なにが」
「この坂道、前まで、下りきれなかったんです」
「……」
「この坂道、わたしには、終わらない坂道だったんです。それが、ほら!」
道の先の交差点のコンビニに近付くと、さくらは入り口で何度か跳ねた。
すると自動ドアが反応する。
「……おいおい」
そりゃまずい、と思って、俺も入り口に近付いて、何気ないふうに入店する。
するとさくらもついてきた。
「ほら! ほら!」
さくらは嬉しそうに笑っているけど、俺はさすがに返事ができない。
ポケットから携帯を取り出して耳にあてる。
「よかったな」
「はい!」
「上手くいってよかったよ」
「どんな魔法を使ったんですか?」
「たいしたことはしてない」
「嘘です」
まあ、ほんのちょっと悪いやつと契約したくらいだ。
「悪いやつ?」
そうだ。心が読めるんだった。
「ま、追って沙汰があるだろう」
それだけ言ってから、俺は適当に飲み物を二本買った。店を出て片方をさくらに渡すと、彼女は物珍しそうに受け取る。
「いったい、どうやったんですか」
「知らぬが仏だ」
「……これは、大きな借りができてしまいましたね」
「大げさだな」
彼女はペットボトルをしげしげと眺めている。
蓋を開けるのを実演してみせると、おそるおそるといった具合に自分でもやりはじめた。
「お、おお」
「初めてか」
「はい。こんなふうになってたんですね」
「うむ。祝杯である」
「はい、乾杯」
「かんぱーい」
といって、俺達はボトルを打ち合わせた。店先に誰もいなくてよかった。
このようにして、嘘から生まれた真を、新しい嘘で書き換えた。
毒をもって毒を制し、嘘をもって嘘を制する。
俺にできるのはこのくらいだろう。
◇
『薄明』の表紙は、市川に頼んで、その絵の構図を俺が指定した。
それは、ひとりの少女が坂道の下から──つまり、学校の敷地の外から、学校を見上げている様子だ。
容姿は俺が可能な限りの注文を入れて、さくらに近いようにしてもらった。
事情を知らない市川は、
「こういう子が好みなの?」
と不審そうな顔をしたが、面倒だったので、
「そういうことだ」
と適当に返事をしておいた。
そして今、その絵と同じ光景が、俺の目前に広がっている。
「めでたしめでたし」
と俺は呟いた。
さくらは楽しそうにまた笑った。
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