16-06 一段落



 

 瀬尾とちどりが話をするのを聞きながら過ごして、店を出たとき、まだ外は明るかった。

 夏が近い。


 俺は瀬尾に訊ねずにはいられなかった。


「どうしてだ?」


「ん」


 少しほっとした様子の瀬尾を見て、俺は不思議に思う。

 どうして、ちどりと友達になりたかったんだろう。


 それは瀬尾にとって、もしかしたら、とても残酷なことなんじゃないか。


「……わたしはさ、瀬尾青葉だからね」


「……うん」


「瀬尾青葉だから。鴻ノ巣ちどりじゃない。でも、なんだか、こうしなかったら、いつまで経ってもわたしは、本当の意味でわたしになれない気がする」


「……よく、わかんないな」


「わかんない、かもね。『三枝くんの幼馴染』に興味があったのも本当だし……でも、ちょっと説明がむずかしいかな」


「うん」


「わたしは……わたしとして生きる。だから、鴻ノ巣ちどりは、ちどりちゃんは、わたしのともだち」


「……」


「だめかな?」


「……いや」


 俺がどうこう言うことじゃない。

 きっと、たくさん考えたんだろう。


 ああでもないこうでもないと、もがいてあがいた結果なんだろう。


 だとすれば、それを俺が認めるとか認めないとかいう次元の話じゃない。

 

 瀬尾青葉は瀬尾青葉として生きる。


「……ホントはずっと、悩んでたんだ。鴻ノ巣ちどりとしての記憶を持ってる自分が別人として生きるって、絶対変だから」


「……」


「でも、決めた。『それ』を含めて、わたしはやっぱり瀬尾青葉なんだって」


「……そっか」


「今、わたしがここにある。そこに至るまでのすべてがぜんぶわたし。そう思ったらすっきりしたから」


 だからだろう。

 瀬尾の表情が澄み切って見えるのも。


「だからね、"隼ちゃん"」


「……」


「これからもよろしくね」


「……まあ、好きに呼べよ」


「つめたーい。わたしのこと好きって言ってたくせに」


「なんだそれ、記憶にねえよ」


「覚えてないの?」


「いつの話だ」


「ずっと昔」


「そっか」


 ここに至るまでのすべて。


 経験。

 記憶。

 歪み。

 痛み。

 ありとあらゆる感情。


 今ある混乱。 

 そのすべてが自分であるならば……。


「大丈夫だよ。柚子ちゃんとのこと、邪魔したりしないから」


「そんな心配、してない」


「……そう?」


「ああ」


「ちょっと残念かも」


「なんで」


「隼ちゃんには、わかんないですよ」


「……」


「……なに?」


「いや、ちょっと今……」


 ちどりみたいだった、と、またそう言ったら怒るだろうか。


「ちどりちゃんみたいだった?」


「……うん」


「それはそうだよ」


 と、瀬尾はなんでもないように言う。


「それを含めて、わたしはわたしだからね」


 瀬尾青葉は本当に、強い人間だと思った。


「それで……さっきの話だけど」


「ん」


「フォークロアを作るって?」


「……ああ」


 そうだな、

 その話を始めなきゃいけない。


 他のことはすべて、もう、一段落した。

 最後の仕上げをしなきゃいけない。


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