吾輩のご主人は魔女である。

友斗さと

第1話

 吾輩はぬいぐるみである。

 名前はまだない。多分これからもない。

 だから今までも、そしてこれからもくたびれたしがないブチ猫のぬいぐるみだろう。


「ただいま」


 おっと。ご主人様のお帰りだ。吾輩のご主人は魔女だというのに普通の本屋を営むちょっと変わったお方だ。だが最近はその本屋も忙しいらしい。

 きっと今日も忙しかったのだろう。

 ご主人は倒れるように布団にダイブした。布団の上にいる吾輩はその勢いでパタリと倒れた。


「おっと倒しちゃったか」


それに気付いたご主人がすぐになおしてくれた。気の利く優しいご主人なのだ。


「あれ。結構汚れているな」


 何!?

 吾輩は今日ほど動けない事を悔やんだことはない!ご主人が優しく吾輩を抱き上げてくれるが、どうにかしてご主人の腕の中から逃げなければ!

 でなければ!


 吾輩は洗濯されてしまう!


 もう一度言おう。

 ご主人は魔女である。

 ゆえに洗濯は一種の水攻めなのだ。

 地獄だ。想像を絶する地獄だ。

 魔力がそこそこあるが故に水圧も水量も半端ないのだが、それ以上に勢いが凄い。

 ぐるんぐるん回るのだ。

 恐ろしいことだ。

 その一言に尽きる。


「さ。綺麗になろうね」


ご主人が魔法で吾輩をふわりと浮かせた。ご主人の笑顔が今は忌々しくも思える。


 嗚呼。吾輩も動ければ……。

 せめて喋れれば良いのに。


 そう嘆きながら、吾輩は無念にも洗濯という名の地獄を味わうのであった。

 早く終われ、そう願いながら吾輩は耐えるしかなかった。


「よし!」


 ご主人は満足げに頷いた。びちょびちょに濡れ、ぶくぶくと体中に水分を含んだ吾輩は確かに綺麗になっていた。


「さ。あとは干さなきゃね。天気が良くてよかった〜」


そう言いながら吾輩を物干し竿にぶら下げた。気分は罪人だ。これは何かの拷問に違いない。


「綺麗になったね、マキア」


 マキア?

 それは吾輩の名前か?あまり呼ばれないから知らなかった。


 吾輩はぬいぐるみである。

 名前はマキア。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吾輩のご主人は魔女である。 友斗さと @tomotosato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ