第2話
退屈だった。
このような所に閉じ込められ、幾星霜。
かつては『無貌の魔剣』と唄われたオレサマが今や地下迷宮で番人兼宝物をやっている。
それもこれも挑んでくる人間どもがツマラナイのが悪い。
今のもそうだ。五人で来たくせに、勝てないとみるや尻尾を巻いて逃げ出す。
オレサマを閉じ込めるこの迷宮が、一度逃げ出したものを二度と受け入れない力をもっているということを知らずに。
まぁ、時間稼ぎに一人残ったようだし、こいつを嬲って終わりにするか。
見たところ小柄な小僧に得物はナイフ。特筆して警戒する要素も見受けられない。
ゾンビの躰を繰ってオレサマを振るわせる。
今時点でのオレサマの能力は刀身の変化。逃げた男にやって見せたように、伸びたり縮んだりすることで遠距離での戦闘を可能にする。
小僧の顔に向けて射出されたオレサマの刀身が空を切る。
……あの小僧、最低限の動きで躱しやがった。見た目に反して身体能力は高い方か?
だが、オレサマの本領はここからだ。
伸び続ける刀身が「コ」の字に曲がり、小僧の背中に迫る。
いかにいい動きをしようが、死角からの一撃は対応できまい!
「危な!」
この一言と、僅かに体勢を崩しただけでオレサマの一撃は失敗に終わった。コイツ、後ろに目でも付いてやがんのか!?
そうこうしている間に彼我の距離は縮まってゆく。間合いで言えば
だが……!
(さぁ見せてみろ。お前のここからを!)
再びの突き。一度見切られた技を連続で使うのはどう考えても悪手。無論わざとだ。
オレサマは見てみたい。この小僧が隙だらけのオレサマにどのような一撃を加えるのかを。
空を裂きながら刃が迫る。小僧がとった行動は回避、防御、そのいずれでもなかった。
(…………は?)
意図せず漏れ出た驚愕と呆れの感情。
あれほどの動きを見せた小僧の胸には漆黒の刀身が突き刺さっており、少なくはない量の赤黒い水滴が床を濡らしていた。
「カッ……こふっ!」
一拍遅れて口の端から血を吐き出す小僧。
力なくその膝は力を失い、血だまりの中に倒れこむ。
傍から見ればあっけない一幕だった。だが――
(こ、このクソガキャア……!)
オレサマの中で次第に湧き上がる激情は、容易にオレサマの理性を溶かす。
何故オレサマがこんなにブチギレているか。小僧があっけなくやられたから? 同じ手が来ないと小僧が読み間違えたから? 違う違う違う!
(命の鉄火場で! 手ェ抜いてんじゃねぇぞクソボケがぁ!)
刃が迫る瞬間、小僧の視線は明確に
避けることもできたであろう。受け流すこともできたであろう。にも関わらず小僧はそのまま突き進んだ。
まるで攻撃を受けることを望んでいるかのように。自ら死を受け入れるかのように。
小僧にどんな意図があったのかは知らんが、オレサマにとっては侮蔑に等しい。
それはオレサマが見たい人間の姿とは対極に位置するものだ。
刀身を元の縮尺に戻し、ゾンビの空いた左腕で小僧の首を掴み上げる。
とうに腐り落ちた声帯からは枯れた唸り声しか出ないが、それでも叫ぶ。
「ふざけるな」と。
「…………ねない」
虚な瞳をゾンビに向け、小僧の口から途切れ途切れに呟く。
何を言っているのかは知らんが、もう興味は失せた。
一瞬にして頭の冷えたオレサマは小僧の頭蓋に向けて刃を突き出そうとした。
しかし、ゾンビの腕が途中で止まる。小僧の細腕が恐るべき膂力でゾンビの手首を掴んでいたのだ。
「死……ねない」
漏れた言葉から言いようのない圧。魔剣のはずのこの身から、うすら寒いものを感じた。
なんだ? オレサマの目の前にいるのはなんだ?
死に体だろう貴様は! なのになんだその眼は!?
腕が止まろうが刀身を伸ばせば終わるはずなのに、蠟燭で揺らめく影のように形が定まらない。
それどころか、操るゾンビの腕さえ小刻みに震え始める始末。
恐れて……いるのか? このオレサマが? 幾千幾万の戦場を血で染め上げた無貌の魔剣サマが?
「死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない」
…………何を言っているんだコイツ?
口をつく言葉の内容と先の挙動がまるで一致していない。
死を望んでいるかに見えたと思えば、おぞましいほどの生への渇望を覗かせる。
酷く不安定で脆い内面だ。古今東西これほどのやつは見たことがない。
だが、同時に興味が沸いた。
何がコイツを「そう」変えた。何がコイツを突き動かすのか。
ゴトリと、重いモノが地面を転がる。
残された腐肉の胴が力なく崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「なぁ小僧」
知りたいと思った。コイツの底を。
見てみたいと思った。コイツの
今までにオレサマを振るい、英雄に打ち滅ぼされた
それは千年の退屈を吹き飛ばすには十分すぎるだろう。
だからオレサマは今にも息絶えそうな小僧に言ってやったのだ。
「オレサマと契約しないか?」
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