ポム太郎
「ミリーさん、居るかい?」
今日も今日とて閑古鳥が鳴く調合屋に、不思議な魅力のある青年が訪れる。年の頃は20歳を少し過ぎたくらい。さらさらの銀髪をポニーテールにまとめている。透き通ったように白い肌は神秘的で、薄い目が穏やかな表情にマッチしている。
「ああ、クレハね。いらっしゃい」
素足でソファーにうつぶせになって本を読んでいたミリーが、来客に気づいて声を掛ける。
「ほら、母さんも挨拶して」
「……早く帰りたいんだけど」
クレハに背負われた女性が呻くように言う。
「もう、母さんは仕方ないな」
どこか嬉しそうにクレハが呟いて、母さんと呼ばれた女性を来客用の椅子に座らせる。
彼女の肌はクレハと違って、病人のように青白い。折れるのではないかと心配になるほど細い腕に、腰まで伸びた黒髪も相まって、どことなく不気味さを醸し出している。
「シェリーは相変わらずね。そんなんじゃ、クレハも愛想を尽かしちゃうわよ」
お客さんがいるというのに、ミリーは本から顔を上げようともしない。このままでは、数少ない客に愛想を尽かされても文句は言えないだろう。
「いい加減親離れしないかしら……」
「……母さん、僕がいなくなっても生きていけるの?毎日温かいご飯を用意して、母さんの着替えを手伝って、母さんが寝るまでトントンしてあげてるのが誰だか分かってる?」
「クレハ、あんたはずっとうちにいなさい。もういっそのこと母さんと結婚しましょうか」
「はいはい。母さんが一人でお役所に行って、書類をもらってこれるようになったら結婚しようね」
呆れた声で応えながらも、クレハの顔は綻んでおり、嬉しさを隠しきれていない。
「ほんと、あんたたち親子はどっちが親だかわかんないわね」
ミリーさんが本をぱたんと閉じて、親子に目をやる。本よりも、この親子を眺める方が楽しいと思ったのだろう。
ぐてーっと椅子に寄りかかるシェリーの隣の床にクレハが座り込んでいる。にこにことシェリーの横顔を見つめるクレハはとても幸せそうだ。
「それで、ミリーさんは何を読んでいたんだい」
「ああ、これよこれ。掃除してたら出てきてね。懐かしくなって、つい読んじゃった」
ミリーが体を起こしてスリッパを履きながら、本を掲げる。そのタイトルは『はじめてのばくだん~これであなたも立派なテロリスト~』。
「懐かしいわね」
シェリーが薄目でタイトルを確認して呟く。
「あんたが家に来たばっかりの頃。うんと小さい頃に読み聞かせしたものだわ」
幼児にそんなものを読み聞かせるなんて、とんだ英才教育である。どうしてそんな教育で母親に世話を焼く心優しい青年に仕上がるのか、不思議でならない。
「あー、分かる。砕けた言葉づかいで挿絵もいっぱいあるから、絵本としても丁度良いのよね」
「そっか。母さんが僕に読んでくれた本だったんだね。うちに帰ったら探してみようかな」
店内にほんわかとした空気が流れる。しかし、その源は爆弾の作り方を記した本。絶対におかしい。誰でもいいから、心優しいクレハ青年に常識を教えてあげて欲しい。
「そうだわ!せっかくだから、この本に載っている爆弾を作ってみましょう」
名案とばかりにミリーが柏手を打つ。しかし、面倒くさがりのシェリーが待ったをかける。
「嫌よ。早く帰りたいわ」
「母さん、だめ……かな?」
「うっ」
母親に世話を焼くばかりでl滅多にお願い事をしないクレハが、眉を下げてシェリーに頼み込む。そのおねだりを真正面から受けたシェリーが胸を抑える。
「……今回だけよ」
「やった」
「うっ……」
無邪気に両手をきゅっと握りこむクレハを見て、再びシェリーが悶絶する。なんだかんだ言って、シェリーもクレハのことが大好きなのだ。
「よし。それじゃ、調合開始よ!」
「それで、まずは何をするのかな」
カウンターの奥にある大きなテーブルに移動して、クレハがミリーに問いかける。
「今回は基本の爆弾だからね。火薬は奥にあるのを使って、入れ物をまずは作りましょう」
ミリーが本をパラパラめくって、クレハの前に広げる。そこに書かれていたのは、球体からちょろっと導火線が伸びた絵。
これを見れば百人が百人ばくだんと答えるであろう、オーソドックスな爆弾。標準爆弾とでも呼ぶべきものだ。
「入れ物はこれでいいわね」
シェリーが棚から空き瓶を取ってくる。
「……でも母さん。これじゃ、絵と全然違うよ」
「あんたは挿絵に引っ張られすぎなのよ。爆弾なんて、火薬を詰めた入れ物に導火線をつけたらおしまい。この瓶に火薬を入れて、導火線を通したコルクでもしとけば完成よ」
「そっか!さすがは母さんだね!僕は爆弾の本質を見失っていたよ」
「あんたは素直で可愛いわね」
目からうろこが落ちたとばかりにクレハがシェリーを持てはやし、シェリーも満更でもなさそうな顔をする。
「だめよ!そんなのどこにでもある爆弾じゃない!この店で普通の爆弾を作るなんて、許しませんからね!!」
何が琴線に触れたのかは分からないが、ミリーが突然怒り出す。
「もっと使う人のことを考えなさいよ!シェリーはその細腕で爆弾を投げられるって言うの!?」
「母さんは箸より重い物は持たなくて良いんだよ」
「確かに無理ね。……それなら、私がスイッチを入れたら自動で移動するようにしましょう。奥のくず魔石、もらうわよ」
ミリーの言葉を受けてハッとしたシェリーが、これまでの様子からは考えられないほど俊敏に動いて、魔石を取ってくる。
「母さんのやる気になった……。この店に来ると、かっこいい母さんが見られるからミリーさんには感謝してるよ」
感慨深げに微笑みながらクレハがミリーに感謝する。
「爆弾自身が動くんだとしたら、衝撃で割れちゃうから瓶は使ったらだめね。形はどうしようかしら」
しかし、ミリーは自分の世界に入ってしまっており、クレハの声は届かない。
「いっそのこと、ぬいぐるみにでもしてしまったらどうかしら?」
「ぬいぐるみ?シェリー、どういうこと?」
「あんたもクレハも形に囚われすぎなのよ。爆弾なんて、火薬が湿気らない。予期せず爆発しない。ある程度の携行性。これだけあれば十分よ」
「なるほど!それならぬいぐるみもアリね。むしろ、敵を油断させるという点では最適かも……」
「ふん。ミリー、分かってるじゃない。可愛いは最強よ」
「シェリー!さすがだわ!爆弾に可愛さを求めるなんて、考えもしなかったわ!」
「やっぱり母さんは凄いや」
残念ながら店内には幼児が誤って爆弾を起動してしまうことの危険性を説く者はいない。乙女の黄昏は、常時ツッコミ要員を募集しております。
「クレハ、あんたがぬいぐるみを作りなさい」
「分かったよ、母さん。どんなのが良い?」
「丸っこいぽてぽてした奴。私とミリーで駆動系を作って組み込むから、それも考えるのよ」
「任せて!」
適当な指示を与えられたクレハが店の奥から綿と端切れを持ってきて、自前のソーイングセットを取り出す。シェリーに世話を焼くことを生きがいとする彼は、救急箱やソーイングセットを常に携帯しているのだ。
「魔力を動力にするなら、魔道モーターね。でも、あれは回転しかしないからつまんないのよね……」
「ミリー。あんたと私がそろってるのに、モーターに頼るなんて甘えよ」
「そうね。私もそう思ってたとこ」
ミリーとシェリーが目を合わせてにやりとする。シェリーもなんだかんだ言ってミリーと同じく凝り性なのだ。
彼女達の抑止力となりうるクレハはぬいぐるみ制作に夢中だ。誰も彼女たちを止められない。
五時間後。
「出来たわ!!完成よ!」
そう言ってミリーがまん丸なぬいぐるみを抱きしめる。
「ふぅ。久しぶりに熱くなったわ……」
「母さんが楽しんでくれたようで良かったよ」
シェリーが制作の余韻が冷めやらぬ様子で満足げに座り込み、クレハがそれを微笑まし気に見守る。
「クレハ。ぬいぐるみのモチーフはアザラシね。こんなの良く知ってたわね」
「こないだ母さんが読んでた本に載ってたんだ」
アザラシは遥か北の氷に覆われた大陸に住まうとされている魔物だ。この大陸で知っている者は少ないだろう。
スライムのように丸い体。ヒレを動かすことで移動させることもできる。まるっこいぽてぽてしたやつで、動くことができるというシェリーの注文を完全に満たしている。
「早速動かしてみましょう」
ミリーがぬいぐるみを床に置いてぽふっと叩くと、ぬいぐるみがヒレを動かして、てちてちと歩いていく。
時折バランスを崩して、丸いからだが転がってしまうのがたまらなく可愛い。
「ウッ」
ミリーが突然胸に手を当て、苦悶の表情でうずくまる。
「大丈夫?ミリーさん」
「……大丈夫よ。しばらく可愛いものに触れていなかったから、ちょっと胸が苦しくなっただけ……」
クレハが心配げに声を掛けると、荒く息をしながらミリーが応える。
「ふふっ。我ながら完璧ね」
「さすがはシェリーだわ。FLATボードにこれだけ複雑な命令を記述できるのはあんたくらいよ」
「ミリー、あんたがその命令に併せて駆動系を最適化してくれたからこそよ。FFTディバイダで魔力をこれだけうまく制御できる人はあんたの他にいないわ」
シェリーとミリーが満足げに微笑みながら、がっしりと握手する。二人の友情に、クレハも満面の笑みになる。
「私が駆動系をがっしり詰めすぎたせいで火薬を入れられなかったけど、それもご愛敬ね」
「こんなに可愛いものに火薬を詰めようだなんて、非人道的としか言えないわ。仕方ないわね」
爆弾を作るという目的を見失っているのもご愛敬だ。
「そもそも、可愛いって言うだけで無敵なのよ。これ以上ポム太郎に何を求めようというのかしら」
「ミリー、ポム太郎っていうのは?」
「ええ。ボムをもじってポム太郎。良いでしょう」
「ふっ。ネーミングセンスは相変わらずね。けど、少し間抜けで可愛い名前ね。気に入ったわ」
「あっ、とまっちゃった。母さん、これは?」
とてとてと移動していたポム太郎が、コロンと転がってお腹を見せた状態になって動かなくなる。
「ああ、動力切れね。口にくず魔石を入れればいいわよ。ほら」
シェリーがクレハに魔石を渡す。受け取ったクレハはおっかなびっくりに魔石をポム太郎の口元に持っていくと、ポム太郎がクレハの手ごと魔石にぱくつく。
「あっ、食べた」
クレハが手を食べられてびくりと体を震わせながらも、嬉しそうに声を上げる。
もっきゅもっきゅと口を動かすポム太郎の可愛さにみんなメロメロだ。
「それじゃ帰りましょうか」
シェリーがポム太郎を抱きながらクレハに声を掛ける。
「うん。ミリーさん、ありがとね」
クレハがミリーに礼を言う。クレハがシェリーの前で背中を向けてかがみこむと、シェリーは当たり前のようにクレハの背中に身を委ねる。
「……待ちなさいよ」
クレハがシェリーを背負って立ち上がったところで、ミリーが底冷えする様な声を出す。
「あんた、ポム太郎をどうする気?」
「どうって、うちに持ち帰るのよ」
「だめ!ポム太郎は私のものなの!」
「ミリー、良い大人がそんなに声を荒げて恥ずかしくないの?」
「可愛いものを前に大人もくそも無いわ」
「道理ね……」
「まあまあ。二人とも落ち着いて」
クレハが仲裁に入ろうとするが二人の耳には届かない。両者一歩も譲らず、店内に金切り声が響き渡る。
15分後。
「はぁ、はぁ」
「ぜえ、ぜえ」
荒く息をする二人の姿があった。クレハはシェリーを背負って所在なさげにしている。
「仕方ないわ……。もう一体作りましょう……」
「……しょうがないわね」
4時間かけて、もう一体ポム太郎を作ったところで、今度はどちらを引き取るかで喧嘩が始まる。
終わらぬ論争は、朝日が差し込み始めたところで二人が寝落ちすることで終止符が打たれた。
完全に巻き込まれたクレハがミリーをベッドへ運び、一体のポム太郎を枕元に置く。
そして、シェリーをお姫様抱っこして、そのお腹の上にもう一体のポム太郎を置いて帰宅する。
可愛さの前では、普段は素敵なレディのミリーさんもつい取り乱してしまう。
やはり、可愛いこそが最強なのだ。
【短編集】奇妙な調合屋さん〜お客さんの声でのんびり製品開発〜 明日葉いお @i_ashitaba
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