苦悩の剣

 今日も今日とて閑古鳥が鳴く調合屋『乙女の黄昏』。


 店主のミリーがカウンターでボケーとしていると、駆け出し冒険者のジャックとルルアが訪れる。


「こんちわー……」


「……失礼します」


「またヤク中ルーキーか。今日はなんか辛気臭いわね。他のお客さんに迷惑だから出て行ってくれる?」


「俺ら以外の客を見たこと無いんだが……」


「……大丈夫なの?この店」


「……これは、重症ね。あんたたち、大丈夫?」


 二人のツッコミにキレが無く、ついミリーも心配してしまう。


「あのミリーさんに心配されるなんて……」


「俺らも終わりだな」


 散々な言われ様に怒りが湧いてくるが、ミリーはぐっとそれを抑える。


 ミリーさんは大人のお姉さんなのだ。駆け出し冒険者相手に大人げないことはしない。


「まあまあ、悩みがあるならお姉さんに話してみなさい。これでも結構聞き上手なのよ」


「お姉さんっていうか、おば……」


「あ゛!?」


「ミリーさんみたいな素敵なお姉さんに相談に乗ってもらえるなんて嬉しいなあ!」


「ふふん。そうでしょう、そうでしょう」


 いくらミリーさんが寛容で素敵な女性であろうと、越えてはいけないラインというものがある。今のはジャックが悪い。


「それで。どうしたの」


「いや、俺たちこのままやってけるのかなー、て」


「ミリーさんの薬で無理やり気力を振り絞って働いても、宿代やら、装備の手入れやらでいっぱいいっぱい。私たちの実力じゃゴブリン退治が精々」


「俺たちはこのまま底辺冒険者として終わっていくんだ。そう思ったら、なんかすげー沈んじまって」


「「はぁ」」


 普段は生き生きとしている二人の重いため息。さすがのミリーも同情してしまう。


「あー。なるほど。駆け出し冒険者がよくかかるあれね。なんだっけ。マリッジブルーみたいなやつ」


「……ミリーさん、それは絶対違います」


「細かいことはいいのよ。……まあ、あんたらが数少ない客であることは確かだし、ここはお姉さんが一肌脱いであげよう」


「ほ、ほんとですか!?」


「あ、あのミリーさんが……」


「……あんたら、私をなんだと思ってんの?」


 二人の驚きように、さすがのミリーも気を悪くする。


「なにって、それはまあ……」


「……ね?」


 気まずくなって、顔を見合わせる。


 グーたら店主とか、変なものばかりつくるおかしな人だとか、口が裂けても言うことはできない。


「なによ。気分悪いわね。とにかく調合開始よ。ヤク中、その剣よこしなさい」


「え?」


「剣よ、剣。早く」


 ミリーに急かされて、ジャックは逡巡する。


 鍛冶屋の弟子の習作と言えど、彼にとっては高い買い物で、命を預ける商売道具だ。


 いくらミリーさんでも簡単には渡せない。


「ミリーさん、何をするの?」


 ジャックがどれだけ剣を大事にしているかを知っているルルアが、ミリーに尋ねる。


「決まっているでしょう。調合よ。もっと上のランクの依頼を受けたいけど、装備を調えるお金もない。だから、私がその剣を素材にして、少し良い武器にしてあげようって言うんじゃない」


 当たり前のことのように言うミリー。ジャックとルルアは理解が追い付かなくて顔を見合わせる。


「ミリーさん……鍛冶できるの?」


「調合屋なんだから当たり前じゃない。ほら、あれ」


 ミリーが指さした先には、十個以上の額縁が飾られている。


「鍛冶ギルドのマイスター認定証に、薬剤師認定。一級調理師に魔道工学博士まで!?」


「なんだよ、このやべー資格の山は」


 聞いたことも無い資格がいくつも飾られている。


 その中で二人が知っているのは鍛冶ギルドのマイスターと薬剤師、一級調理師といったところ。


 しかし、そのどれもが、各ギルドがその技術を認めて店を開くこと、ひいては弟子を持つことを許可するというとんでもない資格だ。


 たった一つとるだけでも、生半可な覚悟で取得できるものでは無い。


 そんな資格をいくつも持っているミリーに二人は畏敬の念を覚える。


「ほら、分かったでしょ。さっさとよこしなさい」


 ミリーが面倒くさそうにジャックを促す。


 それを受けてジャックはハッと我に返り、キラキラした目をミリーに向ける。


「ミリーさん、俺の剣をお願いします!」


「あー、はいはい。分かったから」


 自分の剣を両手で恭しく差し出すジャック。


 ミリーは少し嫌そうな顔をしながら、ひょいと剣を取り上げて、奥の鍛冶場に移動する。


 しばらくすると、カンカンと金属を叩く音が聞こえてくる。


「ミリーさんて凄い人だったんだな」


「そうね。普段の様子からは想像もつかないけど……」


「別にすごくも無いわよ。必要だったから取っただけで」


 大きな声で話していた訳でもないのに、ミリーから返事があって二人は驚く。


「一つでも十分お店を開けるのに、どうしてこんなにたくさん資格を取ったんですか?」


「なんでって、言ったでしょう。必要だったからよ」


「……」


 考え込む二人の様子を察して、ミリーが続ける。


「調合っていうのは、複数の素材を合成して、別のアイテムを作り出すこと。だからその素材について幅広い知識が必要なの」


「だからって、こんなに資格を取らなくても……」


「分かってないわね。店を開いて売り物を出すってなると資格は必要なのよ。でも、調合は武器から薬、料理まで幅広く扱ってる。だから全部の資格を取る必要があったの」


 なんでもないことのように語るミリーに、二人は声を失う。


 同世代の子たちが色んな所に弟子入りして、親方にどやされているのを知っているのだ。


 ミリーがその親方と同じだけの能力を持っているのだと知り、これまでの自分たちがしてきた失礼な振る舞いを思い出して、パニックに陥りかける。


「そうは言っても別に大変じゃなかったけどね」


「いやいやいや!そんなこと無いでしょうに!なぁ!?」


「そ、そうですよ!どれも一級品の資格ばかり。大変な努力をなさったんでしょう」


「いや、本当に大変じゃなかったのよ。それっぽい材料を集めて、完成像を思い浮かべながら魔力を通したら、その通りのものができるし」


「へ?」


 ミリーの言葉を理解できなくてジャックの口から呆けた声が漏れ出る。


「しかも完成品に一切のムラがないのよ。そんなのつまらないでしょ」


「いや、なんですかそれ!ギルドが認める程の出来の物を、なんとなくで作ってしまって、しかもどれも均一だなんて!!とんでもない技術じゃないですか!?」


 ジャックよりも先に立ち直ったルルアが、ミリーを糾弾するように叫ぶ。


「みんな、そう言うのよねー」


 対するミリーはどうでも良さそうな声。しかし、続く言葉はいつものおどけたような調子とは違った真面目な響きだ。


「何を作ろうとしても、世の中にある物しか作ることができない。けど、それって私じゃなくてもできることなのよね。自分じゃなくても良い。そう思ったら、何のために生きてるんだろうって分からなくなったの。なのに、周りの人は私のことをすごい、すごいって持ち上げる。それが何だか気持ち悪くって」


「……」


 実感のこもったミリーの言葉に、ジャックとルルアは自分たちの悩みがちっぽけなもののように思えてきて、なんだか恥ずかしくなってくる。


「だから、お客さんと一緒に物を作る店を開いたのよ。自分一人じゃ同じものしか作れない。けど、ほかの人と一緒に作ったら、その人の何気ない言葉から新しい発想が生まれる。そうして、これまでに無かった新しいものが作れる。それって素敵だと思わない?」


「……そう、ですね」


 自嘲するようなミリーの言葉に二人は自問自答する。


 自分たちはこのままで良いのだろうか。


「ああ、もう!こんな話してたら、昔のこと思い出して、なんか腹立ってきた。柄にもないことはするもんじゃないわね」


 苛立たし気にミリーが言うと、会話が途切れてしまう。


 辺りに響くのはカンカンと金属を叩く音ばかり。


 ジャックとルルアはその音が耳に吸い込まれると共に、ミリーの言葉が自分の中に染み渡っていくように感じられた。


 十分後。


「はい。完成よ」


「お、おお……」


「凄い……」


 ミリーが持ってきた剣をジャックが受け取る。鞘から出すと、二人の口から感嘆の声が漏れた。


 少し曲がっていて、すぐに刃こぼれする習作の剣。


 それを基に打ち直された剣は、歪みなど一つも無く、武具の知識に乏しい二人も一瞬で一級品と分かる輝きを放っていた。


「あ、あれ。なんだ」


 新しい武器に高揚していたジャックの口から戸惑いの声が漏れる。


 その顔色はみるみる内に暗くなっていき、ついには見ているルルアまで気分が沈んできてしまう。


「ど、どうしたっていうのよ、ジャック!?」


「あー、やっぱりそうなっちゃったか」


「ど、どういうことですか!ミリーさん!?」


 あちゃーと、天を仰ぐミリーにルルアが問いかける。


「あんたらと話している内に昔のことを思い出したのよ。天才だのなんだのと周りはもてはやすけど、私が悩んでいることを誰も理解してくれない。それを口に出すと、贅沢だのなんだの言って逆切れされてしまう。そんなむかむかを剣にぶつけていたら、ふとした瞬間に、スッて無くなっちゃったのよ」


「そうだよな。俺のことなんて、どうせ誰も分かっちゃくれないんだ」


 剣を抱えて、ジャックが不貞腐れたように座り込む。


「そ、そんなこと無いわよ、ジャック。一緒に頑張って来たじゃない」


「……けど、ルルアは魔法の才能がある。体が少し丈夫なくらいしか取り柄の無い俺のことなんて、分かっちゃくれないよ」


「そうよ。ルルアちゃんの言う通りだわ。ヤク中……じゃなくて、ジャック?だっけ。あんたみたいな量産型冒険者は掃いて捨てる程いるわ。理解者はたくさんいるわよ!」


「そうだよな。俺なんて、どうせ……」


「ミリーさんは黙っててください!!」


「あはははははは!!」


 落ち込むジャックと、必死に慰めようとするルルアを見て、心底楽しそうにミリーは笑う。


「誰も理解してくれないという私のむかむかを吸い取った一級品の剣。使い手はその悩みに苛まれる。名付けるならば、そうね……『苦悩の剣』といったところかしら。こうやって鞘に納めれば気分も落ち着くわよ」


「うお」


 ミリーが無理やり剣を鞘に納めると、ジャックが我を取り戻す。


「俺は、一体……?どうしてあんなに悩んでたんだ……」


「ジャック!良かった!元に戻ったのね!!」


「のわ!」


 感激して抱き着くルルア。


 突然のことに驚くジャックだが、苦笑いしながらルルアの背中をポンポンと叩く。


「うんうん。仲良きことは良きことね。これだから調合屋はやめられないのよ。鞘に納める以外にも、魔物を斬ることでも気分を落ち着けることができるからね」


「なんだよ!?呪いの剣じゃねーか!!」


「あ、あとこれ請求書ね」


「金まで取んのかよ!!」


「なによ。あんたらの宿代三日分くらいでしょ。マイスターの鍛冶師にお願いしたら、あんたらの今の稼ぎだと、返済に三十年はかかるわよ」


「うぐっ」


「剣自体は一級品なんだから、ちゃんと払いなさいよね」


「……はい」

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