第13話 クラリスの心配

 エレガント王国学園の敷地内には、初等、中等、高等学園の三つを有しており、ある程度仕切られてはいるものの、内部で繋がっている。


 その繋がりの中心にあるのが大講堂という巨大な講堂。


 もともと、死之行進デスマーチの際に、戦えない人たちを守るための砦としてエレガント王国学園は使われていたため、大講堂はその最後の砦としての意味を持っていたので、かなりの人数を収容できる。


 それこそ、学園生徒全員は入ってしまう。


「かなりおるの」

「そりゃあな。騎士爵や貴官きかん爵の子息だっているし」


 大講堂の壇上裏で、エドガーはクラリスと話していた。


 クラリスが講義をするなら、少しだけエドガーと話をしたいと言い、フォンダルム中等学園長や、初等、高等の学園長が承諾したのだ。


「ところで、クラリスさん。俺をこんな所に呼んで何の用だ? 早めに用を済ませてほしいだが」

「儂と一緒にいて、悪いことでもあるのかえ?」

「……まぁな。クラリスさんは英雄だ。いくら父さんたちの子供とはいえ、用もないのに一緒にいるのは、外聞的によろしくねぇ」


 エドガーは申し訳なさそうに顔を歪めながら、クラリスにそういった。


 クラリスは何とも言えない表情をしたあと、溜息を吐いた。


「考えすぎだと思うがの。まぁ、分かったのだ。それで、何の用で呼んだかだの」


 クラリスは懐からあるものを取り出した。


「銀の羽ペンとブレスレットと……手紙?」

「ロイスとアテナからだの。先ほど、受け取ったのだ」


 エドガーが不審に顔をしかめた。


「……先ほどだと?」

「うむ。やはり気づいておらんかったか。あやつら、入学式の時、ずっと隠形しながら天井に張り付いておったんだぞ」

「はぁっ!?」


 エドガーが思わず頓狂とんきょうな声を上げた。


 クラリスは呆れと優しさが混じったような表情をエドガーに向けた。


「お主があやつらが入学式に来るのを拒んだのは、儂みたいに騒ぎになるのを危惧したからだろうて。ならば、こっそり来て、誰にも気づかれないようにすればいいとな。あやつらだって、愛する息子の入学式をじかで見たいと思うもんだ。ハティア王女と並んでの新入生代表の挨拶。誇らしかったと褒めておったぞ」

「……そうか」

「む、もう少し素直に喜んだらどうだの? そう変な顔をせずに」

「うるせえ」


 エドガーはそっぽを向いた。


「……んで、父さんと母さんは?」

「転移で帰ったのだ。収穫祭の準備の合間を抜けだしてきたのもあるが、他の保護者も退席したからの。自分たちだけ、こっそり会うのは違うと思ったらしい。全く、妙な所で律儀なのだ。普段は破天荒のくせして」

「……ああ」


 エドガーは父さんたちらしいと思い、少しだけ頬を緩めた。


「だが、入学祝いをすっかり渡し忘れてたらしくての。帰る直前で、これらを渡してきたのだ」

「なるほど」


 エドガーはクラリスから銀の羽ペンとブレスレット、手紙を受け取った。


「ありがとうな、クラリスさん」

「どういたしましてなのだ。それと、儂からも入学祝だの」


 クラリスがフィンガスナップをすると、少し分厚い小さな本と虚空から筒のついた手のひらサイズほどの箱が現れた。


 クラリスはそれをエドガーに渡す。


「クラリスさん。これ、なんだ?」

「手記兼『アルバム』本と『カメラ』だの」

「手記……『アルバム』本と『カメラ』?」

「うむ」


 クラリスが頷いた。


「目にした事を白黒で書き写す〝想起〟があるだろうて。あれを応用して、セオの前世にあった写真を撮る道具を魔道具で再現してみたのだ」

「そういえば、そんな話を前に聞いたことがあるな。……でも、いいのか? そんなもん貰って?」

「いいのだ。この学園生活はお主の一生の宝となる。だから、お主が残したいと思った光景を写真に撮り、その手記兼アルバム本に張り付けて日記を書くとよい」

「ッ」


 エドガーは少しだけ息を飲んだ。


 ちょうど、その時、フォンダルム中等学園長が現れた。


「クラリス殿」

「む。もう時間のようだの。エドガーも席に戻るのだぞ」

「分かってる。フォンダルム学園長、お時間を頂き、感謝します」

「……うむ」


 エドガーはクラリスの方を向く。


「クラリスさん。色々と、ありがとうな」

「うむ。エドガー。学園生活を大いに楽しむのだぞ」

「……ああ」


 わしゃわしゃとクラリスがエドガーの頭を撫でた。


 エドガーは嫌がる素振りを見せながら、粛々とそれを受け入れた。


 そしてエドガーは壇上裏から去った。クラリスは少し優しく切なそうな表情でその後姿を見ていた。


 そして特別講義をした。



 Φ



「クラリス様。此度はまことにありがとうございますわ」

「頭を下げんでよい。ハティア殿」


 特別講義が終わり、生徒たちがいなくなった大講堂でハティアはクラリスを話していた。


 フォンダルム中等学園長も含め、各学園長は予定外となってしまった今日の今後に関して、話し合い、先生たちに指示を出しているためここにはいない。


 微笑みを浮かべるハティアは各学園長たちが戻ってくるまでの繋ぎをしているのである。


「後ほど父上からの証印を通してクラリス様に本講義の報酬をお払いいたします。つきまして、何か希望のものでもありますでしょうか?」

「……報酬のぅ」


 クラリスはふむぅと顎に手を当てて、悩む素振りを見せた。


「そうだの。ならば、今後も不定期に講義をさせてくれんかの? それとその裁量権もだ」

「講義……でしょうか?」

「うむ。今回の特別講義は、突然のこともあって不公平がでないように初等、中等、高等の全生徒を相手にした。だが、のぅ」


 クラリスは特別講義を思い出す。


「あれでは、シャーロット嬢も納得いかんだろうて」

「……なるほど」


 初等と高等の年齢差は最大で九歳差。しかも、話す内容が魔道具学という学問。


 クラリスも頑張りはしたが、年齢差による理解度や熱意の差はやはりあるもので、質の高い講義ができたとは言い難い。


 講義内容をそれなりに初等学園の生徒たちに合わせたため、魔道具学の基礎中の基礎しか話せていないのだ。


 それでも多少は専門的な話や最新の魔道具学の話なども織り交ぜたりはしたが。


「貴官爵の者は兎も角として、大抵の貴族は貴族の仕事に就く。魔道具研究は、魔法省にでもいかんとない。だが、中等、高等の中には魔道具に興味を強く持っている者もおった。そういう者の可能性を潰したくはないしの。それに将来、彼らが魔道具学の支援してくれるやもしれん」

「それで講義ですか?」

「うむ。その子らの学ぶ意欲に答えたいのだ」


 それに、とクラリスは続ける。


「講義終わりにいくつか質問を受け付けただろうて。その時に実感したんだの」

「といいますと……」

「歴史だの。特に初等と中等の者は死之行進デスマーチやそれによって発生した軋轢を軽んじている部分がある」

「……仕方ないとは言いたくありませんが、生まれていませんので、実感が湧きづらいのでしょう」


 ハティアは少しだけ溜息を吐く。


 貴族の中でも問題になっている部分だ。


 数十年前までは王都が死之行進デスマーチの砦であった。


 エレガント王国は珍しく、王都が国の防衛ラインを担っていたのである。それに関しては、エレガント王国をどのようにおこされたかが大きな理由になるのだが、今はおいておく。


 つまるところ、数年に一度王都は死之行進デスマーチに晒されており、国全体がその危機に一丸となって立ち向かっていた。


 しかし、ロイスがマキーナルト領の領主となり、アダド森林に結界を張り、死之行進デスマーチの弱体化と発生減少に成功した今。


 死之行進デスマーチはマキーナルト領の問題として片付くまでになっている。


 もちろん、国もいくつかの騎士団を送ったりと支援はしているものの、今の貴族の子供たちは一度も死之行進デスマーチの恐怖を味わっていないのだ。


「故に儂が老婆心ながら、その頃の話をしようかと思っての。ロイス達だって完璧ではないしの。それに子供の面倒を見るのは好きだしの」


 ハティアはクラリスがいくつもの孤児院を経営しているのを思い出した。


「……分かりました。父上や各学園長とも至急話をつけ、手配しましょう」

「うむ。お願いするぞ」


 ハティアがクラリスに頷いた。


「それにしてもフォンダルムたちも遅いのぅ」


 そしてクラリスがそうつぶやいたとき、


「クラリス・ビブリオというのは貴様だな!!」


 寮で引きこもっていたはずのバンボラと、追い出したはずの執事メイドたちが大講堂に現れた。


 ハティアは思わず頬を引きつらせ、クラリスは思いっきり顔をしかめた。








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