第12話 シャーロットの欲

 絶世の美女と言う言葉が一番似合う。


 黄金の蜂蜜と思うほど、宝石の様に美しい長髪。神が作り出した神金の如き澄んだ瞳。


 人とは思えない、精霊か妖精か、この世ならざる程美しい顔立ち。尖った耳はエルフであることを示す。


 まつ毛は長く、スッと通った鼻筋に麗しい唇。肌は星々を映す泉の如く澄んでいて、瑞々しい。


 ですぎず引っ込み過ぎないプロポーションは黄金比。


 凛々しく、美しく、また慈悲に溢れるいで立ち。


 纏うは神官服のようにシンプルな白の上下。新緑を下地とした金の葉っぱの装飾が施されたペルリーヌを羽織っている。


 そして、首に下げた金属のゴーグルに、試験管の束や宝石、工具や薬草が入ったポーチなどが下がったサムブラウンベルトにも似た革のベルト。


 それらが彼女を確かに人としてたらしめている。


 クラリス・ビブリオ。


 世界最高峰の錬金術師にして、世界で片手ほどしかない冒険者の頂点、神金ランクの冒険者。


 そしてロイス達と共に王国を救った英雄の一人。


「んなっ!!」


 彼女は今、第三王女の家庭教師をしており、王宮の奥に引きこもっている。公の場に出たのは、二ヵ月前に行われた生誕祭の時くらいか。


 第二王女であるハティアでさえ、片手で数えるほどしか話したことがない。


 そんなクラリスが予告もなしに入学式に現れたのだ。


 ハティアが驚くのも無理はない。


 そしてハティアが驚くのだ。


 新入生はもちろん、その保護者や代理者、在校生、挙句の果てには教師陣が驚愕していた。


 最初は理解が追い付かず呆然。


 だが、次第に理解し始めたのか、驚きと興奮の叫び声が次々と上がる。立ち上がる。


 特に、教師陣や保護者の貴族たちや代理者などは生徒たちよりも興奮していた。


 というよりも、生徒たちは十数年前の史上最悪の死之行進デスマーチの時はまだ産まれていない。憧れや感激に近いだろう。


 しかし、教師陣や保護者の貴族たち、代理者は違う。


 その時代を生き、そして死之行進デスマーチで戦っていた。


 一体感というべきか。感謝や勇気。必死さ。


 クラリスが突然現れた事もあり、一気に当時のそういう思いがこみ上げてきたのだ。


 講堂は収拾がつかないほど、混乱し始めてきた。思い思いに叫び、席を立ってクラリスへと押し寄せようとした。


 そんな中、エドガーは溜息を吐き、事態の収拾に動き出そうとしていたハティアを止める。


「ハティア王女殿下。大丈夫です。問題ありません」

「それはどういう――」


 ハティアがエドガーに真意を問おうとしたとき、


「皆、落ち着いて欲しいのだ」


 リンッ。


 まるで、鈴の音が響いたかのように美しく、意識がとらわれる声音。声量は大したことないのに、講堂全体に響き渡る。


 そして先ほどの騒々しさが嘘のように、耳が痛くなるほど静寂が満ちる。


「落ち着いて席について欲しいのだ」


 その静寂の中、またクラリスの声が響く。


 席を立っていた者全員がその声に飲まれ、それからハッと自分の様子に気が付き元の席に戻る。


 少し放置すれば暴徒と化すとほどの熱気具合が一気に冷める。


 まるで、魔法に掛けられたかのようだった。


 否、


(本人のカリスマもあるが……まぁ、無属性魔法の〝精神感応〟……いや、霊魂魔法のほうか?)


 実際にクラリスは精神鎮静の効果を持つ魔法を放ったのだ。


(どっちにしろ、抵抗できないやつは飲まれるな。できてたのは、フォンダルム学園長と、教師と貴族たちの僅か。生徒の方は……一人くらいか? そいつらは転移でさっき現れたクラリスの気配に気が付いていたようだし、そもそも落ち着いていたが)


 鋭い瞳で周りを見渡し、状況分析をするエドガー。


 壇上に立つクラリスは一瞬だけ、エドガーを一瞥する。そしてゆったりと口を開いた。


「友人のフォンダルムよりご紹介に預かった。儂の名はクラリス・ビブリオである。今日は、アイラ王女殿下の名代としてここに立たせてもらっているのだ」


 それを聞いてエドガーはなるほど、と思う。


(今、クラリスと密に関わりがあるのは第三王女のアイラ殿下だけ。先々月の生誕祭の時もアイラ王女殿下の口添えでがあったからこそらしいし。まぁ、そうじゃなければクラリスが貴族たちの前に出ねぇよな)


 両親とのつながりで、エドガーはクラリスとかなり親しい。クラリスの性格をよくしっている。


 エドガーは納得したように頷いた。


「さて、まずは新入生たち。おめでとう」


 緊張感すら漂う静まり返った講堂にクラリスの言葉が響き渡っていた。


「儂からいくつかの祝辞を――」 

 

 が、


「む?」


 クラリスが突如として、言葉を止め、ある一点をみやった。


 ハティアはもちろん、他の生徒たちや教師、保護者達もそちらを向く。


 新入生たちが座っている席の中、女子生徒が高らかに片手を挙げていた。


 クラリスが面白そうにニヤッと笑ったのを、エドガーは見逃さなかった。


「そなた。立て」

「はい」


 クラリスの言葉に従って、手を挙げていた女子生徒が立ち上がる。


 黒のボブカットに黒の瞳。丸眼鏡。大人しそうな顔立ち。身長は普通で、体つきも十一の女子そのもの。


 しかし、講堂にいる殆どの者に注目されながらも、身じろぎすることなくクラリスに強く瞳を向けるその立ち姿は凄まじい。


 だが、立ち姿だけではなかった。


「そなた、名はなんというのだ?」

「スザリオン伯爵の娘、シャーロット・スザリオンとお申します」


 震えることなく、落ち着きながらもハキハキと発せられる声。強い意志が宿っているせいか、強く耳に響く。


 シャーロットの行動に少しざわめきだした人たちが、彼女の雰囲気に呑み込まれて静かになる。


「して、シャーロット。儂に何用だ?」

「お願いしたいことがございます」

「願いだと?」

「はい」


 ごくり、と多くの者が息を飲む。クラリスが発する威圧にも似た覇気に心が震えてしまう。


 その覇気を正面から受け止めたシャーロットは、フォンダルムの方を向いた。


「フォンダルム学園長。失礼ながら、先ほどの私たちの学びを守るという言葉、嘘偽りはありませんでしょうか?」

「……ない。あれが全てであり、私が中等学園の学園長である理由だ」


 急に矛先を向けられ、フォンダルムは僅かに目を見開くが、直ぐに力強く頷いた。


 シャーロットはフォンダルムに軽く頭を下げた後、クラリスを見た。


「クラリス・ビブリオ様。失礼を承知でお願いしたいことがございます」

「申してみろ」

「講義をしてくださいませんでしょうか? 魔道具学の開祖、ルール・エドガルスの研究を受け継ぎ、魔道具学の最前線を走るクラリス・ビブリオ様から、魔道具学の講義を受けたいのでございます」

「ほぅ」


 フォンダルムは驚きと感心半分の表情でシャーロットを見ていた。


 そしてクラリスは少し逡巡する。


「……シャーロットよ」

「はい」

「お主だけに講義をすることはできん」

「承知しております。ですのでここ講堂にて今、講義をお願いしたく思います」

「入学式なのだぞ?」

「クラリス様がおいでになられた以上、普通に入学式ではございません。であれば、祝辞代わりに特別講義をしても問題はないかと思います」


 そんなやり取りを聞いて、エドガーは凄まじい胆力だと感心する。隣でハティアもシャーロットに驚きと感心の様子を向けていた。


 と、その時、


「本当にクラリス様だ!!」

「本当だっ!!」

「本物だぞ!!」


 講堂の外が急に騒がしくなったかと思うと、次々に制服を着た生徒たちが講堂に顔を出す。


 初等学園や高等学園の生徒たちだった。そちらの入学式は既に終わっており、どこからかクラリスのこと聞きつけて、来たのだ。


「ッ」


 初等、高等の生徒全員が来るとしたら。


 クラリスが魔法を使って先ほどの騒ぎを収拾したとは知らないハティアは、いくらクラリスのカリスマでも騒ぎが広まれば収拾がつけられなくなると思った。


 そう思ったハティアは早かった。


「風は我が友。我が声とともに高く飛ぶもの。――〝拡声〟!!」


 素早く行使した風魔法の〝拡声〟。


「我がハティア・S・エレガントの名において、中等学園入学式はこれにて終了といたしますわぁ!」


 ハティアは講堂全体に間延びした大きな声を響かせる。


 それから保護者貴族たちの方を見やり、王権による退出を促す。既にフォンダルムは動いており、スムーズに保護者貴族たちが退出していた。


 それから、クラリスの方を向く。


「クラリス様。わたくし、ハティア・S・エレガントから、この後大講堂にて、初等、中等、高等の全生徒を対象とした講義の講師を正式に依頼をしますわぁ!」

「……謹んでお受けしよう」


 クラリスは頷いた。


 そしてどうにか事態を収拾することができた。






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