第11話 エドガー・マキーナルトの入学式

「新入生、入場!」


 中等学園入学式。


 立ち襟の白シャツに上衣じょういは紺のローブ。男子は黒のズボンで女子は黒のスカート。シンプルであり、装飾も模様も少ない。


 あるとすれば、竜と狼と剣の意匠が施された肩章と、翡翠の宝石がお淑やかに散りばめられたカンテラの意匠の胸元のブローチ。


 王国騎士と王国魔法士の礼服の一部を取り入れた、動きやすく格式ある制服。


 新しいその制服はパリッとしていて、新入生はその真新しさとちょっとの着心地の悪さに、自分は中等学園に入ったのだと自覚する。


 ちょっとした恥ずかしさと、学園生活への期待。もしかしたら、新しい自分になれるかもという願い。


 高揚感を増す。


 だが、新しい学園生活だけが新入生の心を高ぶらせるわけではない。


 新入生が講堂へと入場する。


「新入生代表はハティア・S・エレガント! エドガー・マキーナルト!」


 自分たちの入場列の先頭を歩くは、優しく慈悲の溢れる微笑みを浮かべる第二王女に、十数年前の史上最悪の死之行進デスマーチから王国を救った英雄の息子。


 この二人と同じ年に入学できたこと。


 しかも、一つ上の学年には第二王子であるミロ・S・エレガントもいるのだ。


 それは貴族の子息息女たちにとってほまれであると思い、高揚するのだ。


 風魔法による〝拡声〟で響く厳かな声音と音楽。上級生と保護者、もしくは代理者による拍手。


 入学式だった。



 Φ



「諸君。栄えあるエレガント王国の中等学園へようこそ!」


 新入生が指定された席に座り、学園関係者などによる祝辞の言葉が贈られる。


 そして最後に祝辞の言葉を贈るのが、


「私が中等学園学園長、フォンダルム・チューセットだ」


 中等学園の学園長だ。


 腰に二振りの儀礼剣を差し、麗しい礼服に身を包んだ女性。白髪の混じった長い髪を後ろで一つにまとめている。


 五十半ばだと聞くが、〝拡声〟なしで講堂全体にビリリッと響き渡る力強い声。凜ッとした佇まいは美しく、頬の皺が貫録と優しさを醸し出す。


 強さを感じる。


(流石は元第一騎士団団長にして、救国の騎士様だな。何度見ても強いと分かる)


 フォンダルムはロイスたちと共に天災級の魔物に挑み、その時の負傷で騎士を引退した。


 その名声はエレガント王国の国民に根強く、そのため本人は隠居しようと頑張ったらしいのだが、結局中等学園の学園長に就任させられた。


 一年前、エドガーが中等学園の見学をした際、案内をしてくれたフォンダルムがそう軽口を言っていたのをエドガーは思い出す。


(正直、うちのやつらは本気で俺と戦ってくれないからな。小さい頃、守護兵団全員に勝ったから浮かれていたが、結局あれは只の試合で戦いではなかったからな)


 フォンダルムの祝辞の言葉を聞きながら、エドガーはグッと拳を握る。


(三年も空く)


 マキーナルト領の領主として、何が一番重要か。


 それは死之行進デスマーチから、領地を守る力だ。


 ロイス達のおかげで、アダド森林には特殊な結界が張られ、死之行進デスマーチの脅威度は確実に下がっている。


 しかし、それでもやはり災害規模なのだ。


 だから、次期領主のエドガーは、ロイス達と同じほどの戦う強さを得なくてはならない。


 エドガーはそう考えている。


 だから、エドガーは焦っているのだ。


 今の自分は弱く、マキーナルト領のいたころのように強い人と戦い、訓練することも、魔物を狩って経験を重ねることもできない。


 王都近くの森にいる魔物は、アダド森林ほど凶悪ではない。


(どうにか、稽古をつけてもらわないと。そのためには、一ヵ月後の新人戦で優勝しなければな)


 エドガーが険しい表情で意気込んだ。


「さて、ここまでは堅苦しいことを述べてきたが、最後に私から一つ、諸君らに伝えたいことがある」


 フォンダルムの真剣な声音に、考え込んでいたエドガーがハッと顔を上げた。


おおいに楽しめ! 確かに、ここにいる殆どは貴族の子女であり、誇りと責務を背負わなくてはならない!」


 そう言って、フォンダルムが保護者席に深く頭を下げた。これから発する無礼を謝っているのだ。


 そして、新入生へと真剣な表情を向ける。その強い眼差しに新入生たちは目を逸らすことができない。


 覇気があった。カリスマがあった。


「ここは知と体と心を学んで育む自由の学び舎である! 忘れろとは言わないが、しかし! 自分を自分で縛ってはならない! もし諸君らの自由の学び羽ばたきを縛る者がいれば、私が守ろう! それが君たちの両親であってもだ!」


 フォンダルムは教師陣の方を見やった。


 教師たちは力強く頷いた。


「故に、己の心に誠実に、そしておおいに楽しめ。以上だ!」


 フォンダルムは新入生に深く頭を下げ、それから保護者達に頭を下げる。そして、また新入生たちに頭を下げた。


 万雷の拍手が響き渡る。


 そんな中、エドガーの隣に座っていたハティアが、微笑む。


「やはり流石は救国の騎士様ですわねぇ」

「……ええ」


 一瞬だけ、悲痛に顔をしかめていたエドガーは、直ぐに張り付けた笑みを浮かべたて頷いた。


「王都にもともと住まう子女たちは除いて、多くの者は中等学園から入学する。一部、辺境は高等学園から入学しますが。故に、中等学園に彼女がいるからこそ、多くの者は学園に信頼を託す」


 そう鳴りやまない拍手の中、ハティアが微笑む。


 それを見て、エドガーは小さく肩をすくめる。


(王家の威光を適度に保つためには教育が一番で、それを行う学園に強い信頼を寄せていれば、それは容易い。まぁ、学園は学園で教育を用いて王家や有力貴族を監視する役割もあるらしいが……)


 恐ろしや、恐ろしやと冗談気味に心の中で呟くエドガー。ハティアはチラリと保護者席の方を見やる。


「ところで、ロイス様たちはお見えにならないのですわねぇ?」 

「ええ、流石に父や母が来ると大騒ぎになりますから。せっかくの入学式を壊したくはありませんし」

「そうでしょうか?」

「ええ。確実――」


 ようやくフォンダルムに向けられていた拍手が止んだ。


 エドガーが話をやめる。


 中等学園の学園長が祝辞を述べたあとは、新入生の退場なのだ。


 なので、退場の先頭を歩くエドガーとハティアは互いに目くばせして立ち上がろうとした。


 が、


「さて、例年ならば祝辞はここで終わり、退場となるのだが……」

「あん?」

「どういうことですの?」


 フォンダルムが軽く咳払いをして、エドガーたちに座るように目くばせをした。


 エドガーとハティアは聞いていない予定に少し首をかしげた。


 教師陣の方を見やると、彼らも困惑した様子だった。どうやら、フォンダルムの独断らしい。


 エドガーがそう思ったとき、“気配感知”の能力スキルにある反応が現れた。


「ッ」


 エドガーは息を飲み、「マジかよ……」と呟く。


 エドガーの様子にハティアが一瞬だけ、不審な表情になったが、直ぐに微笑みを浮かべて、フォンダルムが立っている壇上を見上げた。


「今年はあるお方をお招きしている!」


 フォンダルムが壇上の上手かみて側へと体を向け、軽く頭を下げた。


 そして現れたのが、


「クラリス・ビブリオ様だ!」


 錬金術師としても名高く、ロイスやアテナと同じ冒険者パーティーであり、英雄の一人だった。







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