第10話 エドガーの怒り
「んで、あとはスザリオン伯爵令嬢と……」
既に日は傾き掛けており、挨拶回りをしていたエドガーは少し焦っていた。
「マジでどこにいるんだ?」
残り二人。その内一人は、まだ入寮すらしていないため後回しにしているが、スザリオン伯爵令嬢が入寮した情報は他の令嬢から得ている。
なので、色々と情報を集めながら探し回っていたのだが、一向に見つからない。
そうしている内にかれこれ、二時間以上経ってしまった。
中等学園だけでなく、高等学園や初等学園。広大な敷地内のあちこちを探し回ったのにも関わらず、見つからず。
エドガーは途方に暮れていた。
「はぁ、仕方ねぇ。正直、明日には回したくなかったが、諦めるか。流石に夜に女子寮を尋ねるわけにもいかねぇしな」
明日は入学式のため、それが終わった後に挨拶回りをするのはあまりよろしくないが、仕方がない。
エドガーは諦めて、中等学園の学生寮に帰っていた。
「それにしても、気乗りはあんまりしなかったが、いいやつもいたな。フェルス嬢とかは、剣の道を目指してたのもあって、かなり話しやすかったし。まぁ、稽古に付き合うなんて言ってしまったが……」
トボトボと学生寮に向かいながら、エドガーは今日の事を思い出す。挨拶回りはそれなりに面倒であったが、それなりに上手い具合にやれたのではないかと思っていた。
令嬢たちに対しても、問題なかったと思っているし、中には気が合いそうだなと思った令嬢もいた。
そんな事を考えながら、中等学園学生寮前にたどり着いた所で、
「ん? なんだ?」
エドガーは学生寮前の人だかりに気が付いた。
「揉めているのか?」
エドガーは気配を消しながら人だかりの合間を縫い、怒鳴り声が響く騒ぎの中心へと顔を出した。
(うわ。マジかよ)
騒ぎの中心。
そこにいたのは、エドガーよりも一回りほど背の低い少年。豊満……あり大抵にいえばかなり太っている。
纏っている衣服は豪華絢爛な意匠や宝石などが散りばめられ、お世辞にも上品とは言えない。
また、少年と同じように指輪にネックレスなどといった装飾品を纏った五人の執事メイドもいた。
彼らが寮長の女性に怒鳴っていたのだ。
「だから、こいつらも寮に入れろと言っているんだ! 僕の言っていることが分からないのか、この愚民が!!」
「そうだ! この方はグラフト王国第三王子であらせられるぞ! それに口答えとは! 国際問題にしたいのか!」
「そうですわ! さっさと、私たちを入れなさい!」
「ですから、規定により学生寮に入れる召使は一人だけです。お引き取りをお願いいたします」
聞くに絶えない罵詈雑言。それでもそれに耐えながら、凛然と対応する寮長の女性。しかし、頬の皺はかなり引きつっており、疲弊が伺える。
エドガーは顔を
(いた)
エドガーは制服を着ていない、つまり新入生の令嬢を見つけて近づく。
「コレット嬢」
「ッ!」
赤毛交じりの茶髪と瞳。そばかすが少しある大人しそうな令嬢。
コレット・リュニスは後ろから突然聞こえた声に飛び上がる。それから、ゆっくりとエドガーを見て、はぁと安堵を漏らす。
大人しそうとは真逆。キッと両目を吊り上げて、コレットはエドガーに溜息を吐く。
「エドガー様。前触れもなく、後ろから近づかないで欲しいわ」
「それはすまない。それよりも、この状況」
「ええ。バンボラ・N・グラフト様よ。使用人全員を寮に入れたいらしいのよ。一人が限度というのに。ハティア様だって一人なのよ」
「そのハティア王女殿下とミロ王子殿下はどこにいらっしゃいますか?」
「アナタ、ここは学園なのだからもっと砕けた口調で……いえ、今はいいわ」
学園のもめ事とはいえ、相手は留学生で、しかも隣国の第三王子。
下手な対応はできない。
だから、第二王女であるハティアが仲裁に入るのが一番良いと考え、エドガーは侯爵令嬢であり、ハティアの派閥に属し、特に親しくしているコレットに話しかけたのだ。
「今は中等学園長室で、学園長と明日の入学式の話し合いをしているわ。先ほど、私の使いの者に出したけれど、少し時間がかかるわ」
「なるほど」
エドガーは心の中で軽く舌打ちをする。
寮長の女性に対しての罵詈雑言がひどくなり、バンボラも執事メイドたちもかなり熱くなっている。
それに感化されるように、遠巻きにみていた生徒たちの自制心が利かなくなってきていた。
隣国の第三王子であろうと、横暴は許さない! と飛び出そうとする者まで現れ、周りが必死に止めている。
(いつ暴力に出てもおかしくないな)
エドガーがそう思ったとき、
「いいから、入れろと言っているんだ! この阿婆擦れがッ!」
「ッ」
執事の一人、太った男が寮長の女性をつき飛ばし、そして拳を振りかぶった。周囲の生徒たちから悲鳴があがる。
何人かの生徒が慌てて止めようと飛び出すが間に合わない。
尻もちをついた寮長の女性は恐怖に息を飲み、咄嗟に顔をそむけた。
……………………
いつまで経っても殴られない。
寮長の女性が恐る恐る顔を上げると、そこにはエドガーがいた。太っている執事の拳を軽々と受け止めていた。
「なっ! 誰だ貴様ッ!」
執事メイドたちが息を飲み、また生徒たちがざわめきだす。
エドガーはそれらを無視して、つき飛ばされて尻もちをついていた寮長の女性の方を向く。
手を差し出す。
「大丈夫ですか、リーデル寮長」
「え、エドガーさん。ありがとうございます」
寮長の女性、リーデル・オルグレイは頬の皺を作りながら、エドガーに礼を言う。エドガーはどういたしまいて、と言い、リーデル寮長を立ち上がらせた。
それから、考え込む。
(さて、どうするか。何も考えずに飛び出してしまったが、仮にもグラフト王国の第三王子だしな。下手な対応を取ると父さんたちに迷惑が――)
「おい、ピロピロ! 僕の邪魔をするやつだ! 誰であろうと、そいつも、そこの愚民も殴れ!」
「はっ!」
執事の中でも一番ガタイのよい壮年、ピロピロが、エドガーに拳を振り降ろす。その拳は鋭く、あわやエドガーが殴られるかと思ったが。
「はぁ。〝無障〟」
「なッ!」
無属性魔法、〝無障〟。魔力を実体化して、うっすらと輝く物理障壁を作り出す魔法。
〝無障〟がエドガーの前に現れ、拳を受け止めたのだ。
ピロピロは驚き、僅かに恐怖する。詠唱なしによる魔法名だけの行使もそうだが、エドガーのその瞳。
恐ろしく強く、心を見透かすような鋭さ。
(こいつッ。俺の考えを読んでッッ)
ピロピロはバカではない。ここで、学園の者を殴れば問題になるのは自分たちの方だと分かっていた。
だから、先ほど太った執事の拳を受け止めた事から、エドガーがそれなりに腕に覚えがあると思い、ピロピロはそれなりに隙のある拳を放った。
そうすれば、エドガーが自分の拳を受け止めるだろうと。
そのあとは、エドガーに拳を強く握りつぶされただの、なんだのと言える。身体的接触があれば、いちゃもんなんてつけ放題だ。
そう思ったのに、エドガーは魔法で止めた。しかも、〝無障〟というシンプルでありながら、エドガー側が一切手を出せない魔法で。
実力差がありすぎる! エドガーの実力が自分よりも強いと分かったピロピロは頬を引きつらせた。
そしてそれを一瞥したエドガーは〝無障〟を消し、ピロピロに「何をしているんだ! さっさとあいつを殴れ!」と言っているバンボラに体を向ける。
「バンボラ。お初にお目にかかります。私はエドガー・マキーナルトとお申します」
「ッ! 僕はグラフト王国第三王子だぞ!! それを呼び捨てにッ! もう、許さん! エドガー・マキーナルトだな! お前もお前の家族も
「お、おいバンボラ様――」
バンボラの暴言にピロピロは息を飲んだ。同時に強く恐怖した。
やばい、これは本当にやばい!
ピロピロのその予感は強く当たる。
「殺す? 私の家族をですか?」
圧倒的な魔力が籠った殺気がエドガーから放たれ、バンボラたちにピンポイントで襲い掛かったのだ。
言葉はどうにか平静を保っているものの、その声音には強い怒気が宿っていた。周りの生徒や新入生たちが大きく息を飲む。
逆鱗だった。
「ぇ」
「ッッッッ!!!」
唯一、ピロピロだけが立っていられた。
しかし、威勢のよかったバンボラやその後ろでバンボラと一緒に暴言を吐いていた執事メイドの表情が、一瞬にして青白く染まり、へたりと座り込む。
バンボラなんて、ズボンの股が濡らして泡を吹き、倒れた。
ちょうどその時、
「これはどういうことですかぁ!!」
ハティアが現れ、エドガーは溢れる怒気を抑え込んだ。
そしてその後、中等学園長なども到着し、事態はどうにか収拾した。
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