第14話 執事メイドの二度目の恐怖

 ずかずかと大講堂を歩き、ずんずん近づいてくるバンボラとその一行。ただし、ピロポロはここにはいない。逃げた。


 頬を僅かに引きつらせていたハティアは、心の中で深呼吸して切り替える。穏やかな微笑みを浮かべる。


「バンボラ様。何故、こちらに?」

「ふんっ、能無しの女が! お前には用がない」


 ビキリ、と心の中でブチ切れるハティア。心なしか、こめかみに青筋が浮かんでいる。


 バンボラはクラリスへと視線を移す。


「お前がクラリス・ビブリオだな!」

「……そうだが?」


 クラリスは嫌そうな顔を隠そうともせず、不機嫌そうに答えた。


(む?)


 そしてクラリスは気づく。一瞬だけ、バンボラの表情が恐怖に歪んだことを。


 だが、それについて考えるよりも前に、バンボラがクラリスに言い放った。


「お前、僕の召使になれ! こんな国の第三王女の家庭教師をやっているくらいだ! 僕の召使になれることがどれだけ名誉か分かるだろう!」

「え」


 バンボラの思わぬ言葉にハティアは呆然とする。あまりにも理解できなかったからだ。


 クラリスは英雄だ。


 だが、それだけではない。


 自由ギルドという大国と対等に渡り合える巨大組織に属し、しかも自由ギルドトの最高戦力である神金冒険者。一人で小国と渡り合うくらいなら、できる力を持つ。


 しかも、クラリスは精霊議会や七柱の神々を祀る七星教会でも特別視される聖霊と契約しているため、両方から特別な席を与えられている。


 それでも、本人があくまでその席は名誉であり、精霊議会と七星教会両方に対して公平な立場をとることを強く宣言しているのもあって大きな問題にはなっていないが、実質的にそこらの小国の国王よりも権力を持っているのだ。


 妹のアイラの家庭教師をしているのも、エレガント王国の国王自身があらゆる手続きや交渉、契約をして、自ら頭を下げてようやく叶ったこと。


「バンボラ様――」

 

 そこまで思い出してハティアはようやく我を取り戻した。


 そして驚くでもなく、唖然とするでもなく、怒るでもない。バンボラの言葉を受けて、無表情に黙り込んだクラリスが恐ろしすぎた。


 ハティアは慌ててバンボラに対して強く抗議しようとする。


 が。


「何を黙っているのかしら! もしかして、喜びに声が出せないの? 確かに当り前ね! 大国であるグラフト王国の、しかも第三王子の召使になれるんですもの」

「そうだ、クラリス。貴様は我らの後輩に当たるんだ! 後輩として先輩の我らの命令は絶対だぞ」

「ほれ、跪け! そのまま俺の足を舐めろ! 後輩なら、誰でもやっているぞ!」

「ッッッッッッッ!!!!」


 バンボラよりも酷い。執事メイドたちが、口々に阿呆なことを言う


 そのあまりの阿呆さに、ハティアは大きく息を飲んでしまった。


 その瞬間、


「のぅ? 少し襟元を見せてくれんかの?」

「ひぃっ!」


 どこまでもどこまでも落ちていく永遠の穴。


 そんな凍えた声音にバンボラは怯えた表情を浮かべた。執事メイドたちは少したじろぐ。


 そしてクラリスはそれらを無視して、すっと片膝を突き、バンボラに視線を合わせてバンボラの襟元に手を伸ばした。


 その行為にハッと息を飲んだバンボラはクラリスの手をはねのける。


「ッッッ!!! 何をするんだ!」

「む」


 手を弾かれて、クラリスは一瞬だけ眉をひそめる。


「お、おい、お前! まさかバンボラ様の首をしめようとしたのか!」

「ッ! なんと、バンボラ様を殺そうとしたとは!」

「なんと、下劣なッ!! 英雄とは名ばかりの野蛮な者がッ!!」

「やはり、野蛮な者だったか! お前のかつての仲間の子供も野蛮だったが、子が野蛮なら、親も野蛮! その仲間も野蛮でしかるべきだな!」

「そんな野蛮を英雄と祭り上げるこの国の程度が知れますわ!」

「アナタたちッッッ!!!」


 執事メイドたちが、泡を飛ばしながら、口々にクラリスに怒鳴り続ける。


 ハティアが目を吊り上げて、体内の魔力を練り上げて実力行使にでようとしたが、


「ハティア殿。やめよ」

「……はい」


 クラリスが止める。


 そしてクラリスは思い思いに、自分やロイス達をののしる執事メイドを無視し、大切な友人を罵られて荒れ狂う怒りを落ち着かせる。


 鋭い瞳でバンボラを見やる。


(……やはり、怯えておるな。この愚物執事メイドたちに合わせるように、威勢だけは装っているが……感情は人である限り、隠すことはできん)


 クラリスは微表情という、人が自分では制御できない表情からバンボラの感情を読み解く。


(先ほど儂が首に触ろうとして、とても怖がっておった。恥でもなく、怒りでもなく、恐怖の一つ。首元に見られたくないものがあるのかえ? それが他人に見られると恐怖に繋がる? いや、首に触れられること自体が恐怖なのか)


 そう思考して、クラリスは瞳に魔力を集める。クラリスの瞳は特別で、ちょっとした透視なら可能なのだ。


(首元にはなにもない……ッ! 体中、服で見えないところにいくつもの痣がっ。しかも、この感じ。かなり、長い期間っ)


 冷静に判断しながらも状況を理解し始めたクラリスの心は荒れ狂い始める。ロイス達を侮辱されても、どうにか抑え込んでいた怒りが溢れ出る。


 そして、醜い執事メイドを見やった。


 贅沢に太っていたり、宝石をふんだんにつかった指輪やネックレスなどといった装飾品を身にまとう。


 バンボラには一切視線をやらず、その瞳はひどく淀みながらクラリスにだけ向けられている。


(愚物どもがッッッ!!!)


 クラリスの表情が大きく歪む。荒れ狂う怒りに同調し、魔力が溢れ始める。ゆらりゆらりと黄金の光がクラリスから立ち上る。


「ひぃ!」

「な、なんだ!」

「こ、これは!!」

「ッッッッ!!!」


 昨日のエドガーとは比べ物にならないほどの殺気と威圧があふれ出した魔力にこめられ、執事メイドたちを襲う。


 彼らは腰を抜かし、恐怖に強く顔を歪ませる。中には失神するものまで現れた。


「ッ、クラリス様!」

「ぼ、僕は……!!」


 ハティアとバンボラには、その殺気と威圧は放たれていなかったが、二人とも驚きと恐怖に顔を歪ませた。


 ハティアは慌てて、クラリスの怒りを鎮めようとする。バンボラはその場から逃げようとした。


 と、その時、


「これはどういうことか!!」

「アダルヘルムお兄様ぁっ!?」


 大講堂に第一王子であるアダルヘルムが現れたのだ。


「む」


 それに気が付いたクラリスは我に返り、溢れだした魔力をすぐに収める。


 そしてわずかに遅れて、初等、中等、高等のそれぞれの学園長が現れ、執事メイドたちは騎士団に連行され、バンボラは寮での謹慎を言い渡された。



 Φ



 一方そのころ。


「エドガー様ぁッッ!!」

っ、ちょっ!?」


 エドガーはとある令嬢に斬られかけていた。








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