ようやくの

 部屋に入ったら妹がピー音の付く行為をしていた件について。


「……………」

「……………」


 訪れた美羽の部屋で俺たちは二人揃って向かい合っている。

 何故かは分からないがお互いに正座……ちなみに美羽は速攻でパジャマに着替えたのでさっきまでの水着姿ではないのだが、ジッと俺を見つめる視線は熱く更には頬は赤い……極めつけはこの部屋に充満する何とも言えないむわっとした女の匂いだ。


「……やべえ……仕方ないのは仕方ないけど、脳裏から離れねえ……っ」


 俺の部屋も美羽の部屋も、基本的に鍵を掛けることはないので返事があればそのまま中に入るのがいつも通りだ。

 それもあってか少し変な声だと思ったけど、彼女の返事があったので意を決して中に入ったわけだが……ちょうど美羽はアレの最中だった――中に入って呆然とする俺を見た美羽は一瞬目を丸くしたものの、ブルッと体を震わせて……っ!!


「……………」


 気まずい……正直なことを言えばごめんと一言言って逃げ出したい気分だった。

 だが美羽が出て行かないでと止めたのもあるし、何より変な使命感かもしれないがここで逃げだしたらそれこそ空気が悪いというか、明日からどんな顔で会えば良いのか分からなかったから。


「……美羽」

「ひゃい……っ!」


 名前を呼ぶと美羽は体を震わせた。

 別に怖がっているとかそういうのではなく、緊張からくる震えにも見えた……彼女はジッと俺を見つめてくる。

 その瞳に宿る熱を見て……察せないのは流石に無理だ。


「ちょっとしたいことがあるんだ。試してみて良いか?」

「え? うん……」


 俺は美羽に近付き、彼女の体を強く抱きしめた。

 少し冷房が欲しいなと思うくらいには俺も体が熱いんだが、俺以上に彼女の体は熱くなっていて驚く。


(……落ち着くなぁ)


 美羽を抱きしめながら思ったこと――それは心から落ち着くというものだ。

 富田を前にした時よりも、伊藤を前にした時よりも……俺はとにかく、この子のことを離したくないと強く思った。


「に、兄さん……?」

「……あぁ。そうだったのか」


 こうしていて納得した。

 俺はたぶん……いや、もう確実にそうなんだろう――いつからか、そんなものはどうでも良くて俺は美羽のことが好きなんだ……大好きなんだなぁ。


(……守るべき妹、それは変わってない……でも、欲しくてたまらない妹になっちまったな。美羽が派手な姿になるようになってからドキドキさせられて、それを注意しつつも悪くはないなと思って……なんだよ。ということはつまり、俺はもう大分前から美羽のことが気になって仕方ないんじゃないか)


 一度でも心の中で認めてしまえば次から次へと彼女を想う言葉が溢れてくる。

 もちろん派手な見た目の彼女も魅力的だが、初めて会った時の彼女のことも俺は魅力的だと思っている。

 確かに地味と言われたら地味だけど、でも俺からしたらやっぱり可愛いという表現しか出てこないんだよ。


「なあ美羽」

「……なに?」

「正直さ……男の俺のことも考えてくれ。キスまでされて……それ以前に今まで色々と色仕掛けみたいなことされて……ドキドキしない方が無理だろ」

「それは……その――」

「俺がふんどししてお前の前をブラブラするようなもんだぞ」

「何それ興奮する」

「しないから。それで興奮してたら不安になる」


 ピシッと軽くチョップを入れておいた。

 小声で痛いよと不満を漏らした美羽だが、それでもこうして抱きしめられていることが嬉しいのか彼女はニコニコだ。

 流石に少し暑いので窓を開けさせてもらった。

 涼しい夜風が入ってくるのを感じつつ、俺は彼女と向き合ってこう伝えた。


「もう誤魔化せない……いや、気付かないフリはしないよ絶対に。なあ美羽」

「うん」

「好きだ」

「あたしも」


 ……お、おう。

 一切の間を置くこともなく自分もだと返され、俺としては喜びよりも彼女の堂々とした様子に圧倒されてしまった。

 いつも俺をニヤニヤしながら見つめる表情ではなく、どこまでも凛々しい彼女の表情はとても綺麗で……見惚れていた。


「ねえ兄さん。色々と話をしても良いかな?」

「……分かった」

「それじゃあ早速……あのさぁ兄さん。あたしが兄さんを好きにならない理由なんて全然なくない? むしろ兄さんと一緒に居て好きにならないなんて久遠美羽失格だと思うよ」

「そ、そんなになのか?」


 美羽は頷いた。


「初めて会った時からそうだった。最初の内はあたしも兄さんも距離感を図りかねてたけど、兄さんはあたしと早く打ち解けようとしてくれた」

「……そうだな」

「決してしつこくない範囲で声を掛けてくれたこと、凄く嬉しかった。それに誕生日とかも凄くお祝いしてくれた……何かあったら頼れと言ってくれた。その証拠にあたしがイジメられていた時も助けてくれた」

「………………」

「お母さんにあたしのこと、凄く聞いてたでしょ? どんなことが好きなのか、どんなことに喜ぶのか……ごめんね? 実はちょうどお手洗いに行ったりする時にリビングで話してるの聞こえてた」


 マジかよ……ヤバい恥ずかしくて死ねる。

 俺は恥ずかしさを堪えるように下を向いたが……確かに、美羽が家に来てから一週間くらいの時か。

 娘のことに一番詳しい母さんに色々なことを聞いた。

 ウザいと思われるか、或いは嫌われるかもしれないと思ったけど……やっぱり家族として歩み寄ることが大事だと考えていたからだ。


「それ以外だっていつも兄さんはあたしのことを考えてくれていた。兄さんさ、あたしのことを見る時凄く優しい目をしてるんだよ? エッチな恰好とかしてると流石に変わっちゃうけど、あたしにとってはご褒美だしね♪」


 いや、誰だってエッチな恰好とかしてたら変な目になるっての!

 流石に街中とかだと女性の胸元とかに目が向くほどではないのだが、流石に家というプライベートな環境になったりすると話は別で、自分のすぐ傍にバインバインの谷間を見せ付ける子が居たらそりゃ見てしまうってもんだ。


「それにね兄さん。もう一つだけ教えてあげる」

「……これ以上に何かあるのか?」

「とっておきのがね。兄さんが読んでる漫画あるじゃん? あのエッチな妹ギャルのやつなんだけど、あれ結構参考にしたんだ。兄さんの好みに合わせてね」

「なんですと!?」


 確かにそれを彷彿とさせる瞬間は多くあったけど……えぇ!?

 トンと俺は体を押されて床に倒れ、体の上に美羽が跨った。


「確かに好みに合わせた一面はあったよ? でもあたしは今の自分が凄く大好きになったんだよ。兄さんがドキドキしてくれるのもそうだし、この姿を知っているのがあたしの大好きな人たちだけ……その中でもとりわけ兄さんが知っている事実があたしを常に嬉しい気持ちにさせてくれた」

「……そうだったのか」


 美羽は上体を倒し、俺の体に密着する。

 お互いに至近距離で見つめ合う中、美羽はこう締めくくった。


「あたしたち、両想いってことで良いんだよね? もっとロマンチックな告白とか、泣いて喜んだりした方が良いのかなとか色々あるけど……でもそんなものはどうでも良いの。あたしは兄さんのことを彼氏として考えていいのか、それを今この場で教えて」

「……………」


 そんなの……そうしてくれと頷くしかないじゃないか。

 あまりにも呆気なく、あまりにも押される形での頷きではあったが……その逆も然りということで、美羽が俺の彼女であると考えて良いってことだよな?


「……美羽!」

「きゃっ♪」


 取り敢えず……俺たちは付き合うことになった。

 それが今日出た一つの答えであり、明日からの明確な変化でもあったのだ。


「あ、そうだ兄さん」

「なんだ?」

「あたしねぇ。一つだけしたいことがあってぇ♪」


 そう言って美羽はスマホを手に取り、そのままキスをしてきた。

 俺と美羽のキス、それを写真に収めた彼女は指を動かす。


「えっと……何してるんだ?」

「ちょっとねぇ……よし、これでどう?」


 そう言って美羽が見せてくれたのは加工された写真だ。

 ちょうど良く美羽と俺の顔は隠されており、美羽の顔もいつものように隠れているが……彼女がキスをしているという事実はしっかりと確認出来る。


「これ、投稿しても良い?」

「……あ、そういうことか」


 その問いかけに頷くと、美羽は満足そうに微笑んで写真を投稿した。

 しかもいつも無言で写真を投稿するだけだったのに、今日に関してはちゃんと文字を添えての投稿だ。


『彼氏出来た。幸せ♡』


 ニカッと、美羽は笑顔でまた俺にキスをした。

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