大切な存在

 俺にとって、妹はどんな存在だ?

 それがクエスチョンだとするなら、アンサーは自信を持ってこう答えるだろう。


「大切な存在だ」


▽▼


「おい、何してんだよ」


 美羽の正面に立つ伊藤に対し、俺は強い口調でそう言った。


「あ、兄さん!」

「ちっ! 面倒なのが来やがったぜ」


 美羽は俺を見てすぐに駆け寄り、伊藤は悪びれもせずに悪態を付く。

 こうして美羽は逃げるように俺の傍に来たけど、美羽のことを知っているからこそ手助けの必要がないことくらいは分かっている……それでも、女癖の悪いこいつを前にすると美羽のために動かずには居られなかった。


「伊藤、お前以前に俺に言ったこと忘れてんのか?」

「あ? 兄妹揃って地味だって言ったことか? 忘れてるわけねえだろ。けどやっぱ興味はあってな。それで口説いてたってわけだ」

「……………」


 この野郎……散々地味だなんだって言ってたくせに調子の良い奴だ。

 周りもなんだなんだと注目するように人が集まってきたが、注目されることに慣れているのか伊藤は堂々とした様子で言葉を続けた。


「この先、もしかしたら男を知らずに生きてくなんてかわいそうな未来があるかもしれないだろ? ならその極上の体を味わうついでに、俺が教えてやろうと思ったんだよ」


 何が面白いのかずっと伊藤はニヤニヤと笑っている。

 ちなみに今の奴の言葉に美羽だけでなく、他の人も気持ち悪そうに伊藤のことを見ているのだが……伊藤の取り巻きというか、仲間連中だけはまた始まったよと呆れたような顔だ。

 それでも伊藤を止めないあたり、同じ穴のムジナと言ったところか。


「なあ美羽ちゃんよ。そんな地味な兄の傍じゃなくてこっちに来な。そうしたら色々と教えてやるからさ」


 伊藤はそう言って美羽に手を伸ばす。

 俺は当然、その手をパシッと叩いて跳ね除けた――伊藤は更に強く舌打ちをして俺を睨みつけてくるのだが、今までに聞いたことがないほどに低い声で美羽が言葉を発した。


「必要ないです――あたしに色んなことを教えてくれる素敵な人は居ますから。先輩みたいな軽薄そうで見るからに最低な人の誘いに乗る気は一切ないです。金輪際声を掛けないでください気持ち悪いですから」

「……はっ?」


 おぉ……めっちゃハッキリ言った美羽に俺の方が驚いてしまう。

 あまりにもダサい丸眼鏡の奥から見える美羽の眼光と言葉を受けて伊藤は顔を真っ赤にした後、手を上げかけたが周りのことを考えて引っ込めた。

 それくらいの常識は持ってるんだなと内心で馬鹿にしていると、まるで負け惜しみでも言うかのように伊藤はこんなことを口にした。


「人が気を利かせてやってんのにつまんねえ女だな。乳がでけえだけしか取り柄がねえ女を抱いてやろうってのに……あ~冷めた冷めた」


 勝手に冷めてろよと俺は内心で呆れ果てる。

 ただ……美羽は俺の大切な妹……大切な子だ――完全に伊藤が美羽に冷めたとはいえここまで好き勝手言われて何も言い返せないというのは無理だった。

 我慢すれば良い、ここで何も言わなければただこいつが最低な人間という烙印を周りの人間からも押されるだけ……でも俺は口を開いた。


「伊藤、俺からすりゃ美羽は凄く良い子だよ」

「あん?」

「俺にとってこの子は大切な妹だ――一緒に住んでるからこそ、この子が持つ魅力なんていくらでも知ってる。お前からすればだからなんだって話だし、別に美羽に魅力がたっぷりだから考え直せって言うわけでもない――好き勝手言った挙句逃げるお前がムカついただけだ」


 俺は一度深呼吸をするように一泊置いた後、最後にこう言葉を続けた。


「こんなに可愛いのになぁ俺の妹は。可愛くて料理も上手で、優しくて……俺は本当に結婚したいくらいだぞ」

「はっ、きもっ」


 キモくて結構、言いたいことは言ったぞ全部。

 ちなみにこのやり取りを見ていた他の連中からすると、妹を慰める兄に見えたようで小さな拍手があったし、伊藤に関しては女癖の悪い噂は浸透しているようで男子の中には分かりやすく中指を立てたりする人も居て……女子に関しては近づかないようにと小声で話をするのも僅かに聞こえた。


「さてと、帰るか」

「……うん」


 歯切れの悪い返事をした美羽を連れて学校を出た。


「……?」


 帰る途中にスマホにメッセージが届き、それは利信からだった。

 利信もさっきのやり取りを見ていたらしく、俺と美羽が伊藤に色々言われたということもあって友人の彼も我慢出来なくなり絡みに行ったらしい。

 ただ……彼よりも女子の篠崎さんがかなりお怒りらしく、他の陽キャ連中が逃げ出すくらいにボロクソ扱き下ろしたとか……大丈夫かよ。


「美羽?」

「どうしたの?」

「いや……いつもに比べて静かだからさ」

「……あ~そういうこと」


 学校出たあたりから美羽は静かだった……でもこうして返事をした彼女は既にいつも通りだったが、間を置き少しだけ頬を赤くしてこう言った。


「あんなに周りに人がいっぱい居る時にあそこまで言われるとは思わなかったから」

「……あのカス野郎が」

「あ、あの先輩のことじゃないよ。兄さんが大切なって言ってくれたこと」

「そっちか……って意識させるなって。今になって背中が痒くなってきたわ」


 でも……本当に意識しなかったな。

 美羽の前に伊藤が立っていたのが気に入らなかったし、美羽の体しか見ていなかったことさえも気に入らなくて……とにかくあいつが気に入らなかった。

 ……いや、本当にそれだけか?

 俺はどんな形であれ……美羽を誰にも渡したくなかったんじゃないのか?


「……………」

「ジッと見て……何?」

「……いや」


 これは……まさか、そういうことなのか?

 俺は美羽のことを大事な妹だと考えているのは当然だ……でも最近、本当にそれだけなのかと少し自信が無くなっている。


(普通の妹に欲情とか……その、胸を触るとかしないもんな……いやいや、相手が誰であってもダメだけど! うがあああああああっ!!)


 ……取り敢えず、今日はもう休みたい気分かもしれない。

 きっと疲れが溜まっているだけ……そのはずだと自分に言い聞かせ、そして夜になって部屋でのんびりしている時だった。

 完全に気を抜いていたその時、美羽が部屋に現れたんだ。


「ねえ兄さん、ちょっと見てみて~」

「なにを……っ!?」


 部屋に訪れた美羽は普通の恰好ではなかった。

 夕飯を済ませて風呂に入った後、基本的に彼女はパジャマのはず……だというのにどうしてそうなったと言わんばかりに、美羽は水着姿だった。

 白いビキニで彼女の綺麗な肌はもちろんのこと、細い紐が頼りなさげにHカップの巨乳を支えている。


「これ今年の夏に着ようと思ってるやつなんだよねぇ。ねえ兄さん、今年は一緒にプールとか海とか行こうね♪」

「……………」


 マズイ……そう思った時には既に体が反応していた。

 美羽はすぐに退散することはなく、何故かしばらく水着姿で俺の部屋でのんびりしていたのだが……ガリガリと理性を削り落とそうとしてくる彼女に何度文句を言いそうになったことか。


「兄さ~ん!」


 ドンと音を立てるように背後から美羽が抱き着く。

 これは……何かの試練なんですかね?

 そう心の中で呟くのと同時に、美羽が耳元で囁いた――吐息と共に、彼女は俺に甘く囁きかける。


「兄さんの感じるそのドキドキはさ……妹に抱くもの? それとも、一人の女に抱くもの?」

「っ!?」

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