見せ付け行為
あの後輩男子……確か富田って言ってたな。
こうして外で出会うのは初めてで、彼にとってこの派手な見た目へと変化している美羽を見るのも初めてだろう。
その証拠に美羽のことをジッと見つめるくらいには夢中になっている。
「……どうもですお兄さん」
「うっす」
いや、こいつにお兄さんって言われたくないんだが……。
俺としては彼と話すことはないし、今の状態の美羽が美羽だと伝える気もなければ彼女が自分で明かすはずもなく……そうなると俺たちとしてはこいつと接触することなく買い物を楽しみたかったんだが……まあ、こうして彼が話しかけてきた以上無視するのもな。
「……………」
隣に立つ美羽は黙りこくっている。
せっかくの買い物の時間を邪魔されたからか、或いは面倒な奴に出会ってしまったなと考えているのかもしれない。
「えっと……そちらの方は……?」
「……………」
さてと、どう答えるとするかな。
一応今までも学校の連中とこうして会うことはあったが、彼のように話しかけられることはなかった……まあ、普段の俺があまりにも目立たないからだな。
利信や力哉、篠崎さんとも奇跡的に会ってないのもあるが……まあ今はどうでも良いから目の前のことに集中しなければ。
(この姿の美羽が美羽であることを知っているのは俺たちだけ……それは美羽が望んでいること。なら俺がするべきことは――)
こんな風に寄り添って歩いているんだ。
これ以降は特に富田と話をする機会もなさそうだなと思い、俺は後で美羽に謝ろうと決めてこう答えた。
「可愛いだろ。俺の大切な子なんだ」
美羽の肩に手を置いてそう言った。
富田は目を丸くしたかと思えば、本当かよと疑うような眼差しで俺を凝視してきたんだが……それってかなり失礼じゃないか?
とはいえ美羽を彼女だって嘘ではあっても断言するより、こうして大切な子だと間違いではない表現を口にしたことで、嘘を言っていないからこそ心からの言葉として表に出てきた。
「兄さん……こほんっ!」
美羽が一瞬ポカンとしていたが、すぐに俺の意図に気付いてくれたようだ。
俺たちとしてはとっとと買い物を再開したいわけで、富田とはとっとと会話を切り上げて先に進みたいのだ。
ただ……美羽は何かを思い付いたらしい。
ニヤリと笑った後、俺の腕を抱くように身を寄せて口を開いた。
「この人は彩人さんのお友達なの? それとも後輩かなぁ?」
美羽……?
いつもと違う彼女の様子に首を傾げたが、彼女が俺の意図に気付けて俺の方が彼女の意図に気付けないわけがない。
当然と言えば当然のことで、どうやらここでは兄妹という設定は封印みたいだ。
ならば俺も美羽に従うことにして、あくまで俺たちは兄妹ではない男女という関係で話を進めることにした。
「後輩だな。つっても俺としては先日に初めて顔を合わせただけなんだが……」
「そ、そうですね……」
「ふ~ん?」
……しっかし凄いな。
家に居る彼女はともかくとして、いつも外に居る美羽より声のトーンを高くして見た目も変化を加える……それで本当に別人として機能している。
富田は明らかに美羽を美羽として認識しておらず、ただのエロい女として見ているかのように表情がだらしなく崩れそうになっては耐えている。
「童貞って顔してるねぇ♪」
「っ!?」
美羽の言葉に富田は思いっきり顔を赤くした。
というかその言葉は俺にも思いっきり刺さるわけで……そうですよ。俺は生まれて今まで彼女なんて居たことはないし当然エッチもしたことねえわ!
クスクス笑っている美羽ではあるものの、今の言葉で肩を抱く俺の手に力が入ったのに気付いたらしく、俺にも刺さる言葉を言ってしまったことにようやく気付き……可愛らしく舌を出した。
……なんだよ、可愛いじゃんか分かってたけどさ。
「でもそれを言うならそっちだって……」
いやそう来ますよね分かってたよ俺は!
そうだよ俺だって童貞だよクソッタレが……なんて、心の中で悔し涙を流しながら反射的に頷こうとしたその時だった――美羽が咄嗟に俺の手を握りしめ、そのまま強く自身の胸に押し当てたのだ。
「見せ付けるように揉んでみて」
流れるような動作で彼女は近付き、富田に聞こえない声量でそう囁いた。
俺としては突然のことに心臓が飛び跳ねただけでなく、一気に顔が熱くなってしまったほど……美羽は富田を見つめて更に言葉を続けた。
「こんな風にあたしのことを可愛がってくれる彩人さんなんだよ? 君とはもうステージが違うんだよねぇ」
「っ……」
美羽の煽りに富田はムッとしたが、俺たちを直視できないかのように下を向いた。
俺は決してそのつもりがあったわけではない……でも、美羽に言われたように少しだけ手を動かしてしまった。
彼女の胸は俺の手の動きに合わせて形を変えるほどに柔らかく、むぎゅっと俺の指をその肉の中へと咥え込むかのように柔らかい。
(……俺、渡したくないって思ってるのか)
富田は美羽のことを想っている……美羽が決して彼に一切目を向けることがないとしても、俺はこの時……強く美羽のことをこんな奴に渡したくなんてないと勝手なことを考えてしまった。
そして何より、美羽に想いを向ける彼の前で……何も知らない富田の前で美羽の体に手を触れていることに優越感を感じる浅ましさだ。
「し、失礼します……っ!!」
富田は逃げ出すように背を向けて走り出した。
走る最中に何度か通行人とぶつかったりするほどにパニックらしく、逆に大丈夫かと心配になるほどだった。
「ねえ兄さん?」
「なんだ……?」
「いつまで揉んでるの?」
「……はっ!?」
俺はサッと手を離した。
美羽はニヤニヤといつものように笑っているが、どこかその瞳には優しささえも感じさせて……この瞳をずっと眺めていたい俺は思った。
結局、その後は普通に買い物を終わらせた。
「……はぁ」
家に帰って部屋に戻った後、俺はジッと自身の手の平を見つめ続け……ずっと鳴り止まない心臓の音に悩まされることになるのだった。
▽▼
「……っ♪♪」
兄さんがお風呂に向かい、夕飯の準備をする中であたしは思い出す。
買い物に向かった際に富田君と出会った時、兄さんと協力することで彼に自分たちの濃密な関係を見せ付けたこと……本当に興奮した。
もちろん関係と言えるほど進んではいないけれど、少なくとも兄さんはあれからずっと意識しているようで言葉数も少なく、あたしはこのまま押せれば行けると確信した。
「でも……あたしってヤバいなぁ。エッチなこととか兄さんのために動画とかネットで調べて知識は付けたけど、実際にああやって触れられるだけで……これだもん」
兄さんがお風呂から上がったらすぐに入りたい……それだけ、あたしの下着は少し大変なことになっている。
「……大切な子……かぁ」
あれは示し合わせたわけではなく、兄さんが本心から言ってくれた言葉……その言葉にあたしはつい涙を流しそうになるほど嬉しくて、誤魔化すことを忘れて兄さんと呼んで抱き着きたくなる衝動を必死に抑えていた。
「はぁ……好き♪」
こんなの、もう止まれないよ。
あたしは攻める……攻めて攻めて攻めて……必ず、兄さんと愛し合う関係になるんだ。
お父さんとお母さんも応援してくれてるしね……ちなみに! このことは兄さんは知らないんだよねぇ……当然だけど♪
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