いつもの美羽もモテる?

「そういえばさ」

「うん?」

「お前のご両親が居ないのって今日からだっけ?」

「あぁ」


 朝礼後、短い休憩時間の中で利信がそう聞いてきたので頷く。

 正確には昨日からだけど前から話していたように父さんに付いていく形で、母さんも3カ月ほど家を空けることになった。

 正真正銘、今日から本格的に美羽と二人っきりというわけだ。


「どうよ。妹と二人っきりなんて大丈夫なのか?」

「大丈夫だろ。俺と美羽だぞ」

「めっちゃ自信満々じゃねえか……まあでも、美羽ちゃんはともかくお前はあの子のことをすげえ大事にしてるからなぁ」


 当然だろうと強く頷く。

 しかし今の質問の意図はおそらく、家事などが二人で大丈夫なのかとそういう意味ではないんだろう――その証拠に、利信はニヤリと笑って言葉を続けた。


「美羽ちゃんって美人とかで目立つ子じゃないけど、あの高校生離れした肉体はたとえ兄貴でもドキドキすんじゃね?」

「……それはまあな」

「だろ? そこまであの子について話を聞くわけじゃないけど、地味なくせして体だけはエロ過ぎるなんて言われてるしな」


 体だけじゃねえ、全部が美羽はエロいんだよ……とは言わない。

 ただこうして話を聞いてやっぱり思うことと言えば、軽々しく人の妹を地味だとか言うのはマジでやめてほしい……もちろん利信は美羽と面識があるし、誰かを下に見たりするような性格でもない。

 あくまで他所で聞いた言葉をそのまま教えてくれたんだろうけど、自分の妹がそんな風に見られているってのを聞くのは良い気分ではない。


「いやぁ、あの子って話をすると楽しいからワンチャンあるかなとか俺も思ったことは正直あるんだけど……美羽ちゃんって彩人にしか本当の意味で心を開いて無さそうだから無理だわ」

「はっ? お前そんなことを考えてたのか?」

「ちょっとだけ! ちょっとだけだから許してちょんまげ!」

「……………」


 まあでも、それはある意味で美羽の魅力に気付いているとも言えるのか。

 Twitterでミュウの自撮りにハマるくらいだし、単純に美羽の体付きがエロいから気になったというのもあるかもだけど……エロいのも魅力の一つだし、そこはまあ見る目があると褒めてやろう。


「言っとくが美羽は可愛いぞ?」

「シスコンがよぉ……ま、俺にも姉貴は居るけどその辺の気持ちは分からんな」

「実姉だろ? その違いもあると思うわ」

「あ~確かに……それってつまり、俺も姉貴と血が繋がってなかったら美人だの言いまくっている世界線もあったのか……ぐへぇ、想像出来ねえ」


 つい苦笑してしまいそうになるほどに利信は嫌そうだった。


「……血の繋がりがあったら……か」


 そうしみじみと呟いた。

 俺と美羽は出会ってまだ3年程度……これがもしも最初から血が繋がっていてずっと一緒だったならあの子に感じるものは何もなかったかもしれない。

 それはそれでちょっと寂しいなと考えてしまうのは……いや、あり得ないなと俺は首を振った。


「義妹っつうか、血の繋がりがなかったら結婚とか出来るもんな? 周りがどう見るかは知らんけど、そういうの考えたことないのか?」

「美羽と結婚……?」


 美羽と結婚だと……?

 俺はジッと目を瞑って想像してみた――今でも彼女との仲は悪くないし、むしろかなり良い方だと思っている。

 そんな子が俺のお嫁さんとして接してくる……ふむ?


『兄さん♪ ご飯にする? お風呂にする? それとも……あたし?♡』


 ……いかん、決してこれが世の中のお嫁さん像でないのは百も承知だ。

 でも……美羽のことを想像すると先にこういう妄想をしてしまう辺り、それだけ普段から彼女の色気ある姿を見過ぎているんだ俺は……贅沢な悩みだけど、やっぱりちょっと想像出来ないな。


「その様子だと少し難しそうか?」

「……まあな。やっぱり義理とはいえ妹だから」

「だよなぁ」

「まあでも」

「うん?」


 俺は少しだけ目を閉じ、考えを整理してこう言葉を続けた。


「俺は今まで彼女とか居たことないし、まだ大人でもないから結婚ってものがどんなものかも分からん……けど、美羽と一緒ならたぶん楽しいんだろうなとは思うよ。それくらいが普通じゃないか?」


 あまりにも爽やかというか、一切の邪な気持ちがないくらいに見えたようでしばらく利信はポカンとしていた。


「……ははっ、やっぱお前らって本当の仲の良い兄妹だな。それ、美羽ちゃんに言ってみたら喜ぶんじゃね?」

「恥ずかしいから言わない」

「じゃあ俺が言ってやろっと」

「やめろ」

「冗談だって」


 言ったら絶対に揶揄われる未来が見える。

 それから先生がやってきて一限目が始まった――もうすぐ7月になるということで若干暑さが目立つようになった。

 衣替えも終えて本格的な夏の到来を今か今かと待つことはないが……今年の夏休みは父さんと母さんが一時的に帰る時を除いて美羽と二人っきり……どうなるんだろうとちょっとだけ不安とドキドキが入り混じる。


「それじゃあここを久遠、解いてみろ」

「了解っす」


 美羽とのことを考えていたところに先生からご指名だ。

 一瞬ビクッとしたものの、その動揺を悟られずに黒板の前に立って無事に問題を解くことは出来た。

 それから何事もなく時間は進み、昼休みになると俺と利信、力哉と篠崎さんで集まり昼食だ。


「へぇ、妹さんと二人で過ごすことになるんだ?」

「あぁ。特に困ることはないと思うけど、何かあったら頼むわ」

「当然じゃないか。いつでも力になるぜ」

「私も同じだよ。むしろこれを機に妹さんと仲良くなろうかなぁ」


 本当に頼りになるというか、優しい友人たちでいつも助かるよ。

 まあ美羽と二人になるということで利信と同じことを力哉と篠崎さんから言われて揶揄われもしたが、それもまた彼らからの優しさのようなものだ。


「じゃあ早速今度、彩人の家に集まろうぜ!」

「いきなり過ぎるだろ」

「私は女だけど良いの?」


 確かにいきなり過ぎるけど全然構わないし、篠崎さんが良いのであれば俺としては別に大丈夫だ。

 美羽の居ない所で決まってしまったけれど、今日帰ったら伝えておくか。

 そんなこんなで放課後になった。

 利信にゲーセンでも行かないかと誘われたものの、母さんに少し確かめてほしいと言われたことがあったので断った。


「……うん?」


 そうして一人で廊下を歩いていると、職員室から出てきた美羽と出くわした。


「あ、兄さん」

「よっ」


 丸渕眼鏡から覗く彼女の瞳に俺が映る。

 ただ髪の毛がボサボサなのでやっぱり地味……う~ん、さっき地味って言われるのは嫌だって言ったけど、これは確かに地味だったなうん。


「どうしたんだ?」

「日直の仕事が終わったから」

「なるほど」


 ちなみに、この状態の美羽は俺と二人でない場所だとワントーン声音が低い。

 これは別に意識しているわけではなく自然とそうなっているようで、人によってはボソボソ喋っている風に聞こえるらしい。

 美羽と向かい合っていると、更に職員室から男子が出てきた。


「失礼しました……あれ? 久遠さんどうしたの?」


 出てきた男子はおそらく美羽のクラスメイトだろうか。

 日直は男女二人ずつで行うのでたぶん今日の相方だと思われる――その男子は美羽から視線を外して俺を見た時、一瞬どこか視線が鋭くなったようにも見えた。

 美羽と同じ丸渕の眼鏡にボサボサな髪……こう言ってはなんだが、美羽のようにそこに隠された美貌があるというわけではなく、俺と同じで平凡という言葉を欲しいままにする顔立ちだ。


「兄さんは帰り?」

「……あ、お兄さん……でしたか」

「どうも。美羽は?」

「あたしももう終わり。一緒に帰っても良い?」

「良いぞ」


 グッと、美羽が握り拳を作ったのを俺は見逃さない。

 それじゃあ美羽を待つとするか……なんて、思った時だった。


「あ、あの久遠さん!」

「なに?」

「実は……その……これから一緒にどうかなって誘おうと思ったんだけど――」

「ごめんね。兄さんと帰るから」

「あ……うん」


 おやこれは……。

 美羽の言葉に彼は落胆したように下を向いた後、そのままトボトボと歩いて行き、その後を美羽が追いかけ追い越し……しばらくして荷物を抱えてまた戻ってきた。


「それじゃあ帰ろ?」

「おう」


 校舎を出てからしばらく歩き、ある程度学校から離れたところで美羽はいつも通りの様子へと変化した。

 ギュッと俺の腕を抱くように身を寄せ、その大きな胸をこれでもかと押し付ける。


「流石にそろそろ暑いぞ?」

「我慢出来ないほどじゃないんでしょ? 兄さんだって好きなくせにぃ♪」

「……………」


 声まで一気に高くなりやがって……はぁ。

 この変化を間近で見たら絶対に他の人は驚くだろう……それはたぶん、さっきの男子も例外ではないはずだ。


「さっきの奴は……」

富田とみた君? 席が後ろでちょっと話をすることがあったんだよね。それから良く声を掛けてくるんだけどボソボソ喋ってて聞き取れないことが多いかな」

「ほぉ」

「というかさっきのってもしかしてデートの誘いだったりするのかな? 仮に用がなくても頷くことはないんだけど、あれくらいの勇気はあるんだねぇ」


 やっぱりあれはデートの誘いだったみたいだ。

 美羽の様子を見る限り全然脈無しみたいだが……まあ、彼に関しては相手が悪かったと言わざるを得ない。

 俺は彼……富田君とは学年が違うため、そう会うことはないと思っていた。

 でも……まさか、意外とすぐに彼とまた出会うことになるとは全く予期していなかった。

 

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