二人で過ごすことになるみたい

 父さんの仕事の関係で3カ月ほど家を離れる――それは突然の報せだった。

 元々は父さんだけ向こうに行って母さんはこっちに残るという話だったのだが、たくさん考えた末での決断とのことだ。


『もちろんあなたたちが不安だと言うならこっちに残るわ。お父さんも一人で大丈夫と言っているから』


 既に決まったこと、だが母さんの場合はそっちの選択肢も取れるらしい。

 そのことに少し安心したのも確かだけど、父さんも母さんも再婚して……まあ二年程度が経ったわけだが、今でも新婚さんのようにラブラブだ。

 俺にとっても苦い記憶だけど、父さんも母さんも元々浮気をされて最初の相手とは別れている……浮気とか一切気にしないで良いくらいにお互いにお互いを想い合っているのが父さんと母さんだ。


『美羽はどうする? 正直、俺としては全然大丈夫と思ってるんだが?』

『あたしも大丈夫だよ。ちょっと寂しいけど電話は出来るしね』


 そんな二人のことを考えた結果、別に強がったりせずに俺と美羽の意見は一致したのである。

 家事に関しては俺と美羽も出来るし、何より美羽に関しては母さん譲りの料理の腕だってある……つまり、こう言ってはなんだが二人でも別に問題はなかった。


「母さんも母さんだよな。寂しいから付いていきたいってそのまま言えば良いのに」


 一生の別れでもないんだし、何より離れていたとしても父さんと母さんが仲良くしてくれていることが俺と美羽にとって何よりの幸せなのだから。

 とまあこういうこともあって、母さんは父さんに付いていくことに。

 仕事から帰った父さんがこの決定を聞いた時、俺たちに申し訳なさそうにしながらも嬉しそうにしていたのはちょっと微笑ましかったな。


「兄さん、入って良い?」

「良いぞ」


 そう返事をするとパジャマ姿の美羽が入ってきた。

 ピンク色の可愛らしいパジャマはともかく、ムチッとした体のボディラインがこれでもかと強調されているのはやはり目に毒だ。

 しかもこれは彼女のデフォルトな姿ではあるのだが、基本的に胸元のボタンを二つほど上から外しているので谷間が思いっきり見えている。


「……………」


 兄としては、こうして彼女が部屋に来ることを拒むことはしない。

 ただ……俺も一人の男だし、いくら兄妹とはいえ血が繋がっていないのだから意識は当然してしまうわけだ。

 でもそれをいざ口にするとどうせ揶揄われてしまうので、俺は仏のように心をまっさらにして彼女と向かい合うしかない。


「驚いたね。お父さんとお母さんが3カ月とはいえさ」

「まあな。でも俺と美羽なら大丈夫だろ?」

「当然♪」


 まあでも、料理関係に関しては完全に美羽を頼ることにはなりそうだ。


「料理は任せた。それ以外は出来るだけ任せてくれ」

「そんな風に気負わないでよ。料理に関してはあたしとしても兄さんに美味しいご飯を食べてほしいし、他のことに関しても別に一人でやろうと思ってるわけじゃないからさ。ちゃんと兄さんと協力するよ」

「助かる」

「だってほら、あたしたち二人しか居ないもんねぇ」


 ニヤリと、いつものように色気を孕んだ笑みを浮かべ美羽は背後から抱き着く。

 俺の腹に腕を回すようにし、肩に顎を置くようにしてそっと囁く。


「あたしたち……二人っきりだよ兄さん♪」

「っ……」


 それは正にとてつもない誘惑の一言だった。

 もちろん今まで数多くの触れ合いを美羽としてきたからこそ、理性を失うようなことはなかったのだが……それでも、ビリッと脳を痺れさせるような一撃だったのは間違いない。


(こいつ……だからなんでこんなにこの子はエロいんだよクソッタレが! 背中に伝わる柔らかさも最高だし耳に掛かる吐息もくすぐったくて……何より声が良すぎてゾクゾクするわ!)


 俺氏、心の中で美羽を大絶賛するの巻。

 別にいつも通りなら……それこそ、妹ものの漫画やアニメにここぞとばかりにハマっていなかったらここまでではなかったと自分を信じたい。

 これがエロ漫画ならこの後完全にベッドインだろうけど……くぅ、そんなもんは妄想と空想の産物である漫画だからこそ実現出来ること――これは現実なのだから耐えろよ彩人! 彼女は妹……大事な妹なんだ!!


「……ふぅ」


 深呼吸をすると段々と心が菩薩に近付いていくかのようだ。

 まるで一人で事を成した後の賢者タイムにでも入ったかのように落ち着きを取り戻した俺に、美羽がどこかあれっと首を傾げている。


「どうした?」

「ううん……むぅ」


 不満そうに頬を膨らませたかと思えば、彼女は一旦俺から離れて正面に立つ。

 そのまま凄い速さで腰を下ろして今度は腕だけでなく、足まで絡めるようにして彼女は正面からギュッと抱き着いてきた。


「しばらくこうする。絶対に離れないから」

「……………」


 その言葉が示すように腕と足の力もかなり強く、これは本当にしばらく離れてくれなさそうだった。

 さっきの不満顔がどうも気になるが、こういう場合の対処法はバッチリだ。

 まず左手を美羽の頭に、そして右手を美羽の背中に回せば良い。


「……あ」


 そして優しく撫でればそれで解決……になるよな?

 俺の頬を美羽の頬が密着しそうになるくらいに距離が近いので、彼女の表情は見えないがどこか嬉しそうな雰囲気は伝わってくる。

 そうしてしばらくしていると、今度は母さんが部屋の扉をノックした。


「彩人、入っても大丈夫?」

「……あ~」


 母さんが来たというのに美羽は離れない。

 俺は小さく息を吐いた後、大丈夫と伝えた――部屋に入ってきた母さんは抱き合う俺と美羽を見て目を丸くしたものの、すぐにクスッと微笑んだ。


「本当にあなたたちは仲が良いわね。こうして考えると、美羽にとってどれだけ彩人君の存在が大きいのかが分かるわ」

「……そんなもんですかね?」

「そんなもんだよ!」

「ぎゃあああああっ!? 耳元で大きな声を出すな馬鹿!」


 代わりに答えたのが美羽だったけど、俺の鼓膜に彼女はダメージを与えてきた。

 ちょっとだけ強く頭をパシッと叩くと美羽が声を上げた。


「あんっ!」


 だからさ、一々悩ましい声を出すんじゃないよ!

 母さんはそんな俺たちのやり取りですら楽しいようで、変わらずクスクスと笑っていたが本題を切り出した。


「彩人君もそうだけど美羽も、今日はありがとね。悩んでいたことだけど、あなたたちのおかげで気負うことなくあっちであの人とラブラブ出来るわ」

「ラブラブってそんな歳じゃないでしょうに……」

「失礼なことを言うんじゃないわよ美羽」

「は~い」


 あはは……まあでも、俺たちの言葉が後押しになったのなら本当に良かったよ。

 それから母さんは大事なことを軽く話した後、部屋を出て行った。


「……ふわぁ」

「眠たいの?」


 そうだなと頷く。

 何だかんだもう10時だし、いつもなら11時まで起きてるけど偶には今日みたいに突然に死ぬほど眠くなる日はある。


「ふふ~ん♪ そんなに眠いならさぁ……一緒に寝よ?」

「良いぞ」

「……素直だね」


 だって眠いもん。

 俺も美羽も既に寝る準備は終わっているようなものだし、ちょうど俺たちは布団の上だったため、そのまま俺は美羽を体に乗せるような形で横になった。

 可愛い悲鳴を上げて美羽も一緒に倒れ込んだが、すぐに横に彼女も寝転がる。


「なあ美羽」

「なあに?」

「……まあなんだ。よろしく頼むよ」

「ふふっ、うん♪ 任せて♡」


 ……あれ? でもそうなると当たり前だけど美羽と二人っきり……か。

 さっきも同じことを美羽に言われたけど……何もないよな? 何もないと信じたいんだけど、たぶん美羽もそうだが俺も忙しくなるだろうし気にしなくても良いか。

 ココアも居てくれるしきっと大丈夫だろううん!




「3か月かぁ……ちょうど夏を挟むし勝負だね兄さん♪」


 寝る直前、何か聞こえた気がした。

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