彩人も怒ります
「よお久遠」
「あ?」
あまり聞くことのない声に呼ばれたせいで少し反応が厳ついものになってしまったのは反省だ。
振り向くと俺の返事に呆気に取られながらも、やっぱり少しムカついたのか視線を鋭くしてきた――奴は伊藤、以前に俺が女癖の悪い同級生と言ったあいつだ。
「話しかけただけで随分じゃないか?」
「すまねえな。普段話すことないし、お前って良い噂聞かないからさ」
「ハッキリ言うじゃん」
ハッキリ言った方が良いだろ?
伊藤はくくっと笑った後、すぐに用件を言うかの如く俺の肩に腕を回す。
「一昨日、ここを一緒に歩いていたのお前の妹だっけ?」
「あぁ」
「見た目は地味だったけど体は一級品だったと思ってな。彼氏とか居んの?」
この時点で俺は伊藤が何を言おうとしているのか瞬時に理解した。
遠慮なしに肩を組んできた奴を引き離し、俺は自分でもびっくりするほどに低い声が出た。
「そこから先に続く言葉は俺の前で言うんじゃねえぞ。あの時、妹のことを舐めるような目で見たことはまあ見逃してやる――でももし、妹に手を出そうとしたら覚えてろよ」
「っ……なんだよシスコンかよ気持ちわりいな」
「シスコンとかそういうんじゃねえんだよ。妹と守る兄として当然だろうが」
シスコン……まあ俺は多分シスコンなんだろう。
俺にとって美羽はどこまで行っても可愛い妹で、あの子がイジメられていた時に助けた……いや、それよりもずっと前から守りたい妹なんだ。
だからこそ、こんな軽薄が服を着て歩いているような奴に近付いてほしくない。
「だ~れがあんなクソ地味女に手を出すかよ。兄妹揃ってパッとしねえくせにイキがってんじゃねえっての」
なんて捨て台詞を吐いて伊藤は去って行く。
俺のことはともかく、美羽のことまでああ言われたことは正直ムカついた……今すぐに駆けだしてその脳天に蹴りを入れたいくらいにはムカついた。
「うん?」
だが、どうもそれは俺の役目ではなかったようだ。
何かが綺麗に飛んできたかと思えば、それは上履き――パシッと気味の良い音を立てるように伊藤の頭に直撃した。
伊藤は誰だと大きな声を出しそうになったが、すぐに視線を逸らすようにして教室に戻って行く。
「……あ~」
あの伊藤がどうしてあんなに簡単に引き下がったのか、それは上履きを蹴飛ばした相手にあった。
「篠崎さんか」
「よっ!」
片手を上げて近づいてきたのは
見た目はゴリゴリのギャル……というよりも不良に近い。
その辺りのヤンキー男子より怖い雰囲気をしているので、流石の伊藤も彼女に逆らいたくはないようだ。
「ちょっとそこまで声が聞こえてたからさ。力哉が言ってたけど、久遠はやっぱりアツい男だねぇ」
「そうか? 妹のこともあったし普通だと思うけど」
「だからこそだろ? 自分の家族のためにそこまで強くなれるのは久遠のかっこいいところだと思うけどね」
「よせやい。女の子にかっこいいって言われたら照れるだろ」
「ははっ、私みたいなゴリラ女に言われても嬉しくないだろ」
「そうだね」
「おい」
パシッと軽く背中を叩かれた。
篠崎さんは自分のことをゴリラ女って言ったけど、この人は確かに女性にしては背は高いしジムにも通ってて腕の筋肉とかは凄い……でも凄く美人だ。
スレンダーな体型はモデルさんみたいだし……まあでも、俺からすれば妹みたいな方が全然――。
「鼻の下伸びてるよ?」
「おっと、そいつは失敬」
「……いやらしいことを考えてるのは分かったんだけど、そんな風にかっこ付けられると逆に清々しいね」
「褒めるなよ」
「褒めてない」
また背中をパシッと叩かれた。
こんな風に軽口を言い合えるの女子ってのは貴重だけど、それもこれも篠崎さんの持つ雰囲気だからかな。
でもこんな風に男勝りな部分が強い篠崎さんも力哉の前だと乙女なんだよなぁ。
「あれ? 彩人に佐奈?」
噂をすればなんとやらってやつだ。
購買で買ったパックのジュースにストローを刺し、ちゅうちゅうと吸いながら優雅に登場した力哉は不思議そうに俺たちを見ている。
自分の彼女が別の男と二人なのに一切怪しんだりする様子がないのもまた、俺たちの間にある信頼関係だ。
「どうしたんだ?」
「久遠が男を見せたんだよ」
いや、それだと分からないだろ……。
首を傾げる力哉に説明すると、彼はあぁと頷く……まあ力哉も美羽の存在は知っているし、少しは話したことがあるのでやはり良い顔はしなかった。
「あいつ本当に良い噂聞かないからな。まあでも、仮に何かあったら言ってくれよ。俺と佐奈も力になるぜ」
「おうよ。ありがとな」
ほんと、頼もしい友人だよ。
その後、教室に戻ると利信も話の輪に加わった。
「はあ? 伊藤の奴クソだな」
利信も美羽のことは当然知っているため、同じように憤ってくれた。
つうか……確かに外行きの美羽は地味、それは俺だって思う……でも、あの子に隠された可愛さは本当に凄いんだ。
それを美羽は俺を含め家族以外に教えようとはしないけど、そんな彼女の本当の姿を知らずに好き勝手言われるのは本当に腹が立つ。
(やれやれ……どんだけなんだっての)
まあでも、それを美羽が望んでいるならそれでも良い。
むしろ、そんな彼女の一面を知れていることに優越感を抱くのも……まあ仕方ないけど悪くはないよな。
▼▽
放課後、俺は駅前でケーキを買ってから家に帰った。
既に美羽も帰宅しているようで靴が置かれており、リビングの方からテレビの音が聞こえるのでそこに居るようだ。
「ただいま」
「あ、おかえり兄さん」
学校帰りの彼女がソファに寝転がっている。
思いっきりスカートが捲り上がっているが、美羽は一切気にした様子もなく俺にパンツを見せびらかしている。
そのつもりがあるかどうかは分からないが、女の子ならもう少し慎みを持てと言いたいが……普段の彼女を知るだけに言っても無駄だな。
「駅前でケーキ買ったんだけど食べるか?」
「え? 本当に!?」
食いつきが半端ない。
美羽はすぐに起き上がって俺の傍に駆け寄り、許可する前にケーキが収められた箱を手に取った。
「これってあそこのだよね。凄く美味しいけど結構高いから……でも、どうしてそれを?」
「……あ~」
まあなんだ……伊藤の奴に好き勝手言われたのがムカついたのと、美羽のことを可愛い妹なんだと思ったら、こうして彼女の喜ぶことをしたくなっただけだ。
「可愛い妹にプレゼントをしたくなっただけだよ。父さんと母さんの分もあるから全部食べるなよ?」
「あ……うん」
流石に全部食べたら父さんたちがかわいそうだし、それにお前も太るからな?
ケーキは別々の種類を四つ買ったけど、俺の分は……別に良いかと思い、食べるなら食べて良いと美羽に伝えると、彼女は強く否定した。
「ダメだよ。兄さんも一緒に食べよう」
ということで、分かってはいたけど一緒に食べることになった。
お皿に移し替え、二人でソファに腰を下ろす――そんな中、俺はチラッと美羽の横顔を見た。
今の彼女は普段の姿ということで髪はボサボサだが眼鏡は外している。
それでも誰もが彼女を地味だと口にする要素が前面に押し出されている……でも、やっぱり俺はそんな彼女を見ても可愛いよなと思う。
「絶対に可愛いんだけどなぁ……」
「わわっ!?」
耳元で囁いてしまい、すまないと言ってからケーキを食べ始めた。
美羽はしばらく呆然としていたが、すぐに同じようにケーキを食べ始めるのだった。
「何かあったの?」
「何もねえよ。ケーキ、美味しいか?」
「美味しい……すっごく美味しい♪」
「そいつは良かった」
「にゃ~!」
おっとココアちゃんや、君はダメだってケーキは流石に。
まあなんにせよ、妹の笑顔が一番だよな。
どこまで行ってもそれだけは確かで、俺はケーキを食べながら妹の微笑みを見ては幸せな気分に浸るのだった。
そして、その夜にこんな会話があった。
「実はね。仕事の関係でお父さんに付いていくことになったのよ」
「は?」
「え?」
母さんの言葉に、俺と美羽が目を丸くするのも必然だった。
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