美羽①

『美羽、前から話してたけど再婚するわ。近いうちにあちらと会うことになってるから予定は空けておいて。あなたの一つ上になる男の子が居るけど、凄く良い子みたいだから安心してちょうだい』


 新しい家族が出来る、そう聞いたのは突然……でもあったかな?

 私にとってお母さんが幸せになれるなら再婚に反対はなかったし、相手の人に息子が居たとしても何も思うことはなかった。

 ……ううん、それは少し言い過ぎだね。

 正直なことを言うとちょっと戸惑いはあった――だって私は一人っ子であることに慣れていたから、そこに兄が出来るという実感がなかったせいだ。


『久遠奏人です。よろしくお願いします』


 お兄ちゃん……兄さんと初めて会った時、すっごく普通の人だと思った。

 イケメンでもなければブサイクでもなく……普通……うん、本当に普通の人だったんだけど、兄さんを含めお父さんも一緒に住むようになって……私は兄さんの人の好さをすぐに知ることになった。


『美羽ちゃんの部屋はここだ』

『何かあったら言ってね』

『重たい物とか手伝うから遠慮はしないで』

『ちょっと外出てくるんだけど、美羽ちゃん何かアイスとか欲しいモノある?』


 たぶん兄さんも私の扱いに困っていたんだと思うんだ。

 兄さんはとにかく私に気を遣ってくれて……そこまでしなくて良いよと言いたくはなっても、こんな風に考えてくれる兄という存在がどこか温かくて、私は兄さんに苦労を掛けない範囲で妹として接していた。


『あ、ただいま美羽』

『お帰り美羽』


 一緒に住むようになって半年も経てば私たちの間に遠慮はなくなっていた。

 相変わらず昔の私は気弱というか、暗い性格だったけど兄さんに感化されるように口数も増えたし、兄さんの方も私のことを呼び捨てで呼んでくれるようになった。

 もちろんそれだけじゃなくて、お父さんとお母さんが出掛けた日に二人っきりになった時、私の誕生日の時など兄さんは本当に心から私を気に掛けてくれた。


『どうしてそんなに兄さんは優しいの?』

『優しい……普通じゃね? まあでも、正直妹なんて居たことなかったらどんな風に接すれば良いのか分からなかったのもあるな』

『そうなの? それにしては……その、本当に優しいなって思うよ?』

『そうか? なら俺も嬉しいよ。なんつうかアレだよ……ちょっと恥ずかしいこと言うけど勘弁な?』

『え? うん』

『妹……美羽と一緒に過ごしててさ。あれ? 妹ってこんなに可愛いんだって思うようになったんだよ。そうなってくると兄としては甘やかしたいし、頼りにされたいからかっこ付けたいって思うんだよ』

『っ……そうなんだ』


 兄さんったらいきなりこんなことを言うんだもんびっくりしちゃった。

 でも……ここからだったかな? 私の中で明確に兄さんの存在が大きくなったのはきっとこの時だ。

 そして同時に、私がクラスでイジメられ始めたのもこの時からだ。


『ちょっと地味子。アンタってちょっと臭うわね? 気のせいじゃないでしょ。近づかないでくれる?』


 当時の私は……本当に地味だった。

 お洒落なんて興味がなかったし、髪の毛がボサボサなのも気にしなかったし、眼鏡も超絶ダサかったけど別に良いかなと思ってた。

 最初はそんなちょっかいばかりで我慢していればどうとでもなると思ってた。

 けど、大して動じないからこそイジメもそこそこ酷くなって……机が隠されたり花瓶を置かれたり、そんな分かりやすいことをされていたのに先生は見て見ぬフリ。


『美羽? どうしたんだ?』

『ううん、何でもないよ』


 高校生になって新しい環境の中で生活する兄さんの負担になりたくなかったし、お母さんやお父さんにも心配を掛けたくなかった。

 だから耐えて耐えて耐えて……でも、思いの外悪意の言葉と行動は心に傷を与えてくるもので……耐えていくのも段々と疲れてしまった。


『に、兄さん……?』

『美羽』


 ある日、家に帰った私を兄さんが怒ったような顔で出迎えた。

 何かしちゃったかなと不安になったけど私に怒ったりするのではなく、兄さんは友達から私がイジメられていることを聞いて怒ってくれていたのだ。

 知られちゃった……そうガッカリしたけれど、抱きしめてくる兄さんに全てを委ねるように私は身を寄せたんだ。


『もう大丈夫だ。大丈夫だからな美羽』


 大丈夫、その言葉の通りだった。

 イジメについては周知されることとなり、イジメの主犯格と取り巻きたちにとって大層私という存在は邪魔なものになっただろう。

 このご時世、反省しろと言われて反省する人の方が稀だ。

 だからこそ私は学校に直接通うことを辞めて通信授業を受けることになった。


『お、今日も妹の笑顔が見れて俺は嬉しいねぇ』

『おう美羽! 今日アホな友人たちと遊んでたらびしょ濡れになっちまってな』


 私の環境が変わっても兄さんは変わらなかった。

 イジメがあったという事実を思い出させないためなのか、兄さんはどこまでも今まで通りを貫くように私と接し、私のことを大切な妹として考えてくれていたんだ。


『兄さん、守ってくれてありがとう。助けてくれてありがとう』


 でもちゃんとお礼は言わないといけない。

 突然のお礼に兄さんは目を丸くしたけど、すぐにその手を私の頭に乗せて笑顔でこう言ってくれたのだ。


『当たり前だろ。どこの世界に可愛い妹を助けない兄貴が居るってんだ。また何かあったら……いやいや、あっちゃダメだけどさ。いつだって俺は美羽を助けに行く』

『兄さん……っ』

『どこに居ても見つけてやる。どんなことになっても絶対に俺が美羽を助けに行くから……だから何かあったらすぐに呼べよ。頼りになるお兄ちゃんとの約束だ!』

『……自分で言ってたら世話ないよ兄さん♪』

『良いだろかっこ付けたいって前にも言ったよな!?』


 もうさぁ……こういうことをされたら無理だよね?

 私は単純だから……どこまでも単純だから……たとえ義理とはいえ兄妹だしそういうことは絶対にないと思ってたけど前言撤回――私、完全に兄さんに惚れちゃった。


『……兄さん……兄さん♪』


 兄さんのことを想うと体が熱くなって、それこそきゅんきゅんと下腹部が疼くまでになった。

 私は中三の時に初めて一人ですることを覚えたけど、想像することはもちろん兄さんとすること……当然だよね!


『あれ……これって……わわっ!?』


 当時はまあ……私もエッチなモノを見ると顔を赤くしていた。

 けど兄さんの部屋に入った際、偶然に目にした妹ギャルとのエッチな生活を描いた漫画を見つけて……速攻で私はこれだと閃いた。

 もちろんすぐに行動するのではなく、兄さんにそれとなく話題を振ったり兄さんが部屋から居なくなったタイミングで忍び込み、兄さんがエッチな妹というジャンルにリビドーを抱く性癖を持っていることも把握した。


『……元々髪の毛は明るいしおっぱいも大きい……大きすぎて邪魔だったけどマジでナイスだよ!』


 もう全てが私の味方をしていたようなものだった!

 特に何かをしたいと思ったことがない私にとって、普段と違う自分を目指すのは新鮮な気分だった。

 プライベート限定で髪の毛もサラサラにして、服装も少し派手にして……兄さんの好みであろう妹ギャルを目指した――その結果、兄さんは私を見て驚きはしたけどその目には確かな情欲が宿っていた。


『兄さんが私を……あたしをエッチな目で見てる……あはっ♪』


 それはもう快感だった。

 見た目の変化だけでなく、考えの変化は内面にも影響を及ぼすようで……私はその時から“あたし”になった。

 でも漫画のヒロインと違うのはこの姿はあくまでプライベートのみ……今のあたしにとってこの姿が本物だとしたら、この姿があたしだと知っているのは兄さんたち家族だけで良いんだ。


『う~ん、お洒落に興味なかったけど……悪くないね。あたしって可愛いしエロくない? 兄さん好みになってるかなぁ♪』


 まあ兄さんはあたしがどうしてこんな格好をしようとしたかなんて知る由もないだろうけど……いつか言えたら、それはそれで楽しいことになりそう。


『今日はこれで良いかな?』


 そして自撮りに関しては……まあ他者の反応が見たかったのもある。

 最初に完全なるギャルのミュウになりきった一枚を投稿した時、可愛い綺麗エロいと兄さん以外に言われても全く心に響かない反応一色になった時、別にこの見た目は間違いじゃないんだと確信した。

 その初めの一枚が思いの外バズって今ではTwitterのフォロワーも4万人を越えるくらいにはなって中々人気者になった――もちろん、自撮りを投稿する上で私はとことん気を付けてる。


『……くふふっ♪』


 そ・し・て!

 私には一つだけ欲望がある――それは兄さんとそういう関係になれた時、兄さんと一緒に裸で並ぶ姿を見せ付けてやるのだ。

 いつも通り顔は隠して誰かは分からないように、あなたたちが求めて止まないこの体は既に独占されてるんだって宣言するのも実は少しやってみたい。

 あたしのことを求めてリプしまくる人たちがどんな反応をするのか……それが本当に楽しみで仕方ない。


『はぁ……兄さん好き♪ 大好きだよぉ♪』


 まあでも、最近は兄さんと一緒に居るのが楽しすぎて……幸せ過ぎて……正直自撮りの投稿とかどうでも良いかなって思い始めてるんだけどねぇ。


「美羽~」

「っ……は~い!」

「風呂先に行くか~?」

「兄さんと一緒にいくぅ!」


 兄さんと一緒にお風呂に入りたい!

 そう言ったら顔を赤くして兄さんは逃げて行った……ふふっ、覚悟してよね。

 あたしから告白したら兄さんは家族とかそういう柵を考えてきっと迷ってくれるはず、でも兄さんの方から辛抱出来なくなってあたしに襲い掛かったら……それはもうあたしが欲しいってなった時だもんねぇ♪

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