学校での彼女は意外と気遣いの鬼
その日はすぐに昼休みになった。
利信と一緒に弁当を広げて食っていると、彼はまたスマホである画像を見ながらテンションが高い。
「お前、本当に気に入ったのな」
「まあな! つうか……この子本当に同じくらいの高校生かよ」
何の画像を見ているのか、それはミュウ……美羽の上げている自撮り写真だ。
俺も昨晩に見たパジャマを着崩した写真で、胸の先端を腕のみで隠している青少年にはあまりにも刺激の強いものだ。
「何見てんだ?」
「お、力哉か良いところに来たな」
あまりにも利信のテンションが高いからか、クラスメイトがもう一人やってきた。
彼もまた俺にとって悪友兼友人みたいな間柄の男子で名前は
「これ見てみろよ」
「あん? ……っ!?」
利信のスマホを覗き込んだ瞬間、力哉は顔を赤くしてバッと離れた。
力哉はちょっとばかしヤンキー寄りの見た目なのだが、かなりの純情でちょっとエッチなものにもこういう反応をする。
「お前昼休みになんてもんを見てんだよ……」
「実は昨日偶然見つけちまってさ。やっぱり俺らもそういう年頃だからさ……こういうのは見ちまうってもんだ」
「……ま、分からないでもないけどな」
取り敢えず力哉、彼女さんがジッと見てるぞお前を。
俺は力哉に視線で伝えると、彼はビクッと肩を震わせて彼女さんの元に向かった。
「あいつの彼女怖いよな」
「篠崎さんなぁ……まあでも、力哉って意外と甘えたがりなところあるっぽいしああいう姉御肌がお似合いだろ」
なんてことを言いつつ、今度は俺に向かって力哉はスマホを見せてくる。
眼前に広がるのはマスクをして顔を隠しているだけ……だというのに普段と印象が違い過ぎて完全にミュウという存在そのものになりきっている。
「お前は良いなとか思わんの?」
「……思う」
そう答えるとだよなと利信は肩を組んできた。
悔しい……悔しいがそう思うのは当たり前だ――もしも利信にこれは俺の妹なんだけど、なんて言ったらたぶん何言ってんだって言われるだけか。
利信も美羽のことは知っているけど普段の彼女しか知らないため、絶対に美羽がミュウだと行き着くことがない。
「これは……絶対にGカップはあるな」
「まあそんくらいはありそうだな」
そう答えながらも、俺の脳裏にはある記憶が蘇った。
新しい下着を買ったからと言って何故か見せにやってきた美羽、彼女は肩から胸を支える紐を指で掴み、ゆっさゆっさと揺らしながらこう言っていた。
『じゃ~ん。Hカップのおっぱい~♪』
『出てけえええええええええっ!!』
あの時は出てけって言ったけど実はもう少し見たかったり……はぁ。
ちなみにこれ三週間ほど前の話で、利信の予想は惜しくも外れってところだ……あれ? なんかちょっとだけ秘密を知っているからなのか優越感を感じるぞ。
「ま、興奮してもあまり外に出すなよ?」
「分かってるっての。このコメントに沸いてる奴らみたいはならねえからさ」
もしそうなったら俺は友人としての繋がりを切るぞマジで。
まあでも、美羽の自撮りを上げたリプ欄に沸く連中は純粋に可愛いとか綺麗だとか言うならまだしも、本当に目も当てられないような気持ち悪いことを書いている人もそれなりに居る。
声も聞いたことがなく動いているところすら見たことがない写真だけ、だというのに彼氏面してるのも居るし流石ネットって感じがする。
「トイレ行ってくるわ」
「あいよ~」
利信に一声伝えて席を立った。
トイレを済ませて教室に戻ろうとした時、俺たち二年の教室があるこの二階で普段は見ることのない顔があった。
大きな荷物を抱えて歩いている彼女を見つけた時、俺はすぐに駆け寄った。
「美羽!」
「え? 兄さん?」
そう、その荷物を抱えているのは美羽だった。
ボッサボサの髪に丸渕眼鏡という出で立ちは家で見る彼女の欠片すらない。
「持つぞ」
「良いの?」
「あぁ」
俺はすぐに美羽から荷物を受け取った。
美羽が向かっていた先はおそらく視聴覚室かな? そう聞くと美羽は頷いてそのまま付いてきた。
「なんかクラスメイトが忙しいからお願いって机に置いたの。だから仕方なくって感じかな」
「それ……まさか――」
「あぁ違うよ。流石に中学みたいなのじゃないから安心して。ちゃんとその子も申し訳なさそうにしてたし、あたしも暇だったからさ」
「……そうか」
こういう時、つい昔を思い出して警戒心が一気に跳ね上がってしまう。
昔にイジメられていた時はずっと俺たちに心配を掛けないようにと耐えていた前科もあるので、兄としてはやっぱり心配になるんだ。
俺の表情から察したのか、美羽はクスッと笑った後――小さく呟いた。
「ありがとう兄さん」
「おう」
さてと、それじゃあさっさと荷物を運んでしまおう。
二階に一年生が居るのは珍しく、俺と一緒に歩く美羽はそれなりに注目されるのだがやはりそこまでだ。
今の彼女は完全に陰キャモードだし、その絶妙に地味さを思わせる度の入っていない眼鏡が美羽の魅力を完全にかき消している……ただ、カーディガンの上からでも主張する圧倒的なまでの巨乳は男の目を集めており、女癖が悪いと評判の同級生からも見られていたのはちょっと嫌だった。
「開けるね」
目的の視聴覚室に着くと、美羽が扉を開けてくれた。
中に入って荷物を奥の方へ置く……それでもう終わりだが、ふと美羽が背後から抱き着いてきてこんな提案をした。
「ねえ兄さん。すぐに戻るの?」
「……いや?」
「なら少しだけここに居ようよ」
「……………」
ということで、しばらく美羽と過ごすことになった。
ただ、こうやって背後から抱き着いて提案してきた美羽ではあるものの、ここが家でもなければプライベートな瞬間でもないため、そこに関してはしっかりと線引きしているのかすぐに離れてくれた。
「その気遣いを家でもやってくれると良いんだけどなぁ」
「えぇ? 私は兄さんが嬉しいって思ってるだろうからやってるんだけど?」
ぐうの音も出ないとはこのことか……強がったのは俺の方だったみたいだ。
かあっと顔が赤くなったものの、美羽は俺のことを見ておらずスマホを見ていたので顔を見られることはなかった。
「……実はさ」
「うん?」
スマホを眺めながらチラチラと美羽は俺を見ている。
どこか照れ臭そうに髪の毛をチリチリと弄りながら彼女は、ジッと俺を見つめて言葉を続けた。
「その……兄さんが来てくれるかなって実は思ってた。別に伝えてるわけじゃないけど、なんとなくそう思ってたの」
「へぇ……ははっ、まあトイレに行かなかったら気付かなかったわ」
「そうなの?」
「おうよ。あそこで催したのはきっと美羽のためだったのかもしれん」
「……なんかちょっと嫌だね」
口元に手を当ててクスッと美羽は笑った。
俺も釣られるように笑みを零した後、利信には悪いが伝えておこう。
「利信がさぁ」
「村上先輩がどうしたの?」
「Twitterでお前を見つけてテンション爆上がりしてた」
「あははっ! そうなんだ。どうせおっぱいが大きくてエロいとかそういうことばかり言ってんじゃない?」
「よく分かるな」
「だって村上先輩ってそういうタイプっぽいし」
利信は時々家に遊びに来ることもあったので美羽も当然顔見知りだ。
ただ家だからと行っても誰かが来る時は美羽も陰キャモードなので、やっぱり利信は本来の彼女を知らない。
「ちょっと、そっちに寄っても良い?」
「構わないぞ」
……なんつうか、本当にこのモードだと気遣いの鬼だよな美羽は。
俺の隣に椅子を引っ付けて座り、肩に頭を乗せるようにして美羽は満足そうにそのまま動かなくなった。
しばらくそうして過ごし、後10分くらいで昼休みが終わる。
その頃になって俺たちは揃って視聴覚室を出た。
「兄さん、ここに来る時にちょっと怖い顔してたよね?」
「え?」
もしかしてあの女癖の悪い奴を見た時のことか?
顔に出したつもりはなかったけど、どうも美羽からは俺の表情の変化が見えていたようだ。
一階に降りる階段の前でクルっとスカートを翻して振り向く。
「大丈夫だよん♪ あたしはそんな視線くらいでどうこうなる人間じゃないし、何より傍には頼れるお兄ちゃんが居るもんねぇ♪」
「……ははっ、こいつめ」
「じゃあねぇ!」
颯爽と去って行く彼女の背中を見て思うこと、それはやっぱり強くなったなという素直な気持ちだ。
あってはならないことだけど、誰かから嫌がらせを受けても本当に屁でもないと言いそうなほどに美羽は強くなった。
「さてと、俺も教室に戻るかね」
妹との時間を過ごしたからか、教室に戻った俺は大変機嫌が良さそうだったと利信が思うほどだったらしく、ちょっと恥ずかしかった。
【あとがき】
明日から一話ずつの更新です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます