第235話 プレゼント


僕たちが隠れたトイレにやってきたこの声はとても幼く、おどおどした感じだった。

トイレで起きてきたのはどうやらミルさんのようだ。


これが他の女性だったら、理由を話して外に出ることができるが、ミルさんとなると話は変わってくる。

そもそも今回のプレゼント企画はクリスマスにもかかわらず、宮崎に来てくれたミルさんのために考えたものだ。


サンタさんがミルさんにプレゼントを渡したということでないと意味がない。


「も、もしかして、泥棒さん、ですか……」


ミルさんの声が少しずつ震えているのが分かる。

このままだと他の女性陣を呼ばれ、取り囲まれたところで捕まる可能性がある。

それだけは絶対に避けたい。


幸い他の3名も僕と同じ気持ちのようだ。

ミルさんが他の人を呼ぶ前に僕たちは小さい声で速やかに話す。


「どうします?」

「女子の寝泊まりしている家に入り込んで変態扱いされるの、俺嫌ですよ」

「僕の場合、妻に報告行く場合があるんだけど……」

「自分、さっきから対処法考えてて、一つ案が浮かんだんですけど、こういうのはどうですか?」


案が浮かんだというジンさんの方に耳を寄せ、ジンさんの案を聞く。

その案は声優好きのジンさんだからすぐに思いつくような案だった。


ただ、


「それ、僕次第じゃないですか?」

「大丈夫ですよ。今のヤマト様は男の娘という設定です。女の子のヤマト様が男の子にもなり切れるんですから問題ありません」

「あ、はい……」


流石はリューティーさん。

こんな時でも全くぶれることなく、自分の信念を貫き通している。


「あ、あの、わ、私、今から叫びますからね!」

「『あー待って待って、ワシは泥棒ではないよ』」

「え?」




奥間ミルside


私は溝倉美亜みあ

現在私はニュー・チルドレンの奥間ミルとして、神無月ヤマト先輩のいる日向市に来ている。


日向市に来て4日たった夜、目が覚めてしまいトイレに行くと誰かが中に入っていた。

声をかけても返事がなく、私はだんだん不安になっていた。


日向に住んでいるお婆ちゃんは、都会に比べて日向は治安がいい方と言っていたけど、その分警戒心も低いと言っていた。

お婆ちゃん自身、家にいるときはチェーンロックをしないとのこと。


だから私は、トイレに人がいるのに返事がない時に泥棒さんだと疑ってしまった。


だが、何度声をかけても返事がない。

泥棒さんではないと信じながらも、最後の警告として声をかける。


「あ、あの、わ、私、今から叫びますからね!」

「『あー待って待って、ワシは泥棒ではないよ』」

「え?」


トイレの中から聞こえてきたのは、とても野太い声。

この5日間で初めて聞く声だった。


この場面、大人の人に助けを求めるのが正解かもしれない。

それでも今の私にはそんな考えは頭になかった。


「じゃ、じゃあ誰なんですか? こ、ここには大人の女性しかいませんよ!」

「『ふぉっふぉっふぉ、お嬢さん、今日が何の日か忘れておるな?』」

「きょ、今日……、あ、今日はクリスマスイブです。……ということは、サンタさん……ですか?」

「『その通りじゃよ。ワシはサンタクロースじゃ』」

「ほ、本物……あ、でもクラスの男子たちがサンタさんはいないって言ってました。プレゼントを置いているのはお母さんだって!」


今年の11月までサンタさんはいると思っていたけど、男子がいないと言い始めて、本当にいるのかわからなくなってきた。


私はいてほしいと思っている。

でもクラスの男子が見せてきたスマホの録画動画には男子のお母さんがプレゼントをもって部屋に入ってくるシーンが映っていた。


「『そう思われても仕方ないかもしれんのぉ。実はここだけの話、皆のお母さんにワシはプレゼントを置くようにお願いしとるのじゃ』」

「お、お願いですか?」

「『そう、昔は煙突があって、そこから家に入れたのじゃがなぁ、最近は煙突のある家はほとんどなく、セキュリティーも万全。子供にプレゼントを届けるのが難しくなったワシは、子供たちのお母さんにお願いしておるのじゃ』」

「ほ、本当なんですか!?」「じゃ、じゃあなんでサンタさんはこの家に来たんですか?」

「『本当じゃとも』」

「じゃ、じゃあなんで今日はお母さんに頼まなかったんですか?」

「『それは……美亜ちゃんのお母さん、ここにいないじゃろ?』」

「あ……」


確かにここにはお母さんはいない。

そもそもプレゼントをもらえると思っていなかったから、10月にお願いしてから、一度もプレゼントの話をしたことはなかった。


「わ、私のプレゼントってどこにあるんですか?」

「『ふぉっふぉっふぉ。美亜ちゃんの枕元に置いてあるから確認してきなさい』」


サンタさんにそう言われ、足音を立てないようにしながら自分の寝室に戻る。


私の部屋は来夢さんと太陽さんと同じ部屋で、それぞれの枕元には可愛らしい包みがあった。

私は自分の包みを開けると中には前々から欲しかった最新のヘッドホンが入っていた。


急いでサンタさんにお礼を言おうと、トイレの方に戻るとトイレの電気は消えており、中には誰もいなかった。



奥間ミルside end




「ふぅ、何とかなりましたね」

「いやー、流石にあの場面は焦ったよ。まさか起きてくるなんてね」

「でもジン先輩の案とヤマト様の声で何とかのりきることができましたね」

「いや、自分は案を出しただけで、本当にすごいのはヤマト君の方だよ。ミルちゃんの質問にアドリブで完璧に答えちゃうんだから」

「お母さんのくだりは少し焦りましたけどね」


ミルさんに追い込まれたとき、ジンさんが出した案はサンタクロースの真似をして何とか乗り切るといった、相手が子供だからこそ通用する案だった。

ただ問題はトイレの中にいた4人の声はそこまで低くない。

そこで矛先が向いたのは僕の声。


僕が低い声を出すことでミルさんにサンタクロースだと信じ込ませ、ミルさんを部屋に戻した隙に音を立てず、速やかに家を出た。


上手くいって本当によかった。けど……


「あの場合はすぐに大声出してほしいですね」


フータさんたちも同意するように頷いてくれる。

今回は僕たちだったからよかったものの、本当に泥棒だったら危なかった。


「ふぅ、最後は少しハプニングがあって疲れたけど、今日の活動はこれにて終了ということで、3人とも問題ないね?」

「はい」

「大丈夫です」

「自分も」

「よし、それじゃあ明日に向けてしっかり休息を取るように、お休み」


フータさんは子供たちの寝ている寝室へと戻り、僕たちもリビングを後にする。


歯を磨き、静かに睡眠に着く。



『ふぉっふぉっふぉ』



変わった笑い声が聞こえ、目が覚める。

外を見ると暗いが真夜中よりは明るい。

スマホで5時を回っているのを確認してある異変に気付く。


僕の枕元に昨日の夜にはなかった小包が置かれていた。

破かないように開けてみると、中には1つの箱と達筆な英語で書かれた文章。

ただ、『Yasuhito kudo』と書かれているのは分かった。


英語で書かれた手紙は後にし、箱の中身を空けてみると、額縁に入ったイラストが2つ。


1つは今回のメンバーが集合したイラスト。

もう1つは、今回の活動シーンをいくつかに分けて描いてあるイラスト。


「すっご」


それ以上の言葉が出てこない。

それほどまでに記憶にも心にも残るクリスマスプレゼントだった。


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