第233話 今後の進路について
「ヤマト君、12時半までには帰ってくればいいんだよね?」
「はい。遅くても13時から通しができれば大丈夫です」
「了解。それじゃあ行ってくるね」
「はい」
フータさんたちが来た翌日。
フータさんを含む男性陣はイチタ君とニタ君を連れて朝早くから家を出て行った。
イチタ君が公園で遊びたいらしく、門川町にある大きな公園を教えたら、朝早くから遊びに行った。
女性陣はこの後日向市観光をする組と家でダラダラゲームをする組で分かれて行動するらしい。
「それじゃあ僕も行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
後のことはハリンさんと来夢に任せて、僕は久々の中学に向かった。
久々に向かう中学校までの通学路はものすごく長く、去年まではこの道を歩いて登校していたんだと考えると、僕は過去の僕をほめたくなる。
40分近くかけてついた中学校は、僕が最後にきてからあまり変わった様子は見られない。
9ヶ月もたてば少しくらい変わっているものかと少しわくわくしていただけに、ほんの少しだけへこんでしまった。
「…………まぁどうでもいいか」
ただ、いい思い出なんて殆どないので、すぐに気持ちを切り替える。
前までは生徒玄関から普通に入っていたが、今の僕は部外者。客用入り口からでしか入れないため、そちらに向かう。
客用玄関口には警備員のおじさんが常駐しており、中に入るためにその人に声をかける。
「すみません」
「はい。どちら様でしょうか?」
「えーっと、……その、去年ここを卒業した、久遠、です。ふ、……船津先生に呼ばれて、きました」
「船津先生ね。今呼ぶから少し待っててね」
久しぶりに真正面からVtuberの仕事以外で会話をして緊張してしまった。
最近は人と直接会って話す機会が多くて忘れていたけど、僕はコミュ障側の人間だった。
暫くその場で待っていると、船津先生がやってきた。
「保仁くん、久しぶりだね」
「お、お久しぶりです……」
「靴をそこにおいて、スリッパに履き替えてね」
「は、はい!」
先生に言われた通り、靴を脱ぎスリッパに履き替える。
これまではスリッパを履く人を見る機会しかなかっただけに、自分が履く側になると変な感じがする。
先生が向かった場所は生徒相談室という、小さな部屋だった。
中に入り先生が窓を開けている間に座らせてもらう。
窓を開け終えた先生は僕の目の前に座り、いくつかの紙を目の前に広げ話し始める。
「保仁くん、最近はどうかな?」
「えーっと、ど、どう、というのは……」
「楽しくやれてるかな?」
「は、はい、楽しく、やれてるとは思います。はぃ」
面として向かい合うと、相手が去年まで教えてくれていた先生でも緊張してしまう。
「風のうわさ聞いた話だと、最近ではVtuber? っていう活動してるんだよね?」
「はい」
「活動の調子はどうかな? 少し行き詰ってて相談がある、や少し問題が起きてどう対処すればわからない、みたいなことはない?」
「と、特にはないですね。活動自体最近大変なことがありましたが、今は普通に活動で来ているので」
「なるほど。ごめんね、変なこと聞いちゃって。最近ではSNSを活用した犯罪が多く起きてるから念のために聞いておきたくて」
「い、いえ。大丈夫です」
その後、現在の活動状況や、家族とのコミュニケーション、仕事相手にハラスメントをする人はいないか、などとかなりのことを質問された。
質問に答えるさいに、家族に出会うために東京に行きました、と言ったら船津先生の体が硬直し、驚いた表情で僕を見てきた。
更に義姉さんが妊娠したことを話すと驚いた表情で固まった。
再び動き出したかと思えば、義姉さんと兄さんの学校生活での様子を数分も熱く語られ、義姉さんのことを話したのを後悔した。
「ふぅ、まさかあの2人に子供ができるなんて、時間の進みは速いわね」
「そうですね」
「さて、雑談はこの辺までにして、ここからは保仁くんの今後について話していこうか」
「はい」
義姉さんたちの話をしたことでゆるくなっていた空気が一気に引き締まる。
先生の表情もかなり真剣な様子になっていた。
「保仁くん、単刀直入に聞くけど今年高校受験をする気はある?」
「……まだ、分かりません」
「分からない、というと高校を受験する気持ちが少しはある、ということでいいのかな?」
「はい。夏までは今後はVtuber一本で生きていこうと思ってたんですけど、いろいろとありまして、高校にはいった方が良いのかな、と思うようになりまして……」
この言葉はその場しのぎの嘘なんかではない。
実際にここ数ヶ月いろんなことがあり、僕自身改めて考えるようになった。
フータさんにも話さなかったことをなぜか先生に話した。
恐らく、僕自身この悩みに答えが欲しかったのかもしれない。
だが、先生が答えたのは僕の予想外の答えだった。
「別に受験しなくてもいいんじゃないかな? 今の保仁くんはVtuberという仕事を頑張っているわけだし」
「え……」
「普通の先生だったら高校受験に失敗した子には『高校にはいっといた方が良い!』って言うのかな。保仁くんの場合は『その才能を生かすためにも芸能科のある高校に行くべきだ!』かもしれないけど。でもね、先生はそんなこと言わないよ。だって決めるのは保仁くんだから」
「…………」
「保仁くんが受験したいんだったら、先生は応援するし、受験せずに違う道を進むんだったら、それも応援する。保仁くんの人生なんだから保仁くんの好きなようにやればいいんだよ」
「昨日、知り合いにも似たようなこと言われました」
「あらら、今のはカッコよく決めたつもりだったんだけど」
「なんですかそれ」
フータさん以外にも言われ、改めて気持ちが楽になった。
「でも安心したよ。先生が一番懸念していたのは、保仁くんが完全に無気力になってるんじゃないかなってことだから、そんなことがなくてよかった」
「確かに、僕ならあり得る話ですね」
「でしょ~。でも違った。しっかりVtuberを頑張ってるし、高校受験も視野に入れてる。もうすぐ来夢さんも卒業するし、久遠家の子たちは特徴的な子が多くて大変だったけど、相手をしてて楽しかったよ」
少し含みのある言い方だが、あえて指摘しない。
なんとなくわかっているから。
兄さんが在籍していた時からいる先生。
いついなくなってもおかしくない先生だ。
「高校受験する気があるなら願書渡しとかないとね。はいこれ」
先生は机の上に置いてあったクリアファイルを渡してくる。
「今日は来てくれてありがとね。先生はもう少しここを片付けないといけないから、見送れないけど大丈夫?」
「はい、大丈夫です。……船津先生、今日まで本当にありがとうございました!」
「あはは、そう言うの別にいいのに。保仁くん、頑張ってね!」
「はい!」
『頑張ってね』が何に対してなのかはわからない。
でもこれまで応援してくれた先生の言葉、これ以上言われて嬉しい言葉は他になかった。
スリッパから靴に履き替えて学校を後にする。
「頑張ってね、か。……こんなに応援してくれる人がいるんだから、頑張らないとね!」
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