第145話 目標
「それじゃあ、今日の撮影終了を祝って、かんぱーい!」
ヤク姉さんの音頭で飲み物を片手にグラスをぶつける。
僕たちはCM撮影が終わり近くにあった焼肉屋さんで打ち上げをしていた、
メンバーは僕、母さん、ヤク姉さん、秘書子さん、荒木さんの五人。
「あのー、これって身内の打ち上げですよね。俺、自分がいてもいいんでしょうか」
「いいのいいの! 今日は荒木くん、姉さんとヤス君の家族だったんだから、身内みたいなもんでしょ!」
「言っている意味が分からないけどそうね。せっかくの打ち上げなんだから荒木くんも遠慮しなくてもいいのよ」
「……それじゃあお言葉に甘えて」
荒木さんはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべていたけど、僕もそこまで気にしない方だから問題ない。
お肉は母さんたちに任せて、僕はとりあえずお米を食べることにした。
やっぱり、焼き肉屋さんのお米は格別にうまい!
「……ヤマト君はお肉頼まないの?」
「え、あ、……僕は、来たのを少しもらえればいいので……」
荒木さんが急に声をかけてくる。
この焼き肉屋に来るまで僕には一切声をかけてこなかったのに、急に声をかけられたので驚いた。
聞かれたことに対し普通に答えたのに、なぜか驚いた表情で僕の方を見てくる。
何かおかしなこと言ったかな?
「撮影の時と雰囲気が全然違って驚いたでしょ」
「あ、はい」
母さんの言葉で、どうして荒木さんが僕を見て驚いているのか納得した。
確かに、傍から見れば今の僕は撮影の時の僕と違い過ぎるかもしれない。
まぁ、僕自身そこまで違うように思ってないんだけどね。
ただ、さっきまで一緒に撮影していたとはいえ、あまり話したことがない人が近くにいると、どうしても緊張してしまう。
「……撮影の時はその圧倒的な存在感と演技の時の表情に見せられていたのに、今のヤマト君からはそれがまったく見えないというか、何処にでもいる子供に見えてしまって……」
「まぁ、保仁は外に出るとどこにでもいる子供だからね。中学では友達ができないし、高校受験には失敗するし、Vtuberになっていつの間にか有名になってるし」
「いや、Vtuberになって有名になったのは母さんと義姉さんが原因なんだけど」
そもそも僕がここまで有名になったのって義姉さんはともかく母さんがリトリートしてくれたおかげなんだけどね!
「でも本当にすごいですよ。自分なんて今日の撮影で何回もミスしちゃって……スタッフの皆さんにも迷惑を駆けちゃいましたし……」
「それなら大丈夫なんじゃない? みんな演技素人の子供が来るって知っただけで今日が長丁場になるって覚悟していたみたいだし。姉さんの演技を見れるんだった長くなっても問題ないって感じだったけど」
「そういう問題じゃないわよ。彼が言ってるのはせっかくのチャンスだったのに、悪い意味で名前を憶えられてしまった事よ」
「悪い意味?」
「……あー、私分かりました」
「僕もわかった」
母さんの言っている意味が分かった。
「要するにこんかいのCM撮影は彼にとってスタッフさんに名前を覚えてもらうチャンスだったってわけよ。顔ぶれを見たけど、何度か一緒したスタッフ多かったし。彼にとってはそういうスタッフに好印象で顔と名前を覚えてもらって、業界の人とのパイプをつなぐことが最大の目的だったわけよ」
「はい。今の自分はあまり仕事が取れない売れない俳優で、何とか演技を頑張って入るんですけど、どうしても実を結ばなくて……、今回が最初で最後のチャンスという気持ちで臨んだんですけど、まさかあんなにミスしちゃうなんて……」
……なんか重い話に聞こえるけど、僕にはそれがどこまで深刻な話なのか理解できない。
けどこの話が重い話というのは母さんと秘書子さんの雰囲気でなんとなくわかる。
2人ともさっきからあまり箸が進んでいない。
対するヤク姉さんだけは箸が進んでいる。
というよりもさっきから肉を焼いては1人で取って食べて焼くを繰り返している。
「ヤク姉さん、僕の分はないんですか?」
「早い者勝ちだよ!」
「ちょっと2人とも! 荒木さんが大事な話をしてるんですから、真剣に聞いたらどうですか?」
「あ、いえ! 自分のことなど気にせずに焼き肉を楽しんでください! すみません、なんかしんみりした話になっちゃって……」
荒木さんは作り笑顔をしているけど、内心相当悩んでいると思う。
けど——、
「そこまで悩むことなのかな?」
そうそう、それそれ!
僕の考えをヤク姉さんが言ってくれた。
今日の演技を見てる限り、そこまで悩むことじゃないと思う。
「そ、それはどういう……」
「私も聞いてみたいわ。ゲーム業界の時を10年進めた天才社長の意見を」
「実はお父さん役を選ぶ際に秘書子ちゃんと一緒にこれまでに出たドラマとかを全部見たんだけど、正直驚いたのよ。あんなにすごい演技ができいるのに今では安値でCM依頼ができるなんてってね」
「確かに、私も最初は驚きました。あんなに演技が上手いのにどうして埋もれてしまったのか……」
「で、気になって私個人であなたのこれまでの経歴とか全部調べてみたわ」
「えっ!?」
ヤク姉さんの行動に荒木さんは驚きを隠せていない。
当然それは秘書子さんや僕も。
ただ、母さんだけは苦笑いを浮かべながらお肉を食べている。
「で、ある仮説がたったの。『荒木光星』は目標を達成したことで落ちぶれていったんじゃないかって」
「俺の、目標……」
「目標ねぇ。どうしてそう思うの? 彼のことをそこそこ評価していた私は気づかなかったのに」
そこそこって、母さんかなり褒めてた気がするけど……。
「姉さんが気付かないのも無理はないわ。だって姉さん、これまで一度も目標とかたてたこと無いじゃない」
「……確かにないわね。立ててもすぐに達成できるもの」
「これだから努力をしない天才は……、そんな人に目標を達成した人の気持ちは理解できないものよ」
「そうね。で、彼の目標って何なの?」
「多分だけど、『俳優になって素敵な女性と結婚する』ね」
「っ!?」
……えぇー。
なんかこう、スケールのでかすぎる目標かと思ったら、意外と一般男性でも考えそうな目標。
荒木さんの反応から見て正解っぽい。
でも正直この目標にも尊敬できるところはある。
だって、たとえそれが不純な目標でも一時期は注目を集めるほどだったんだから。
「荒木くんが落ちぶれていったのが結婚した時期とほとんど一緒だったから、なんとなくそうかな、と思ったけど、その反応は正解のようね」
「……多分そうだと思います。結婚してからというもの、どれだけ頑張ろうとしても思ったように演技できなくて」
所謂スランプってやつかな?
確かに目標を持つことは大事だと思うけど、僕はそれだけじゃないと思うんだよねぇ。
「……保仁は役の考えに何か言いたそうね」
「えっ!」
「ほほぉ。お姉さんに意見かな、少年?」
何も言わなければ荒木さんが目標を持つことで解決しそうだったのに。
でもせっかくかかわりが持てたんだから、手助けできることがあるなら助けてあげないとね。
「ヤマト君、教えてくれるか? 君の考えを!」
「あ、はい。その……昔の演技のことは分からないですけど、今日の演技を見ているとちょっと必死過ぎるかな……と」
「ん? 必死過ぎたら何か悪いのか?」
「あ、いえ、悪くないです。必死にすることはいいと思います。ただ、荒木さんにそのやり方はあってないと思いました」
「俺にあってないというのはどういう……」
「多分、荒木さんは僕や母さんと似たタイプなので必死にやる、というよりも楽しんでやる方が演技の実力が出ると思うんです」
「楽しく……」
僕は演技を必死でやったことがない。
必死でやる理由がないから。
そして、それは僕に演技を教えてくれた母さんも同じ。
母さんは必死にやらなくてもできてしまうから。
母さんが目標を持たないのは楽しくやっていれば何でもできてしまうから。
そんな母さんが才能はあると認める荒木光星さん。
可能性でしかないけど、この人も楽しくやっていれば何でもできる人だと思う。
「確かに保仁の言うとおりね。昔共演した時のあなたはとにかく楽しそうだった。でも今日のあなたは全然楽しそうじゃなかった。長年の苦痛が楽しむということを忘れさせていたのね」
「……これだから天才は。私は何日か徹夜して彼の目標が原因というのを見つけたのに、たったの一日で原因を見つけるんだから!」
「確かに、言われてみれば私たちでも気づきましたね。昔の演技と今日の演技での表情がかなり違うこと」
母さんたちも僕の意見に納得してくれたみたい。
「楽しむ、か。確かにここ数年は楽しくない日々だったな。そっか、そうだよな! 昔は演技することがとにかく楽しかった。まさか、目標と楽しむ気持ちを忘れていたことが原因だったなんてな! ありがとう、ヤマト君! 君のおかげで俺はもう少しこの業界で生きていけそうだよ!」
「なら、よかったです」
「あ、このお肉そろそろいいよ。あ、このお肉も!」
荒木さんはどんどん僕のお皿にお肉を乗せてくれる。
僕のためにやってくれているのはとても嬉しいんだけど、なんだか親戚のおじさん身を感じた。
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「あの時、宝命社長とヤマト君に会ってなかったら、本当に俺はこの業界に居なかった」
——2人は荒木さんの恩人、というわけですね。
「うーん。宝命社長はそうだけどヤマト君は少し違うかな」
——では荒木さんにとって神無月(ヤ)さんとはいったい
「恩人であることは確かなんだけど、それ以上に今の俺の目標かな。俺の今の目標は『神無月ヤマトを超える演者になる』ことだから。といっても、今の俺じゃヤマト君の足元にも及ばないと思うけどね」
——その目標が叶ったら次の目標は
「次の目標? ないよそんなもの。俺が芸能界を引退するときは今の目標を達成した時だから。それまでは芸能界を引退する気はさらさらないよ。まぁ、いくら頑張っても達成できなさそうだから実質生涯演者宣言になるけど……」
——それはファンにとっては嬉しい宣言ですね。今日はありがとうございました。
「ありがとうございました」
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