第144話 撮影
——撮影についてはどのような感じだったんでしょうか。
「え、それ気になる? 別にいいけどさー。ただ、あの時の経験は俺にとって最大の宝物であり、それと同時に消し去りたい過去だからなー」
——そこを何とか。
「いいよ。俺自身天狗にならないようにするために、雑誌に載ってくれた方がいいからね」
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「撮影を始める前にスタッフの皆さんに紹介させていただきまーす! 母親役の神無月撫子さんです! よろしくお願いしまーす」
「今日は一緒に頑張りましょう。よろしくお願いします」
スタッフさんたちは言葉ではなく拍手で答える。
「父親役の荒木光星さんです。よろしくお願いしまーす!」
「久しぶりのCM撮影で緊張しているのでミスしたらすみません! よろしくお願いします!」
荒木さんの言葉に、スタッフさんたちは笑いながら拍手を送る。
「最後に子供役の神無月ヤマトさんです。よろしくお願いしまーす!」
「あ、え、えと……よ、よろしくお願いします」
母さんたちの挨拶を見ていたとはいえ、やっぱり人が多い前だと少し緊張しちゃう。
「ヤマトさんには実際の撮影の後、活動モデル体での撮影もあります!」
スタッフさんたちも小さく笑いながら拍手をしてくれているけど、多分その中の何人かは今日の長時間撮影を今覚悟したと思う。
「それでは早速撮影の方に移らせていただきます。皆さん、位置についてくださーい!」
スタッフさんはそれぞれ自身の持ち場へ、僕たちは他のスタッフさんに案内されセット内のそれぞれの位置に移動させられる。
撮影現場に緊張の空気が広がる。
その空気で今から撮影が始まるということを体感することができた。
ふぅ。
今の僕はいつもの執事ヤマトじゃなくて、新衣装の子供ヤマト。
……よし、今日も楽しく、ガンバロー!
***
『スタート!』
監督さんの声で撮影が始まる。
「お父さんお母さん、早く早く!」
お父さんはベランダからゴルフクラブを置き、お母さんは台所から手を拭いて僕のいるソファに座った。
「よーし、負けないぞー!」
「お母さんも負けないぞー!」
「勝つのは僕だもんね! お父さんにもお母さんにも負けないよ!」
『はい、カット!』
***
たったの数秒のシーン。
それだけでも一通り、通してみて僕なりに変えた方がいい場所が分かってきた。
「一度今のシーンを見直してみましょう。こっちに来てください!」
僕と母さん、荒木さんは監督さんの元へと向かい先ほどの映像を見させてもらう。
「……いいんじゃないですか? 自分から見たら、まさに一つの家族に見えますけど」
「うん。僕も見ていてそう思うんだけど……撫子さんたちはどう思いますか?」
「……うーん、ヤマトはどう思う?」
「間、が悪いですね。僕の一番最初のセリフの『お父さんお母さん』のところですけど、少し早口になっちゃってます」
自分で言ってみて思ったけど、やっぱり少し早い。
緊張などではなく、『お父さん、お母さん』呼びは尺も考えると、どうしても早くないといけなくなってしまう。
「僕の考えでは『パパ、ママ』でもいいんじゃないかな、と思います。そうすれば十分な間が取れますし、今回の僕の衣装は新衣装の方なので『パパ、ママ』呼びでもあっているので」
執事姿だったら絶対にやらないけど、今回はロリショタだから呼び方の変えが通用する。
なら、衣装の特徴を使っていかないと。
「あと、私から一つ。私のシーンで手をタオルで拭くシーンがあるんだけど、ここは手を拭くんじゃなくて、エプロンをつけてそれを脱ぐ方がいいんじゃいかな? 手を拭く時ってしっかり拭かないと少し濡れたままなんだよね。移動も考えると間に合わなくない?」
確かに、母さん来る途中に濡れてないはずの手を少し気にしてる感じがしたもん。
あとゲーム機を触るときも少し服で手を拭きそうになってた。
あ……。
「僕からもう一つ良いですか?」
「お願いします」
「お父さんの登場なんですけど、ゴルフは少しまずいんじゃない感と思います。僕個人の意見何ですけど、子供視点からだとゴルフに熱中している親って、子供よりもゴルフをとるって思ってしまってもおかしくないので」
「あー……それ自分もわかります。昔なんですけど、子供が遊ぼうと言ってもゴルフばっかしてて少し、夫婦喧嘩になりかけました」
今回の撮影ではお父さんはすぐにゴルフをやめて子供のところに来てるけど、多分本来だったらそんなすぐには来ない。
「となると、お父さんには何をさせた方が……」
「新聞でいいんじゃない? 少しおじさん臭いかもしれないけど、休日の家庭を表すんだったら新聞でも問題ないと思うよ」
「なるほど……それじゃあさっきの意見を踏まえながらもう一度最初から行きましょう。エプロンと新聞を用意させますのでそれまで休憩お願いします」
たった一回撮っただけなのにもう休憩に入っちゃった。
今のうちに台本を見返して気になるところは、頭に入れとこ。
そこから僕たちは幾度となく撮影を繰り返し、僕の撮影が終わるころには19時を回っていた。
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「それからは撮影して、意見を言い合って取り直し。の連続だったね」
——かなり長い撮影になったんじゃないですか
「なったね。意見を言い合っての撮り直しも多かったけど、一番の原因は俺だったもん」
——荒木さんが原因、というのは。
「ヤマト君0回、撫子さん10回、荒木光星50回以上。これ何かわかる?」
——すみません。自分には何の数字か見当も……
「ミスによる取り直しの回数」
——え!? 多くないですか?
「多いでしょ。因みに撫子さんの10回はかなり終盤の方で、集中力の切れによるのが原因だけどね。それまではノーミス」
——荒木さんの口ぶりからすると、神無月(ヤ)さんもミス0回に聞こえるのですが
「ヤマト君に関しては聞こえるじゃなくて、事実ミスしてないよ。さらに付け加えるならヤマト君はこの後にモデルでの撮影が2本あってそれもノーミスだからね」
——淡々と喋ってますけどかなりすごいことなんじゃ……
「うん。多分今の俺でもあの撮影でノーミスは無理! それを彼は楽しそうな顔でこなしてたからね。今でも思い出すよ。あの撮影現場にスタッフさんを覗いて人間は俺一人だった。当時の俺には2人が怪物に見えたよ」
——これらの経験で荒木さんは一皮むけたということですね
「あ、ごめん。それはまた別の話だわ」
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