第143話 荒木光星


2029年

とある雑誌の記事にて


“生きた伝説”神無月撫子が唯一天才と認めた荒木光星さんと対談!!


——今日はよろしくお願いします

「よろしくお願いします」


——現在劇場で荒木さんの主演映画が公開されていますが、どういったお気持ちでしょうか?

「そうですね。……長かったようで短かった感じですね。映画撮影の期間が一年以上あるので、最初は『長っ!』って思ったんですけど、あっという間だったので……」


——今回の映画、荒木さんの演技に注目が集まっていますが。

「注目されるのは嬉しいことですよ。ただ、自分としてはどうして注目されているのかはあまりわからないんですが……」


——注目の理由は日本アカデミーの優秀賞受賞を三年連続で断っているからだと思います。

「あー、確かに断ってますね。自分自身そのことに全く後悔していないですけど」


——断っている理由をお聞きすることはできますか?

「特に隠してることでもないのでいいですよ。正直この賞にノミネートされるのはシンプルに嬉しいです。選んでいただいたことに感謝してます。ただ、自分自身が目標とする人を超えられていないのに、今この賞をもらってもいいのかな? っていう疑問がぬぐえなくて……。で、その人に相談したら『満足していないならもらわなければいい』と言われ、辞退している、って言うのが理由ですね」


——『目標の人』というのは“生きる伝説”と呼ばれている神無月撫子さんですか?

「あー、確かに撫子さんも目標ではありますけど、自分の目標は撫子さん以上の天才ですね」


——因みに『目標の人』について聞くことは。

「あー、多分大丈夫です。彼も一応有名人なので」


——……『彼』というのは。

「Vtuberの神無月ヤマト君です。あれ? 性別明かしてませんでしたっけ?」


——Vtuberの神無月ヤマトさんなら2年ほど前にある事情で性別が判明してます。

「よかったー。連絡は取りあうんですけど、最後に直接会ったのって6年前の一回だけなんですよね。ビデオ通話とかするんですよ。息子がガチ恋勢なので……」


——6年前というと、荒木さんが再び頭角を現し始めた年でしたね。

「正直あの時のことは昨日の事かのように今でも頭に残ってます」



——————————


——————


———




「お疲れ様でーす!」

「お、お疲れ様です……」


8月2日


僕は母さんと一緒に『宝命生』本社に来ていた。

CM撮影だからどこかのスタジオに行くものかと思っただけに、『宝命生』本社に着き、本社の中にスタジオがあると知ったとき、言葉が出ないくらい驚いた。


スタジオにはすでに何人ものスタッフさんが準備に取り掛かっていて、僕たちは秘書子さんの案内でスタジオ内の休憩スペースに案内される。


休憩スペースといっても周りにはたくさんの機材が置いてあるため、下手に動くことができない。


椅子に座り、スマホを見て時間をつぶしている。


やっぱり、CM出演が多いとこういう場所にも適応するの早いんだなぁ。


僕も機材に当たらないように椅子に座り、準備をしているスタッフさんを見ながら新鮮な気持ちで見ていると、ヤク姉さんがやってきた。


「ヤス君、じゃないや。ヤマト君、今日はよろしくね」

「はい。よろしくお願いします!」

「緊張してる? スタッフさんには素人の子が来るから何回か撮り直しがあるかもしれないって先に言ってるから、そこまで緊張しなくてもいいよ。リラックスリラックス!」

「はい。お気遣いありがとうございます」


ヤク姉さんに言われてあまり気持ちに余裕がないことに気づいた。


考えてみると、Vtuberとして配信活動をしているとはいえ、実際に僕自身の演技がテレビで放送されるのって初めての事。

心のどこかで少し弱気になっていたのかもしれない。


こんな気持ちになるのは初配信の時以来で新鮮。


でももう大丈夫。

気づけたんだったら、後は気持ちを整えるだけだもんね!


「後、ついでに姉さんも。7月って言ってたのに8月になってごめん」

「気にしてないわよ。そもそもあんたの会社が忙しいことなんてわかってるし、8月前半なんて7月とあんまり変わらないでしょ。だから今回は焼き肉で勘弁してあげる」

「……結局、私が奢るんだ。まぁ今回は私の管理責任だから別にいいけど」


なんか今日は2人の仲がいいように見える。


喧嘩するほど仲のいい姉妹かと思ってたのにちょっと意外。


「それにしてもあなたが謝るなんて、珍しいこともあるわね。何か裏があるんじゃない?」

「人が誠意を見せて謝ってそれはひどくない? 姉さんと違って自分が悪いと思っているときはちゃんと謝るんだけど」

「私だって自分が悪いと思うときはちゃんと謝るわよ!」

「嘘! 小学生のころ私のおもちゃを壊したのに隠ぺいしてなかったことにしようとしたくせに!」

「それ今関係ないでしょ!」


前言撤回。

結局、この二人は仲が悪かった。


できれば身内同士の喧嘩は別の場所でしてほしい。

準備に集中しているスタッフさんがちらちらとこちらを見てきて少し恥ずかしい……。


「あのー、お疲れ様です」

「あ、お、お疲れ様です! 神無月ヤマトといいます! よろしくお願いします!」


あまりの恥ずかしさで、急に挨拶をしてきた男性に勢いよく頭を下げて大声で挨拶を返してしまった。


「あ、あー俺、荒木光星。今日はよろしくね」

「……え」


頭を上げて顔を見てみると、見た目年齢20代後半くらいの男性がそこにいた。


38だよね?

ものすごく若く見える。


やっぱり役者さんって、若く見せるために何か努力してるのかな?

母さんも44歳なのに若く見える方だと思うし。


「あ、荒木光星さんですね。初めまして、株式会社『宝命生』代表取締役社長の宝命役というものです。今日はよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ自分を選んでいただきありがとうございます!」

「時間までもう少しありますのでこちらの方でお待ちください」

「はい」

「というわけで姉さん。時間になるまでしばらくここを離れるけど、くれぐれも余計なことはしないでね」

「他の人がいるんだからしないわよ」


つまり、この場に僕とヤク姉さんしかいなかった場合へんなことはする、ということかな。


ヤク姉さんは不安そうな表情を浮かべながらスタジオを後にした。


「あ、あの、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします!」

「よろしくね。……10年ぶりくらいかしら?」

「はい。そのくらいになります」

「昔はもっと気迫があったのに、ずいぶん変わったわね」

「いやー、あの頃は若かったので。あはは……」


2人は知り合い?

でもおかしくないよね。

母さんも光星さんも芸能界長いんだから。


「そうそう。この子、私の息子のヤマトって言うの。今日初めての撮影で緊張してるからよろしくね」

「はい、よろしくお願いします! ……息子さん?」


……あ。


母さんにしては珍しいミス。

というよりもどうするのこれ……。


「……あ、ごめん。今のなし」

「え?」

「この子、私の子供のヤマトって言うの。今日初めての撮影で緊張してるからよろしくね」

「あの、……さっき聞きましたけど。それにさっきは息子って」

「子供ね! 子供!」

「息子さん……ですよね」


これはもう隠すの無理だね。


「……はい、神無月撫子の息子、神無月ヤマトです。あの、一応性別不明ということで通っているので、この事は内緒に……」

「あ、うん。大丈夫、一応君の配信見たから。分かった。内緒だね!」


とりあえずこれで良し。

後は光星さんが誰にもばらさないことを信じるだけ。


「それにしても、あの撫子さんがこんなミスをするなって……」

「何? 何か文句でもある?」

「あ、いえ。ただ……ヤマト君のことでミスをするなんて撫子さんも人の子だったんだなーって。今まで、神の子か何かと思っていたので」

「まぁ、人間なんだから人の子なんだけどね。ただ、ヤマトはどうかしら」

「え、僕?」


何故ここで僕が出てくるんだろう。

僕は間違いなく神無月撫子の子供なのに……。


「それはどういう……」

「今はまだ経験不足のところもあるけど、才能だけで言ってしまえば私よりもはるかに上よ。それこそ、才能だけで日本アカデミーにノミネートされるほどに」

「そ、それは言い過ぎなんじゃ……」

「だから言ったでしょ。才能だけで言えば私よりもはるかに上って。まぁ、経験不足でノミネート止まりだけど」


なんかひどい褒められ方をした気がするけど何でもいいや。


今はそんなことよりも!


「母さん、トイレに行ってくるね」


少し飲み物呑み過ぎたかな。

これなら家を出る前にトイレ行っとけばよかった!


「場所分かる?」

「うん。来るときにトイレ見たから。行ってきます!」


母さんに一言断りを入れてからスタジオを出る。



———


——————


——————————




——それが神無月ヤマトさんと荒木さんの出会いなんですね。

「あの時の俺は、ヤマト君がVtuberと知って、どことなく下に見ていたのかもしれないね」


——もし、その当時の荒木さんに何か言えるとしたら何を言う。

「それはもう一言。『俺よ、今お前が下に見ている相手は今後一生届かないかもしれない領域にいる少年だぞ』と、仁王立ちしながら言いたいですね」




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