第123話 野球観戦
「お、お父さん。今日の試合はここで見るの!?」
「ここに案内されたってことはそうなんだろうな……」
「……流石に私もここまでの待遇だとは思ってなかったわ」
僕たちが今いるのはスタッフさんに案内された部屋。
中は広く、ソファにテーブル、テレビにトイレが備え付けられていた。
窓の外には球場が広がっていて、外に出ればバルコニーから試合を見ることができる。
僕の見立てでは普通に数万円はするような場所だと思う。
だけど今はそんなことどうでもいい。
「母さん。そろそろこの服脱いでもいい? なんか堅苦しいんだけど」
流石は執事服と言ったところか。
洋服とは違って着ていて堅苦しい。
「ダメよ。言っとくけど野球の7回には『ラッキーセブン』って言うのがあるの。その時に球団応援歌が流れるんだけど、スクリーンにお客さんが映るタイミングが合って、その時に私たちも映るから着替えちゃだめよ」
「……それって室内に居ちゃダメ?」
「だーめ。私たちはあくまで『宝命生』の代表として来ているんだからね。役一人に迷惑がかかるんだったら問題ないけど、今回はそうじゃないから。分かった?」
「はーい」
と言うことは少なくとも『ラッキーセブン』? って言うのが終わるまではこの格好なんだ……。
堅苦しいけど我慢しよ。
「本当はもっと近くで見せたかったんだけどね」
「何言ってるのお母さん! こんなところで見られる機会なんてそうそうないよ!」
「来夢にじゃないわよ。保仁に近くで選手を見てほしかったの」
「僕に?」
せっかくの機会だから息子に近い場所で見てほしい! っていうわけないよね。
むしろ母さんは普通じゃあまり見ることができないこの場所で見れることを推してきそうだけど。
「あー、ヤスは知らないんだったな。満とはよくスポーツの試合を見てたんだけどな、見る目的がスポーツじゃなくて技術向上のためなんだよ」
「技術向上?」
「そうよ。スポーツ選手には必ず癖の1つや2つあるの。例えばシャイニング主砲の折本選手なんだけど、ホームランを打つときはしっかりとした型でスイングができているんだけど、三振してしまうときはスイングするときに体の軸がずれてしまってバットにボールが当たらないのよ。それさえ直せれば5割も夢じゃないんだけど……」
「とまぁ、デートの時はよく選手の癖を見抜いてたんだよ。それを横で聞いているうちに俺にもその技術が身についていってな、まぁ俺の方じゃ新人相手にしか役に立たなかったけど」
「え、じゃあなんでそんな技術を身に着けたんですか?」
「私の方では役に立つからよ。演技をしているときに人間観察をしていると、この人は少し調子が悪いのかな、とか、この人があのキャラを演じるんだったらこうしたらもっと良くなるのに、なんてのが分かって来てね。引退した後は演技指導の話ももう来てるの。まぁ生涯現役のつもりだけど」
なるほど。
確かに演技をしている身としてはその実力を身に着けても損はないかもしれない。
むしろ、絶対に持っていた方がいい技術だと思う。
「でも、その技術を身に着けるのはテレビじゃダメなの?」
「テレビだと基本一点カメラしかないからね。理想は横と正面から見るのなんだけど……」
あー、母さんがさっき言ってた体の軸とかって横から見ないと分からないもんね。
「……お兄ちゃんならできるんじゃない?」
「え?」
先ほどまでバルコニーで楽しそうに試合を見ていた来夢が飲み物を飲むために戻って来ていた。
「来夢、何の話しているか分かってる?」
「え、選手の癖観察じゃないの? もしかして違った!?」
来夢はやらかしてしまったと思い込み、顔を赤くしているけど合ってはいる。
だからこそなんで僕にはそれができるって思うんだろう。
「えーっと、私がお兄ちゃんならできるって思うのはただの勘、かな? お兄ちゃんならバルコニーからの観察とテレビを通しての観察でできそうな気がするんだよね」
「確かにそうかもしれないけど、それは私でもできない。それができたら天才以外の何物でもないわよ」
「なら大丈夫だと思う! だってお兄ちゃんは天才だもん!」
「……確かにそうかもね」
全く関係ないところで僕の株がどんどん上がっている気がする!
天才って言われて褒められるのは嬉しいけど、流石の僕でもそんなことできないと思うよ!
何よりも、ここからじゃバッターまで遠くて観察できる自信がない。
「それじゃあ私と保仁は技術向上を目指して試合を見ましょうか」
「あ、本気?」
「ええ、言ったからには本気よ。ただし、見るのはバッターじゃなくてピッチャーの方ね」
「ん? 何か違うの?」
「ええ、極端に言うとバッターよりもピッチャーの方が癖を見向きやすいのよ。ピッチャーの方が繊細さが必要になってくるから。何よりも見やすいし」
「なるほど~」
結果、僕は母さんとバルコニーとスマホからピッチャーを観察しながら試合を見ることになった。
今思えば、五月に僕が嵐子さんにした特訓はかなり生易しかったかもしれない。
母さんは僕が癖を見間違えるたびに、一つ一つしっかりと説明して、次の投球までに観察を終わらせるように要求してきた。
ようやくピッチャーの癖を見抜いたかと思えば、これからって言うタイミングでピッチャーが交代し、新しいピッチャーの観察をすることに。
しかも先発投手以外は一イニングで後退してしまうので、観察する時間が短く、結局人間観察の技術を身に着けたことには試合は最終回に入っていた。
「保仁、今のピッチャーの特徴は?」
「はい。モルゲン投手、32歳。右投げ右打ち。勝ち数1、負け数2、セーブ数15です」
「うん、癖は?」
「いいボールを投げるときは肘がしっかり上がっていてフォームが綺麗ですけど、たまに肘が少し下がるときがあるのでスタミナが少ないと思います」
「打たれるときの特徴は?」
「内角のストレートです。外角にはいい球が行くのに内角には甘い球が多いので狙うなら内角のボールです」
「何で内角に甘くなるかはわかる?」
「おそらくですけど、過去大事な試合で内角のボールを投げて負けた過去があるのではないかと思います」
「それは今季の試合?」
「いいえ、今季の負けで投げなくなるような選手であれば外角にも入っていないと思うので、おそらく昨シーズンだと思います」
「……正解ね。彼は昨シーズン負けなし守護神の投手だったんだけど優勝が決まるかもしれない大事な試合で逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれてリーグ優勝を落としているの。クライマックスシリーズも調整で試合に出てないから、その時の影響で内角には厳しいボールを投げられていないみたいね」
やっぱり。
スマホから見ても、キャッチャーの構える場所が外角多めだし、内角にはほとんど構えない。
構えたとしても最初の初球だけで、決めるときは外角がほとんど。
何かあるんじゃないかとは思ってたけど、まさかそんなことがあったなんて。
「因みにこの試合はシャイニングの勝ちね」
「え? まだ1対0で分かりませんよ。2アウトだけど、ランナー満塁でバッターは今日全打席でヒットを打っているハルマゲン選手なので分かりませんよ」
「じゃあ今日の試合ハルマゲン選手が打った球種は分かるかしら?」
「えーっと、1打席目に内角高めのストレートをセンター前、2打席目に真ん中低めのフォークを左中間、3打席目は内角低めのストレートをライト前です」
「それじゃあ1打席目と3打席目の共通は?」
「……どっちも内角?」
「正解! ハルマゲン選手は内角には強いけど外角にはめっぽう弱いの」
「つまりモルゲン投手にとって相性がいいってことだね!」
「その通り、ほら」
母さんと分析しているうちにいつの間にか2ストライク。
後一球でシャイニングの勝利が決まる。
スマホの画面では外角低めにキャッチャーが構え、そこにストレートを投げるモルゲン投手。
ハルマゲン選手はバットを振ることもできずに三振となり試合終了。
純粋に楽しみながら試合を見ることはできなかったけど、お互いなかなか譲らない熱い試合だった。
でもそうなると一つだけ気になることがある。
「どうしてハルマゲン選手のところで代打を出さなかったんだろう。モルゲン投手と相性が悪いんだったら代打出して試合を決めればよかったのに……」
「何でだと思う?」
「……」
「来夢は分かるかしら?」
「多分だけどモルゲン選手とハルマゲン選手は今日が初対戦だったからじゃない?」
「正解!」
「え、でもプロ野球ってほぼ毎日あるんだよね? それなのに初対戦って……」
「いくつか理由はあるけど、今年1年目のハルマゲン選手が一軍に合流したのが先週だからね。対するモルゲン選手も今年1年目で阪神戦に出たのは今日が初めてだから情報がないの。これから対戦する機会が増えてくるから保仁の言った通りしばらくしたら代打が出されるようになるんじゃないかしら」
「なるほど」
野球の試合の中でも成績や相性によって結果が左右されるんだ……。
人間観察能力を身に着けるだけでここまで野球を奥深く見れるなんて、面白い!
「お父さんもお母さんやお兄ちゃんと一緒でああいう風に試合を見てるの?」
「いや、俺はそんな風に見ないな。スポーツ鑑賞は純粋に楽しみたいからな」
どうやら、僕の野球観戦の楽しみ方はおかしい方だったみたい。
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