第122話 セレモニー
「……」
何といえばいいのか、一先ずいえるのはヤジ合戦、かなりすごかった。
普通に面白いって言うのもあってけど、ヤジを言い合っている間パンダース側とシャイニング側でしっかり分かれていて、ドーム内に両チームの応援団の声がしっかりと響いていた。
まぁ、僕はパンダースやシャイニングのファンじゃないし、有名選手以外のヤジはあまりわからなかったから何とも言えないけど……。
だけど、野球に詳しい人やどちらかのチームのファンの人は面白いんだろうなぁ。
だって、大の野球ファンである来夢は口とお腹を押さえながら笑いをこらえているし、野球をそこそこ知っている父さまは壁に顔を埋めながら笑いを堪えている。
スタッフさんたちも今は何ともないけど、ヤジ合戦が始まってすぐに笑いを堪えながら仕事をしていた。
「あー、面白かった! どう? 面白かったでしょ!」
「はい。野球にあまり詳しくない僕でも楽しめました。野球を知っていたらもっと楽しいんでしょうね」
「あー、扇風機とかそういう用語あったもんね。なんだったら私が教えてあげようか?」
「時間があったらね」
今選手紹介が始まっていて、それが終わったら僕の出番だし最後に台本見直しておかないと……。
僕の出番はDJさんが僕の名前を読んだ後にグラウンドに登場。
挨拶をしてから、ヤク姉さまに預かった手紙を皆様の前で呼んで、軽いトークをしてから終わり。
トークに関しては完全にアドリブだからその場の空気で話さないとね。
もしかしたらDJさんたちが話題を出してくれるかもしれないから、その時はしっかりした対応を。
それで僕の番は終わりになるから、ほんの数分間だけど頑張らないとね!
出場選手の紹介が終わり、セレモニーが始まる。
最初はDJの自己紹介、次にダンスチームのお姉さんにパフォーマンスのお兄さん。そしてマスコットキャラの紹介が終わり、軽いトークが始まる。
そして——、
「本日のスペシャルゲストをお呼びする前に皆様大事なお知らせがあります」
「本日のスペシャルゲストでお呼びする予定だった『宝命生』代表取締役社長の
ヤク姉さまが来られなくなっても、ドーム内からは特に残念そうな声などは聞こえなかった。
やっぱり、試合を見に来る人って選手の試合にしか興味ないのかな……。
でも、これで僕が何をすればいいのかわかった。
要はセレモニーで僕に注目させればいいんだよね。
それなら僕の得意分野だから大丈夫!
今の僕は『神無月ヤマト』だからね!
「ですがご安心ください! 本日、宝命役さんに変わりこちらの方がスペシャルゲストで来てくださいました! 照明が暗くなりますので、足元にご注意ください。では、入場してください!」
DJさんのセリフでドーム内が暗くなる。
明かりがついているのは僕の出入り口のところだけ。
更に、ドーム内には僕の一番最初のオリジナル曲が流れ始める。
これらはもともと台本にはなかった演出。
選手が打席に立つときなどに曲が流れると知り、メイクの途中で頼んでみたら快くオッケーが出てくれた。
「神無月ヤマトさん、こちらの方からお願いしまーす!」
スタッフさんに案内され、グラウンドに足を踏み入れる。
周りは暗いけど、ドーム内にいる人が僕を見ているのが視線で分かる。
なら、僕がすることはただ一つ。
執事らしく綺麗な姿勢で今、この場所を歩く。
「本日のスペシャルゲスト! 『宝命生』代表取締役社長、宝命役さんの親戚、並びにVtuberの『神無月ヤマト』さんにお越しいただきました!」
DJさんの自己紹介とともに今度は驚きの声がドーム内に響いた。
無理もない。
だってVtuberは基本バーチャルだけの存在。
中には顔出ししながらVtuberとして配信活動している人もいるけど、僕は完全にバーチャルとしての活動だからね。
でも、だからこそ今ここに僕がいるのはそれだけの効果がある。
まぁ、今日急に知らされたせいで未だに緊張は解けないんだけどね。
DJさんたちのいるグラウンドの真ん中に着くと、ドームの証明が付き、音楽が止まった。
「それではヤマトさん。早速自己紹介の方をお願いします」
「はい。皆様初めまして、あなたの執事、神無月ヤマトです。本日僕はバーチャルの世界から皆様にお会いするために現実世界に飛び出してきました! よろしくお願いしまーす!」
ああ、緊張しすぎて普通じゃあんまり出さないような大声出しちゃった。
早くこの空気になれないと……!
「元気なご挨拶ありがとうございます! ヤマトさんは今年の4月にVtuberとして活動初め、その類いまれな才能を発揮して現在のチャンネル登録者数は80万を超えています! 何か秘訣みたいなのはあるんでしょうか?」
「秘訣ですか。そうですね、多分周りの環境がよかったからだと僕は思います。皆様の言う才能は父さまと母さま、Vtuberとして活動で来ているのはカナママ、今こうしてこの場に立てているのはヤク姉さまのおかげですので」
「とても謙虚ですね! そんなヤマトさんには本日「宝命生」のスピーチを行ってもらうことになっていますがよろしいでしょうか?」
「問題ないです」
「では、お願いします!」
「はい」
スピーチの内容は既に頭に入っている。
けど、僕の言葉と思われないように一応紙は出しておこ。
それとせっかく僕の才能に触れてもらったんだから、台本には書いてないけどやらないとね!
「では失礼して代読させていただきます。『球場にお集まりの皆様、本日は球場に足を運んでいただいたのに、セレモニーに参加できなくて申し訳ありません。『宝命生』代表取締役社長の宝命役です。代わりと言っては少し豪華すぎるかもしれませんが、本日は私の自慢の親族を送りします』」
スピーカーから聞こえるのは先ほどまでの声とは違う声。
しっかりとヤク姉さまの声を出してスピーチを始める。
何かとヤク姉さまの声は初めてかもしれないけど、調整はいらないね。
「『ではさっそく、私たち『宝命生』は「家族で楽しめる空間を」をモットーにいくつものゲームの制作をしています。ファミリーゲームはもちろん、ファンタジー要素を盛り込んだバトルゲーム、銃撃戦をメインとしたFPSに一人でもみんなでも楽しめるスポーツゲームなどジャンルの種類は様々!』」
僕のスピーチとともにスクリーンに『宝命生』のゲーム映像が流れる。
「『様々なジャンルを取り扱っている『宝命生』ですが、ジャンルの拡大に伴い現在スタッフを募集しています! 本日皆様が入場された際に配られたパンフレットに仕事の内容や申し込みへの案内が書かれているので、ぜひ読んでみてください! ……と言うのは建前で! せっかく、野球を見に来たのにパンフレットを見ろと言われても困りますよね! なので気が向いたらでオーケーです! 今日はシャイニング対パンダースの因縁の対決! 皆さん、盛り上がっていきましょー!!』以上です」
「ありがとうございます! 皆さーん! 僕らも一緒に盛り上がっていきましょー!!」
球場内は「おー!」という声と応援団の楽器の音でいっぱいになる。
「それにしても、ヤマトさんの声真似なかなかにクオリティが高かったですね!」
「はい。僕の得意分野の一つです。多分リアルでするのは初めてです」
「ヤマトさんがリアルに来られるのはこれが初では?」
「あ、そうでした!」
ちょっとした間違いに小さいけど笑いが起こる。
やばい! ちょっと恥ずかしい!
スピーチを言い終えて少し気が緩んじゃったかな。
もう一度気を引き締めないと!
「因みにヤマトさんは野球の試合を生で見られたことはありますか?」
「すみません。妹は何度かあるみたいなんですけど、僕は今日が初です」
「なるほど、因みにテレビで見られたりなどは……?」
「日本シリーズは毎年見てます。妹の付き添いでですけど」
「なるほど~、ではもう一つ、推しの球団とかはあるんですか?」
「え、それ今聞きますか~?」
一応僕にも推しの球団はある。
あるにはあるんだけどパンダースでもシャイニングでもないんだよねー。
なのに今それを言う何って……。
「大丈夫ですよ。僕しか行きませんから!」
「そ、そうですか。それじゃあ……」
DJさんの耳に口を近づける。
そこにマイクも近づいていると知らずに。
「僕の推し球団は九州ハヤブサツインズです」
僕の声はドーム内に響き、推しの球団がばれてしまった。
九州ハヤブサツインズ
シャイニングやパンダースとは違うリーグに所属する球団で、とても強い球団。
もちろん強い。
シャイニングに関しては過去日本シリーズで2年連続対戦したことがあり、その2年とも4縦で完勝している。
まぁ、そんなことはどうでもいいとして、今問題なのはこの場にいない球団の名前を出してしまった事!
だからあまりいたくなかったのに、このDJさん、マイクをもとから準備してた!
「確かに、同じリーグだったら嫌な球団ですね!」
「はい、多分九州民の半分以上はハヤブサファンだと思います」
「確かに! ですが今日はハヤブサに負けない試合をシャイニング、パンダース両チームが見せてくれます! ぜひ楽しみにしてください! 本日のスペシャルゲスト、神無月ヤマトさんでした!」
「ありがとうございましたー!」
流れ的に終わりそうな感じだったから、それに乗って僕は出てきた入り口に歩きながら戻った。
台本にはちょうどいいタイミングって書かれていたけど、これで問題ないよね。
それにしても、だいぶ疲れたー。
いつもは1時間以上配信で話しているのに、実際に人前に出るとかなり疲れる……。
「ヤマト、お疲れさん」
僕を出迎えてくれたのは、花束を持った父さまだった。
「……なんか父さまが花束を持つと、不審者に感じます」
「だよね。そうでなくともなんか怖い!」
「逆に恋夢が持つと絵になるね」
「もう! うまいんだから~!」
「それで、ヤマトはこの後どうするんだ? 俺たちの花束贈呈までにダンスチームのパフォーマンスがあるけど」
「ここで見てます」
「なら邪魔にならないようにな」
「はい」
スタッフさんに椅子を用意してもらい、座ってダンスチームのパフォーマンスを見る。
かなり洗礼された動きで無駄がない。
何よりみんな楽しそう。
だけどそのパフォーマンスを見てる人ってまばらなんだよね。
こんな時パフォーマンスをしている人はどんな気持ちなんだろう……。
数分でパフォーマンスが終わり花束贈呈に移る。
スタッフさんたちに案内され父さまたちはグラウンドを歩いてバックネット側に向かう。
その姿はスクリーンに映され、悲鳴と言うか驚きの声がドーム内に響く。
当然と言えば当然だよね。
だって明らかに父さまは不審者で恋夢は連れ去られた子供みたいな感じになってるもん!
だけど、スクリーンに名前が映し出されてからは悲鳴に近い驚きの声は驚愕に近い声へと変わる。
『花束贈呈です。本日花束を贈呈されるのは『宝命生』代表取締役社長、宝命役様のご親族久遠義明さま。同じくご親族ご令嬢神無月恋夢さまです』
次に花束を受け取る選手の名前が呼ばれるけど、その声はドーム内に響き渡る驚きの声にかき消される。
呼ばれた選手でさえ驚いた顔で花束を受け取る場所まで移動している。
それほどに今このドームではあり得ないことが起きていて、その元凶は間違いなく父さまだということ。
カメラマンさえも父さまにカメラを向けて連写している。
もし新聞にこのことが載るとしたら見出しは多分『ベテラン声優、人前に現る!?』みたいな感じかな。
もしくは『久遠義明の登場にドーム内どよめきの声』みたいな感じで、今の現状を表した見出しかな。
まぁ、いくら父さまが人前に初めて姿を現したと言っても、新聞の見出しになるようなことはないと思うけどね。
Webニュースにはなると思うけど……。
それにしてもスクリーンで見れば見るほど不審者以外の何者でもないね。
花束を渡し終え、写真を撮り終えた二人は観客に目をやることなく出入り口のところまで戻ってきた。
「ふぅ、緊張した~!」
「わ、私も……選手とあんなに近くになることなんて初めてで、ドキドキが収まらないよ!」
「僕も別の意味で緊張しましたよ」
父さまが間違いで警察に通報されないか。
「私たちの出番終わったけどこの後どうするの? お父さん今日の変装が観客にばれたから普通に席に行ったら目立つと思うんだけど……」
「それなら大丈夫だな。俺たちが今日見る所は来賓用の席だから」
「来賓用ですか?」
「ああ。まぁ行けば分かるぞ。普通だといけないような場所だからな」
それって普通の値段だと明らかに高い場所ですよね!?
普通の席で目立ちながら試合を見るよりかはましかもしれないけど、そんな高い場所に居たら集中しながら試合を見る自信ないよ!
「因みに、テラス席で室内からテレビを通して試合を見ることもできるけど、7回裏が始まる前はテラス席に出ないといけないらしいから、絶対に寝るなよー」
「寝れる自信がありません」
「私もー」
これから行く場所がどんなところか頭の中で想像を膨らませているうちに、守備に入る選手の紹介が終わり、試合が始まる手前まで来ていた。
『それでは始球式に参ります。本日、始球式なさるのは『宝命生』代表取締役社長、宝命役さまのご親族、並びに女優の神無月撫子様です』
母さまの登場にドーム内は拍手が鳴り響く。
多分みんな分かってた感じがする。
流石に僕に恋夢、父さまが出たら次に可能性があるのは兄さまか母さまのどちらかだしね。
母さまは観客に手を振りながらマウンドへと向かっていく。
笑顔で手を振る母さまだったけど、マウンドに立った瞬間笑顔は完全に消え、目は獲物を狩る狩人のような目になっていた。
僕の知る始球式ってのほほんとした感じなのに、今は少しだけピリピリとしている。
バッターボックスに選手が立つと、母さまは笑いながら投球モーションに入りボールを投げる。
母さまの投げたボールは遠目ではわからないような速度でキャッチャーのグラブに入り、通常バッターボックスに入った選手はどんなボールでも少し遅れてバットを振るはずなのに完全に立ち尽くしてしまっていた。
ドームが鎮まる中でアナウンスが鳴り響く。
『ストラァァァァァイクッ!! ただいまの球速、152km/h! 始球式記録1位の球速です!』
球速が表示されると、ドーム内に拍手が鳴り響く。
明らかに一般女性が出すスピードじゃない。
しかも母さまに至っては既に40代。
もし、2・30代で本格的に野球をしていたらどんな記録が出るのか気になるくらいに早い。
始球式を終えた母さまは観客に再度手を振りながら、僕たちのいる出入り口まで戻ってきた。
「いやー、160行きたかったー!」
「152でもすごいですよ……」
「お母さんって運動出来たんだね……」
「母さんは昔から運動と演技はピカ一だったからな」
「もう、その話は子供たちの前では止めてよね。恥ずかしいわ!」
……もう恥ずかしがるような年齢じゃないと思うんだけどな。
「すいません。そろそろ移動してもらっても……」
「あ、それもそうね」
僕たちは話をやめてスタッフさんの案内に従い来賓室まで移動した。
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