第121話 ヤジ合戦


『ごろろっくクイズ大会』まであと数日ある中、それまでの僕の予定は未だに決まっていない。


CMの撮影と収録はイベント前までに済ませることが決定し、凛音さんとのデートに関してはあちらの都合もあり、最後の週に行うことが決定した。


その結果、僕はこの東京にいる間、何も用事がない時は基本的に来夢の行きたいところについていくことになってしまった。


東京に着いた翌日は浅草にある雷門に行ってから浅草観光。

渋谷や秋葉原みたいな大きなビルがたくさん建っているわけではないのになぜか人が多く、父さんと一緒に日陰で楽しそうに歩く来夢と母さんを眺めていた。


その翌日には秋葉原に行くことになり、僕は新しく発売された『ガーデンランド』のカードゲームのボックスと竜田ラノさん、新しく収録された白狼ウルフさんのサインカードを父さんに買ってもった。

更に父さんが出たアニメの同人誌や、ギャイ先生のプレミアがついた同人誌が売られていたので、父さんに少しお金を出してもらってから買うことができた。


因みに父さんもそこで同人誌を買ったらしく、それがR-18版でそれを僕の目の前で買ってしまった事に母さんは激おこぷんぷん丸状態。


R-18の同人誌を買ったことに関しては母さんは何も言わないどころか、読み終わったら見せてと頼んでいた。


出来ることなら僕と来夢の目の前でそのやり取りはやらないでほしかったなー。


秋葉原に行きたいと言っていた来夢はたくさんのCDを買ったらしく、両手で重そうな袋を持っていた。


因みにその中にはライム自身の未開封CDもあって、すでに絶版のものを買ったらしい。


来夢って自身の声を聴くのが嫌で手元にCD残さないタイプなんだよね。

だから、何故CDを買ったのかを聞くと、何でも太陽にライムであることをばらしたらしく、CDが欲しいと言われ買ったとのこと。

それもサイン入りの。


かなりレアものを頼んでくるなと思ったけど、こればかりは来夢自身の責任なので僕は何も言わなーい。



その日の夜。


僕と来夢は父さんたちと一緒に東京ドームに来ていた。

この時間に東京ドームだから、当然プロ野球関連。


なんでも、今日重大なイベントがあるようで僕たちもそれに参加することを今日教えられた。


当然最初は驚きあまり乗り気ではなかったけど、今回のイベントが『宝命生』の代理で出演しないといけないというのを聞いて、仕方なく参加することにした。


因みにそのイベントと言うのがプロ野球の試合前にあるセレモニーで、僕はセレモニーの時にゲストとして東京シャイニングのレプリカユニフォームを着てグランドに行かないといけない。


父さんと来夢はそのあとにある花束贈呈。


そして、プレイボール前の始球式は母さんが投げることになった。


当然、応援席にはお客さんがいてカメラもたくさん回っている。

父さんも最初は人前に出ることを嫌がっていたけど、サングラスとマスクの着用許可でしぶしぶ承諾してくれた。


来夢に関しては今回初の顔出し。

もともと顔出しNGというわけでなかった来夢はプロ野球選手に会えるということで、かなり乗り気みたい。


母さんに関しても、初の始球式と言うことでだいぶ興奮している。


そして、僕はと言うと、セレモニー開始1時間前に入り、すでにメイクを終えていた。


今回の僕は久遠保仁ではなく神無月ヤマトとしての参加になる。

当然来夢に至っては恋夢としての参加。


まぁ、僕が多くの人の前に出るときは基本『神無月ヤマト』なんだけどね。


「やす……あー、ヤマト、しっかり台本は読んだかしら?」

「はい、問題ありません」

「ならいいわ。私はピッチング練習に言ってくるけど、アドバイスとかいる?」

「少し緊張しますけど大丈夫です。母さまは始球式に集中してください。ナイスピッチングを楽しみにしてますよ」

「そうね。それじゃあ子供の頼みに応えるために行ってくるわね」


母さまはドーム関係者の人に案内されながら行ってしまう。

今までボールを投げている姿を見たことがないけど、どんな風になるのかが今から楽しみで仕方ない!


「ねぇ、その喋り方どうにかならないの?」

「どうにもなりませんね。今の僕は神無月ヤマトですので」

「ふーん。まぁいいや。そんなことよりも、もうすぐ始まるよ!」

「え? セレモニーまではまだ時間があるはずですけど……」

「あー、ヤマトはあんまり野球に詳しくないんだった。今日は一夜限りの合戦があるんだよ!」

「合戦?」

「うん! モラルとかそういうのが厳しくなって最近はあまり見なくなったけどね。昔はよくあったんだ。東京シャイニング対阪神パンダース、ヤジ合戦! それが今夜限りの行われるんだよ!」

「や、ヤジ合戦?」


野次って言うと人をやじることだよね。


「え、それって今時大丈夫なんですか?」

「普通はダメだろうな。でも、今回に限りヤジ合戦が解禁されたんだそうだ。因みに父さんが子供のころはこの2チームのヤジ合戦はものすごく有名だったぞ」

「今日だけ?」

「ああ、何でも東京と阪神の2チームの応援会長が話し合って今日することに決まったみたいだな。選手たちも了承済みとのことだ」


「さっき係員に聞いてきた」と言いながら父さまはパンフレットを見せてくれた。

確かに、そこには大々的に『本日限りのヤジ合戦 数年ぶりに解禁!!』と書かれている。


パンフレットには選手たちの了承や言葉の使い方の注意、相手に敬意をもってなどの注意書きがたくさん書かれている。


開始時間は17時からの15分間だけ。


「一応Mytubeにも動画とか上がってるから、今度見てみれば? 面白いよ! って、もう時間じゃん! 早く前に言ってみて見よ!」

「あ、ちょっ!?」


来夢に腕を引っ張られ、出入り口付近まで近づく。

そこには係員がたくさんいたけど、僕の姿を見たら優しそうに場所を譲ってくれた。


椅子も用意してくれて腰を下ろすと同時にヤジ合戦が始まった。



——————————


「シャイニングファンの皆さん! 本日は球場に足を運んでいただき、ありがとうございます! 本日限り! 本日限りになりますが、ヤジ合戦を始めていきたいと思います!」


シャイニングの応援団長のあいさつの後、ドーム内に太鼓やトランペットが鳴り響く。


「それでは早速行きます! まず最初はたとえ心に思っていなくても、来てくれたことに感謝し、『東京へようこそパンダース!』で行きたいと思います! 心の思ってなくても行ってください! 東京へようこそパンダース! はいっ!」

『東京へようこそパンダース!』

「それっ!」

『東京へようこそパンダース!』

「ラスト!」

『東京へようこそパンダース!』


3回言い終えると、自陣のファンから拍手が鳴る。


シャイニングの声はパンダース側にも届いており、ホームのシャイニングが動いたことでパンダースも動き始める。


「皆さん! ようこそと歓迎されたのでね、こちらからも嫌かもしれませんが、シャイニングに対してエールを送りましょう! 血反吐をはきたくなるほど嫌かもしれませんが、僕の後に続いてください! 頑張れ、頑張れシャイニング! はいっ」

『頑張れ、頑張れシャイニング!』

『頑張れ、頑張れシャイニング!』

「ラストっ!」

『頑張れ、頑張れシャイニング!』


いい終えた後、パンダース側からも大きな拍手が鳴り響く。


パンダースが言い終えた後は再びシャイニング側に。


「それではヤジ合戦を本格的に始めていきたいと思います! まずはパンダース監督の藤枝から行きましょう!」


阪神パンダース藤枝監督。


基本的には普通の采配をしていくが、ごく稀に迷采配とも呼べるおかしな采配をすることで有名である。


「采配下手くそ、ふーじえだ! はいっ」

『采配下手くそ、ふーじえだ!』

「それっ!」

『采配下手くそ、ふーじえだ!』

「もう一丁!」

『采配下手くそ、ふーじえだ!』


シャイニングがやじった後は再びパンダースの番。


「うちの藤枝監督をやじってきましたのでね、こちらはシャイニングのコーチ、柏崎を狙っていきたいと思います!」


シャイニング打撃コーチの柏崎は元プロ野球選手で引退後は現場を離れていたが、古巣シャイニングのコーチへと現場復帰したコーチである。


ただ、復帰までタレントとしてテレビに何度も出ていたせいか、カメラがあると必ず目線をそこに向けるせいで、その奇妙な行動に他球団のファンからはある意味気持ち悪がられている。



「目立ちたがり屋、かっしーざき! それっ!」

『目立ちたがり屋、かっしーざき!』

「はいっ!」

『目立ちたがり屋、かっしーざき!』

『目立ちたがり屋、かっしーざき!』


パンダースのヤジが終わりシャイニングの番かと思われたが、パンダースが連続で攻撃を始める。


「次はこちらから攻めたいと思います! シャイニングご自慢の攻撃陣をやじっていきましょう! チャンスで打てない上位打線!」

『チャンスで打てない上位打線!』

「あ、それっ!」

『チャンスで打てない上位打線!』

「ラスト!」

『チャンスで打てない上位打線!』


パンダースの連続攻撃に対してシャイニングは……驚きはするものの、大きく動揺はしていなかった。


『シャイニングの上位打線はホームランが打てるわ!』


それどころか、パンダースのヤジに対して文句を言うほどの元気がある。


「パンダースがね、シャイニング自慢の上位打順をやじってきたのでね、こちらはあちらのどうしようもない投手陣を攻めましょう! 三振が取れない投手陣! それっ!」

『三振が取れない投手陣!』

「はいっ!」

『三振が取れない投手陣!』

「もう一丁!」

『三振が取れない投手陣!』


シャイニングのヤジに対し、当然パンダースは過剰に反応する。


『三振捕れるわ!』

『パンダースは打たせて取る投手が多いんじゃい!』


パンダースの犯行に対してシャイニングは無視。

今度はシャイニングの連続攻撃!


「次はね、やじれるところがあればやじってみろよ、と言わんばかりにいくらでもやじっていいと言ってきた選手を攻めていきます。今季全勝中で、今日の先発投手の加山行きます!」

『よ、待ってました!』


パンダースエースの加山投手。


一年目からパンダースに所属しており、現在はパンダースの顔ともなっている選手。

当然、ライバルのシャイニングからは嫌われている。



「ノーコンピッチャー、かやーま! それっ!」

『ノーコンピッチャー、かやーま!』

『ノーコンピッチャー、かやーま!』

「ラスト!」

『ノーコンピッチャー、かやーま!』


エースをやじられて黙っていないのがパンダース!


「シャイニングがね、うちのエースをやじってきたのでね、こちらはシャイニングのキャプテンで四番の折本を攻めます!」

『いいぞー!』


シャイニングの主砲で四番の折本選手。


昨年度のホームラン王で当たればホームランと言う大砲バッター。

だけど、ホームランが打てるのと引き換えに、不名誉の記録も持っているため他球団からはほんの少ししか恐れられていない。


その不明用の記録と言うのが——。


「扇風機王の、おーりもと! はいっ!」

『扇風機王の、おーりもと!』

『扇風機王の、おーりもと!』

「もう一丁!」

『扇風機王の、おーりもと!』


扇風機王


三冠王などのタイトルを模様してつけられたオリジナルのタイトル。

だけどその内容はとても褒められたものではない。


扇風機とは三振の多い選手のことを指す。

その王とは三振が最も多い選手のこと。


そう。

折本選手はホームラン王であると同時に三振数も選手の中で一番多い選手なのだ。




ヤジ合戦は更にヒートアップしていく。


そして——。


『応援団、ヤジ合戦終了1分前です』


残り1分と言ったところでアウェイ側のパンダースが最後のヤジを送る。


「皆様、ラストです! パンダースの力強いところを見せたいと思います! 心を籠めなくても問題ありません! 敬意を持たなくても問題ありません! 形だけ、形だけのエールを送りましょう! 行きます! 頑張れ、頑張れシャイニング! それっ!」

『頑張れ、頑張れシャイニング!』

「はいっ!」

『頑張れ、頑張れシャイニング!』

「ラストっ!」

『頑張れ、頑張れシャイニング!』


パンダース最後のヤジが終わり、シャイニングの番。


「パンダースから、エールが届いたのでね、こちらも皮肉を込めたエールを送りましょうか。優勝目指して、がーんばれっ! で行きましょう!」


それを聞いた瞬間、シャイニングファンには笑いが巻き起こる。

パンダースは昔からある球団ではあるが、全12球団ある中で唯一優勝したことのない球団である。


「では行きます! 優勝目指せ、パンダース!」

『優勝目指して、がーんばれっ!』

「それっ!」

『優勝目指して、がーんばれっ!』

「気持ちを込めて!」

『優勝目指して、がーんばれっ!』


『時間になりましたので、ヤジ合戦を終了してください』


シャイニングが言い終えた時点でアナウンスが鳴り、お互いにいい汗をかいてヤジ合戦ッは終了した。


後にこの時のヤジ合戦がMytube上で人気の動画になるが、今は誰もそのことを知らない」



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