第120話 大事なお話
夏休みの計画を進めて数日たった今日、僕と来夢は東京に来ていた。
「……はぁ」
「お兄ちゃん、気分大丈夫?」
「うん」
東京に着いたのはよかったけど、僕はあまりの人の多さに少し気分が悪くなり、荷物を受け取ってから近くにあった椅子で休憩をとっていた。
前回は人がいなかっただけに、通常営業の空港内を体験するのはほぼ初めてで油断してた。
「母さんたちは?」
「もうすぐ着く見たい。なんかお義姉ちゃんが体調崩して病院に送ってたみたい。いちろーも付き添いでいないんだって!」
こらこら。
兄さんがいないのをそんなに嬉しそうに言わない。
義姉さんの方は大丈夫かな。
最近仕事も増えて来てるって言ってたし、体には気を付けてほしいな。
「僕たちも体調には気を付けないとね」
「うん。最近また暑くなってきたし、熱中症になる人が多いってニュースでやってるから、しっかり水分補給しないと。はい、お水」
「ありがとう」
しばらく空港内で涼んでいると、サングラスに黒マスク、黒帽子と怪しい格好をした男女二人組が僕たちのところにやってきた。
相変わらず目立つような変装をしている。
「……お久しぶりです。マスクはしなくてもいいんじゃないですか、父さん」
「いや、最近だと口元で誰かを判断できる奴がいるという。徹底しないとな」
口元って言うけど、そもそも父さんの顔写真なんて世間に広まってないんだからマスクしていようがしてまいがばれることなんてありえない。
「母さんも何か言ったらいいんじゃない?」
「でも私は口元まで世間にはばれてるからね。お父さんの言うことには賛成だわ。それにこういうお父さんも可愛いじゃない」
「おい、人前で照れるじゃないか」
父さんと母さんはいきなりいちゃつき始めた。
人前だというのに。
ほとんどの人は素通りしていくけど、たまに父さんと母さんを横目に見てくる人が何人かいた。
当然、近くにいる僕たちのことも。
「……お兄ちゃん、これどうするの?」
「さぁ、どうしようか」
結局、僕と来夢は2人のイチャイチャが終わるまで近くの土産屋さんで時間をつぶすことにした。
「いやー、さっきは大変だったな」
「そうね。まさかあそこまで大ごとになるなんてね」
「……」
「……」
結局あの後、サングラスに黒マスク、黒帽子と不審者で目立つ2人がいちゃいちゃしていた結果、母さんのファンの人が『神無月撫子』だと気づき空港内は大混雑。
母さんと父さんの周りには人だまりができていて、それに気づいたのはお土産屋さんの店員さんが外を見ているのに気づいたとき。
お土産屋さんにいた僕と来夢はすぐに原因が分かり、そのすきに空港の外の方に移動して2人を待っていた。
最初に外に出てきたのは父さんで、いきなり僕たちにサングラスと黒マスクをつけるように強要し、そのまま空港内に戻ったかと思うと、今度は母さんをお姫様抱っこしながら外に出てきた。
その姿を空港内にいた一般人の人たちが写真を撮ったりしていて、サングラスとマスクが無かったら、完全に顔バレしていた。
「それにしても変装は完璧だったのにどうしてバレたんだ?」
「少しイチャつきすぎたのかもしれないわね。今度からは少し自重しましょうか」
「いや、普通に変装が原因だと思うよ」
「うん。私もお兄ちゃんに同意」
結局のところ2人の変装があまりにも怪しすぎるんだよね。
何でそれに気づかないんだろう。
母さんなんていつもは凛とした完璧女性みたいな感じなのに、父さんのことが絡むと馬鹿になるし、父さんは写真とか他人の視線とか気にするくせに目立つような格好するし。
「そこまで言うなら何かいい変装があるんだよな?」
「普通にかつらをかぶればいいんじゃないですか?」
「……あ」
え、完璧な変装って言ってたのにそのこと頭になかったの。
「お兄ちゃんの言う通りだと思うよ。コスプレイヤーさんだってウィッグとメイクでリアルの顔とかそのキャラに似せて来てるし、お父さんも厳つい男性風のかつらつければサングラスだけで済むんじゃない?」
「でも、ああいうの着けるのって手間かかるんだろ? 俺できる自信ないぞ」
「そこはほら、お母さんに頼めば? お母さんならできるよね」
「ええ、私のチャンネルでも何回かウィッグの付け方の動画出したことあるから問題ないわ。あなたにも今度してあげる。メイクも一緒にね」
「う、うん」
今の父さんの心情がなんとなくだけど分かる。
多分だけど、『できることなら早めに言ってほしかった』みたいなこと考えてそう。
それと母さんがそれをしなかったのは、一生懸命変装を頑張る父さんが可愛いかったからじゃないかなと思う。
うちの家族って好きな人にはものすごく一直線だよねー。
「それで、この後どこか行きたいところでもあるのか?」
「とくには決めてないです。2,3ヶ月前に有名な観光名所は回ったので」
「あ、私浅草に行ってみたい! 前回来たとき雷門見るだけしかできなかったから!」
「そうなのね。それじゃあ明日行きましょうか」
「ん? 今日じゃないのか?」
「ええ、さっきいちろーから連絡が来たの。大事な話があるから早く帰ってきてくれって」
兄さんから大事な話?
義姉さんが体調を崩したから病院に行ってたはずだけど、もしかしてそのことに関してかな。
ともかく、悪い話じゃなければいいんだけど。
車で移動して数十分立ちようやく東京の家に着いた。
いつ見てもでかい家になかなか慣れない。
僕たちの荷物は父さんが運んでくれて、何も持たずに家に入るとリビングで兄さんと義姉さんが楽しそうに話していた。
大事な話と言うから少しだけ悪い話が頭をよぎったけど、二人とも楽しそうに話しているから問題なさそう。
「ただいま~」
「母さん。お帰りなさい。保仁と来夢もよく来たな~」
「久しぶり兄さん」
「……」
こらこら来夢。
せめて挨拶くらいしてあげようよ。
「ただいま」
「おかえり父さん」
「それでいちろー、大事な話って何なのかしら」
「私、雷門を我慢してまで来たんだから、しょうもない話だったら許さない」
「安心しろ。来夢も驚くような大事な話だから。父さんたちもソファに座って」
兄さんに促されソファに座ると、それを確認した兄さんと義姉さんは立ち上がって僕たちの目の前に立った。
あれ、義姉さんしばらく見ないうちに少し太ってるような……。
2人はお互いに幸せそうな表情を浮かべながら口を開く。
「実は僕たちの子供ができます」
兄さんの突然な発表。
僕はそのことを聞いて驚きのあまり口が開いたまま固まってしまう。
横にいた来夢も同じ感じ。
さっきまで「しょうもない話だったら許さない」と言っていたのに、全然しょうもない話ではなく、むしろ大事すぎる話だったが故に何とも言えない表情。
父さんに関しては嬉しそうな表情を浮かべながら2人を見て、母さんに至っては目から涙があふれだしていた。
「おめでとうねぇ。本当におめでとぅ!」
「母さん。何も泣かなくても……」
「今はそっとしてやってくれ。母さんは嬉しいんだよ。新しい家族ができるのが。それで、この時期と言うとゴールデンウィークあたりか?」
「はい。妊娠2ケ月と3週間当たりとのことです。一応エコー写真ありますけど見ますか」
「俺はいいや、母さんに見せてやってくれないか?」
「はい。お義母さん。この子がお孫さんですよ~」
涙を拭き終えた母さんの目の前に写真のようなものが置かれ、母さんはワクワクしたようにその写真を眺めている。
「あら、女の子なのね! 今のうちに洋服とか買っておこうかしら!」
義姉さんのお腹の中にいる赤ちゃんの写真。
ものすごい気になる!
来夢も同じようでその場から体を伸ばし写真を覗こうとしていた。
「あら、保仁と来夢は見たことなかったわね。一緒に見る?」
「ね、義姉さん、見てもいいですか?」
「私も!」
「いいよ~。この子があなたたちの姪になる子よ」
写真には黒い空洞の中に小さいお人形みたいなのが映っていた。
多分これが僕たちの姪っ子。
そう考えるとただの写真でまだどんな子なのかわからないのに、なぜか愛おしくなってしまう。
「私ももうお祖母ちゃんになるのねぇ」
「俺もお祖父ちゃんか。ついこの間までライが生まれたばかりだと思っていたのに早いものだな」
「お父さん。私が生まれてもう15年もたつんだけど……」
「子供の成長は早いものなのよ。私だって少し前まで保仁が生まれたばかりだと思ってたんだから」
「それってもう16年も前の話だと思うんだけど……」
「それくらいに時がたつのは早いってことよ。だからいちろー、加奈ちゃん。子供との時間を大切にしなさい。じゃないとたくましくなっていく子供たちが見れなくなるわよ」
「だな。それにずーっと離れていると子供は他人行儀みたいになるからな!」
うん。
父さんが誰のことを言っているかよくわかるよ。
だから僕の方をチラチラ見ないでください。
いくら見られたところで今更話し方を変えられるわけないんだから。
「なんか、二人が言うと言葉に重みがあるな」
「子育てなどに関しては今後いちろーくんと話し合っていく予定です」
「それがいいかもね。今はそこまで急ぐ時期じゃないもの。でも今の期間については決まってるのかしら? 妊娠中に一人暮らしは危ないわよ。花村家の誰かが帰ってくるの」
「いえ、一応連絡したけど、今は忙しい時期で難しいそうです」
「そうなのね」
義姉さんの家族。
僕はあまり関わったことないけどすごい人たちって言うのは母さんに聞いたことがある。
義姉さんが高校卒業するまでは宮崎にいたらしいけど、卒業とほぼ同時期に義姉さん以外の家族は仕事で海外の方に引っ越したとのこと。
結婚式には来ていたけど、その時僕は来夢と一緒に遊んでいた記憶しかないからどんな人かわからない。
「私の意見を言うと、加奈ちゃんのご家族が帰ってこられないとなると、加奈ちゃんにはぜひ東京に残ってほしいわ。その方が加奈ちゃんも安心できると思うし、たまになら私か義之さんが家に帰れると思うから」
「……母さん。実は俺と加奈ちゃんもみんなが帰ってくるまで話し合ったけど、同じ意見なんだ。だけどそうなると宮崎の方には保仁と来夢の2人きりになる。だから二人の意見が聞きたいんだ」
兄さんと母さんは同時に僕たちの方に顔を向けてきた。
正直に言うとこのことに関しては話し合う意味がまったく理解できない。
それは僕が馬鹿だからなのかも知れないけど、僕たちの答えは1つ。
「僕はそっちの方がいいと思うよ。今日みたいに体調を崩すようなことがあったら義姉さんも心細いだろうし」
「私もお兄ちゃんと同意見。こっちのことは私とお兄ちゃん二人で問題ないからね。お義姉ちゃんはお父さんにお母さん、ついでにいちろーがいる東京の方が安心できるでしょ。だから東京に残って元気な子産んでね!」
「保仁くん、加奈ちゃん。ありがとう!」
義姉さんは僕たちに抱き着いてきた。
いつもなら僕は逃げて来夢1人に任せるんだけど、今回は逃げない。
だって、義姉さんはとてもうれしそうだから。
その日の夕飯は急遽赤飯となり、赤飯を食べることができない僕は塩ゴマをたくさん振りかけて何とかお椀一杯食べきることができた。
翌日になると、僕のトリッターには祝福のコメントがずらりと届いていた。
どうやら昨日のうちに義姉さんはトリッターで妊娠報告を上げたらしく、カナママと関係が深い僕の元へカナママをフォローしている人から『おめでとう!』というメッセージが届き、カナママをフォローしていない人は何のことかわからない様子。
結果、『ヤマト 妊娠』と言う単語がトリッターのトレンド3位まで上り詰めてしまった。
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