第110話 通話
「あの、もしもし……」
『……』
電話の向こうの凛音さんはなぜか無言のまま。
それだけにものすごく圧を感じてしまう。
「り、凛音さん?」
『……何してたの?』
「え、あー明日の配信の打ち合わせを……」
『案件配信のやつね』
「ですです」
『で、メッセージを未読スルーにしたのはどうして?』
「気づきませんでした」
これは怒ってらっしゃる。
『はぁ、保仁くんの方から電話してきてくれたからいいけど、今後は無視しないでね。嫌われたかもって心配になるから』
「僕が凛音さんを嫌いになることは絶対にないので気にしなくてもいいですけど、今後はなるべく電話に出ることにします。それで、今日はいったいどんなようなんですか?」
『ゲーム、遊んでみたよ』
「そうなんですね」
『うん。ヤマト君のイラスト最高によかったし、ライバーの動きも最高だった。さすが花村カナ先生だよ! 特にヤマト君のセリフ、かっこよかった!』
「あ、ありがとうございます」
こうして改めて言われるとなんか少し恥ずかしい。
今回のゲームはライバーを当てないとセリフが聞けない仕様だったはず。
ということは凛音さんは僕のキャラを引き当てたんだ。
……念のために、あのこと聞いとこ。
「少し聞きたいんですけど、今回僕を当てるためにいくら使いましたか?」
『え、無課金だけど』
「え? 本当に無課金ですか?」
『うん。だってヤマト君が出るまでリセマラしたもん』
「り、リセマラ?」
何その単語。
もしかしてゲームでは基本的な単語なのかな。
あまりソシャゲやったことないから詳しくは知らないんだよね。
『知らない?』
「はい」
『リセマラはリセットマラソンの略でね、簡単に言うとゲーム内でもらえるガチャを回すために必要な意思があるんだけど、それを使ってガチャを回して、お目当てのライバーが出るまでアンインストールとダウンロードを繰り返すことだよ』
「な、なんか大変そうですね」
『それはそうだよ。リセマラしたからって一発目でお目当てのライバーが出るわけじゃないからね。ちなみに私はヤマトくんを出すまでに30回くらいリセマラしたよ!』
「じ、時間で言うと?」
『うーん、2、3時間くらい?』
「そんなに……!?」
『それほどヤマト君の排出率は低いからね』
ガチャで出る確率は低いって言うのは分かっていたけど、そこまで低いなんて……。
あれ、これじゃあ案件配信中に僕がヤマト(僕)自身を当てようと思ったらリセマラか課金しかないんじゃ……。
いや、案件配信だからリセマラはあまりしない方がいいよね。
となると課金だけど……今回の案件配信で課金するのは無課金プレイヤーさんには嫌な光景かもしれないからしない方がいいよね。
それじゃあ今回の配信でヤマトを僕自身が出すのは諦めた方がいいか。
僕自身を育成してみたかったけど、それはまたの機会にしよう。
でも、僕のライバーも視聴者さんたちに見せてあげたいから、もし当たらなかったときのために来夢にスマホ借りれるように頼んでおこ。
『因みに、今の私の会社は【先鋒 夢見サクラ】【次鋒 竜田ラノ】【中堅 クラ・ベルマール】【副将 ミネルバ】【大将 神無月ヤマト】で会社名は【凛音とヤマトの巣】って言う会社名だよ』
「へ、へー」
色々と突っ込みたいところはあるけど、まず一つ目に何その会社名!?
普通に恥ずかしくて、ダサい!
もっとほかに良い会社名なかったの!?
僕まだこのゲームしてないから先鋒や大将って言われても何のことか全くわかんないんだけど!
あと、このゲームにミネルバ先生も出てたんだ。
ミネルバ先生
個人勢、と言うよりもイラストレーターのVtuberで、現在のチャンネル登録者数は確か80万人を超えていたはず。
義姉さん曰く、見た目は可愛いけどリアル男の娘とのことで、その迫力は義姉さん一筋の兄さんが一瞬だけ気を取られてしまうほどらしい。
イラストレーターとしても有名で、前にトリッターを漁っていた時に僕のファンアートを書いていてくれたことがあるのでものすごく覚えている。
そしてラノさんのママでもある。
因みに、今回の案件配信者には入っていなかった。
『だから保仁くん、もしゲームを始めたら私とフレンド交換しようね』
「はい、わかりました」
もしかして、電話してきたのってわざわざそれを言うためなんじゃ……。
でも、それでこそ凛音さんっぽい。
『で、次の話なんだけど……』
「えっ!?」
『ん? どうしたの?』
「いえ、てっきりこれだけが要件かと思ってしまって……」
『違うよ。本題は次から』
本題って、さっきまでウキウキで話してたのに本題じゃなかったんだ。
「それで、どうしたんですか?」
『撫子さんに聞いたんだけど、保仁くんって夏休みの期間東京に来るんだよね?』
「まぁ、なぜかそうなりそうですね」
『ならさ、私と一緒に歌ってみた動画出さない? 曲は『ラブ・ファミリー』の主題歌』
「僕とライムのやつですか?」
『そう! どう? 一緒に歌ってみない?』
「僕は全然いいですよ」
『やった! それじゃあ予定は今後すり合わせていくとして、もう一つ要件いい!?』
「なんですか?」
『デートしよ!』
「いいですよ」
『ほんと!?』
「……あ」
つい条件反射で返事してしまったけど、デートってあのデート?
男女が一緒に出掛けてキャッキャウフフするあの。
やってしまったー!?
相手は今を生きる女優だよ!
見つかれば絶対にスクープになるよ。
でもあの嬉しそうな声聞いたら、今更断れそうにもないし……。
凛音さんがヤマトを好きというのが周知の事実なら……って一瞬思ったけど、それだと僕自身が神無月ヤマトってバレちゃうんだよね。
「あの、デートの件なんですけど変装はするんですよね?」
『あー、それは流石にね。もしいやだったら変装はしないけど……』
「いえ、変装はしてください! 人ごみにもまれるのは嫌なので!」
『そういうことなら任せて! とびっきりの変装準備しておくから!』
「いや、とびっきりのじゃなくて普通ので、ってもう切れてる……」
すでに通話は終わっており、僕が最後に言った言葉は届かなかった。
まだ先なはずなのに、すでにどんな変装をしてくるのか気になる。
そもそも、まだ行くことが確定していないのに今の話だとすでに確定してしまっている。
これは夏休みも東京になりそうかな。
あ、スマホの充電が少なくなってる。
充電しないと……。
充電しようとしたとき再び僕のスマホに電話がかかってくる。
今度の相手は嵐子さんから。
「もしもし、さっきまでいたのにどうしたんですか?」
『あ、保仁! 明日の案件配信で私たち『箱バトル』もするんだよな!?』
「はい、せっかくだから育成した後にそのライバーを使ってしてみようかなと」
一応台本にも書いたはずだけど、改まってどうしたんだろう。
『あ、お兄さん?』
「その声は、太陽? どうしたの」
嵐子さんのスマホから聞こえてきたのは太陽の声。
僕と太陽は6月の間にお互いを『お兄さん』『太陽』と呼び合うくらい仲が良くなった。
主に来夢のおかげで。
『あの、実は『箱バトル』なんですけど、5人育成しないと解放されません』
「……え?」
5人ってライバーを5人?
5人のライバーを手に入れるとかじゃなくて……。
「ふ、フレンド戦っていうやつでは?」
『フレンド戦でも5人、少なくても3人いないとできないようになってます』
「マジで?」
『マジです』
『どうすんだ、保仁。私たち2人だから、他の配信者ができないことを最後にするつもりだったのに、これじゃできないぞ!』
「……こうなったら仕方ありません。本当は自分たちの育成したライバーで競い合わせたかったんですけど、ここは妹たちの力を借りましょうか」
『ということは、私と来夢ちゃんの育成したライバーでバトルさせるんですか?』
「そうだけど、もしかして何か不都合でもあった?」
もし、来夢か太陽のどちらかが嫌だった場合、バトルを無しにするか、最初のライバーはまじめに作って、残りのライバーを雑に作ればいいだけだし。
『不都合とかないで大丈夫です。ただ、配信する時間ぎりぎりまで待ってもらってもいいですか?』
「別にいいけど何かあるの?」
『はい、どうせやるなら勝つ気で行かないと。来夢ちゃんは強敵ですので。では、早速育成に入るので失礼します』
『ということで、うちの太陽は貸してくれるみたいだぞ。そっちの方は許可下りたのか?』
「いえ、さっき知ったばかりなのでまだ何とも……」
『来夢ちゃんもオッケーだそうです!』
『とのことだ』
「ですね。それじゃああとは明日最終打合せしましょうか」
『了解。それじゃあ切るな』
「はい、では」
通話が切れ、スマホを充電してから急いでリビングまで下りる。
すると、そこには帰ってきてすぐにソファに座ってスマホをいじっている来夢がいた。
スマホの画面には『Vtuber育成学園』のゲーム画面。
「おかえり」
「ただいまー」
「太陽に聞いた?」
「うん。明日太陽の会社と『箱バトル』するんでしょ?」
「あー、そうなるね。ごめんね。急で」
「大丈夫」
大丈夫と言う割にはさっきから画面から目を全く話してくれない。
かなりゲームに集中しているもよう。
「因みに、来夢と太陽ってフレンドなんだよね?」
「うん。そうだけど」
「どっちの方が強いの?」
「……」
「来夢?」
「あー、分からない」
「え、フレンドならバトルしたことあるよね。戦績とかでもいいんだけど」
「戦ったことないんだよね。私たち、基本野良に混ざってやり合ってるから」
「の、野良?」
「うん。ネット対戦。因みに私も太陽も現在全勝中、今日から始まったランキング戦も今のところ私が1位で太陽が4位って状況。今のところ8位までは負け無しかな」
「へー」
全く分からない単語が出てきたけど、とりあえず来夢も太陽も凄いってことは分かった。
「というわけでお兄ちゃん、今日の家事とかお願いできる?」
「別にいいけど……」
「ありがと。そんなお兄ちゃんのために最高の子たちを育成するね!」
その日、来夢はご飯とお風呂以外で一切スマホを手放さなかった。
そして、案件配信当日がやって来た。
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