第108話 課金


7月。


一言で言ってしまうと、この単語を聞いた瞬間声に出したくなる言葉は「夏が来たな~」である。


それと同時に、聞いただけでなぜか暑さを感じてしまう。


いや、本当に。

先月まではそこそこな暖かさだったのに何でこんなに暑くなったんだろう。


「あちぃ~」

「……なんでいるんですか」


多分熱い理由は2つ。


1つは僕の部屋のエアコンがとある理由により付けられないから。

来夢の通う中学校は教室にエアコンがないという、今時ではありえない設備で授業中は扇風機しか付けられない。

そのせいもあって僕もその地獄を味わうようにと、家じゅうのエアコンのリモコンをどこかに隠されてしまった。


2つ目は、なぜか僕の部屋に嵐子さんがいるからだと思う。

しかもその嵐子さんは、何故かトレーナーにマフラーと温そうなズボンを着ている。

更に嵐子さんは窓際に陣を取って窓を開けさせてくれようとしない。

その上扇風機のコードも抜き、この部屋は熱帯地獄部屋と化していた。


「あの、熱いなら脱いだらどうですか?」

「ごめん、今ダイエット中だから汗かきたい」

「だったら窓を……」

「窓もダメ、外から入ってきた風を浴びたら耐えられない」

「じゃあ、せめて扇風機を僕に……」

「この暑い中私一人にするつもりか?」

「……僕も我慢します」

「それでいい」


嵐子さんはここ最近同じ格好で僕の部屋に入って来ては、窓の近くで水分を取りながら作業をしている。


最初に来たときに、


「ダイエットするほどの体系じゃないですよ」


というと、なぜか怒られ、その日は僕も似たような格好をさせられ1日を過ごした。

このことを来夢に話したら、なぜか僕が悪いと言われてしまった。


そこまでのことを言ったつもりはないのに。

むしろ、しっかりと励ましたはずなんだけど!


「そういえば保仁って、『ガーデンランド』からあの話届いた?」

「あの話……、ああ! あれですね! 届きましたよ!」


あの話とは明日、7月7日にリリースされる『ガーデンランド』のゲーム『Vtuber育成学園』のこと。


来夢の話によると6月の前半にプログラミングの方が完全に終わり、テストプレイを行った結果、ミスどころバグ一つなかったらしく、予定より早くにリリースできる状態にあんたらしい。


そのことはとてもよかったみたいなんだけど、バグの一つもないせいで、ゲーム制作にかかわったことのある社員はものすごく心配で寝不足になったとか。


因みに同時進行していた曲作成の方も6月半ばに終わり、話した結果今回はライムの方のチャンネルで投稿し、一気にバズった。

そして、これが母さんと凛音さんの出ているドラマの主題歌に決定した。


主題歌の方は母さんとライムに完全に押し付けたので、どういう風に決まったかは僕はあまり知らない。


「それで保仁、あんたこのゲームの配信いつすんの?」

「正直どうしようか迷ってますね」

「だよな。届いた書類にはリリース1週間後~7月末までの間に配信をお願いされたんだけど、いつするのが正解なのかわからないんだよなー」

「トリッターで確認したら、今回のゲームかなり事前評価高いみたいですよ。それこそ数年前にリリースされた『ボート娘』を超えるくらいに」


『ボート娘』は実際のボートレースをモチーフに、ボートが擬人化したゲームで、今回の『Vtuber育成学園』と同じ育成ゲーム。


このゲームも事前評価が高く、結果、現在でもたくさんの人に遊んでもらえている人気ゲームの一つである。


「多分ですけど、ほとんどの配信者が1週間後に案件配信すると思うんですよね。問題はガーデンランドさんが何人の配信者に依頼したか、ですね」

「今月でようやく10万人になったばかりの私にも案件が届くんだ。相当な人数に依頼してるんじゃないか?」

「10万人も普通にすごいんですけどね。でもそうですね。少なくとも『ガーデンランド』と『ごろろっく』には案件が言ってると思いますね。他にも中小のVtuber事務所や人気のある個人勢にも」


現在10万人のハリンさんのもとに届いたということは、多分そこらへんが最低ラインと考えてもいいかもしれない。


今回届いた書類の中には注意書きとして、案件配信日まではプレイを禁ずると書かれていたところも見ると、リリース当日にプレイしたい人は今回の話を断る可能性もある。


現に僕も、最初はリリース当日にしたくて案件を断ろうかと思ってたけど、来夢情報で100万人事前登録記念に『神無月ヤマト ☆3』が配られることが確定してから一気に200万人くらいに増えたと聞き、流石に案件で配信した方がいいと思いこの話を受けることにした。


正直、ここまで僕が人気だなんて思いもしてなかったから、そのことを聞いた瞬間は時が止まったね。


「……なぁ、私とコラボしない?」

「何で急にそんな話になるんですか」

「いやぁ、せっかくのチャンスだから今回の話受けることにしたけど、よくよく考えたら私もこのゲーム早くしてみたいんだよな」

「つまり、1週間後……」

「そ、でも今の私の知名度だとそこまで人が集まらないかもしれないからさ」

「僕と一緒に配信して知名度を上げた。僕を使うってことですね」

「そういうこと。因みにコラボではあるけどチャンネルはそれぞれって感じでどう?」

「普通に考えればそうなりますけど、いんですか? 僕と一緒だとハリンさんのところにあまり人が来ないかもしれないですよ」


今回の案件は「登録者数×3」だから少なくとも30万は確定しているけど、ハリンさんにとって、今はとにかく見てもらった方いいと思う。


「いうねぇ~」

「本当のことですので」

「……私としては別にそれでもいい。逆にだからこそそれぞれのチャンネルでやりたい。そうすればヤマトの方に集まった視聴者が私の方に興味持つかもしれないだろ?」

「確かに」


完全に僕を利用する気満々だ。


でも別にそれでもいい。

ハリンさんのモデルを書いたのは僕。

そのモデルがみんなに見てもらえるんだったら、使える駒にでもなんにでもなっていい。


「それじゃあ、ダイレクトメールで参加の表明と配信のやり方、日時を送信しますね」

「よろしく」


話し合って決めたことをメールに打ち込んで、ガーデンランドさんに送信する。

後は書類にサインして、それを送るだけ。


「それにしても、なんで私の住んでいる住所分かったんだ? 保仁が教えた?」

「いえ、僕のもとに届いたのもつい最近ですし、嵐子さんのところにも案件依頼が来ていると言ったのはさっきですので、僕はてっきり嵐子さんのトリッターにダイレクトメールが届いているものかと……」


そう言えばぼくも住所教えてないのに何でバレたんだろう。


と、一瞬思いはしてみたけど、僕の場合は父さんに来夢、義姉さんと情報が出てしまいそうなところが三つもあるから、住所がばれて当然か。


少なくともガーデンランドさんなら悪用することはないと思うからバレても問題はないけど。


「……機会があったら、そのこと聞いてみよ。今はとりあえず書類にサイン書かないとな」

「そうですね」


午後の時間は書類に目を通しながら難しい漢字を調べて、サインを書いて郵便局に書類を持っていった。



そして翌日の昼、僕たちはどうして嵐子さんの住所がばれていた原因と、驚きの事実を知る。


トリッターにてガーデンランドからゲームに関して、7月14日~7月31日の間、毎日配信者によるゲームプレイの生配信が行われることが告知された。


僕とハリンさんの希望はちゃんと通り、7月14日の21時からコラボ配信されることが発表された。


僕と同じ日に配信する人はそこそこいて、ガーデンランド所属の夢見サクラさんは僕たちの前の19時に配信、白狼ウルフさんは7月20日の22時に配信。


一日に最大3、4人が配信することが発表されている。


そんな中で大きな問題は7月31日の一番最後。

つまり今回の案件依頼の大トリとなる人物。


見間違いと思いトリッターを更新して見直しても一切修正されることなく、本人のトリッターを見てもしっかりと告知されていた。


【7月31日22時~ 人気Mytuber獅喰蓮さん】


この名前を見た瞬間、驚きと同時にガーデンランドさんの覚悟を感じた。


もし、他のライバーさんも僕たちと同じ『チャンネル登録者数×3』だった場合、獅喰蓮さんに払う案件料は約……1800万? くらいになる。


もしこれで躓いてしまったら大赤字だと思う。


「これは……失敗できない」


書類と一緒に届いたゲームの内容を再び見直して、配信の手順とこのゲームの魅力を視聴者に伝えるための台本をしっかり考えないと。


「お、お兄ちゃん? あの、非常に言いづらいことがあるんですけど……」


いつもは「ただいま」と言う来夢が今日は何も言わずに申し訳なさそうに僕の部屋に入ってきた。


「来夢お帰り、どうしたの?」

「あの、少しゲームに課金したいんだけど……」

「ん? すればよくない? そのお金は来夢のお金なんだから、僕が何か言う資格はないよ」

「そ、そうなんだけど……。これ以上して良いのかなと思って」

「これ以上って、いったいいくら課金したの?」

「5万くらいかな」

「へー、5万……5まんっ!?」


え、何で5万円も課金してるの!?

って言うか、さっきまで学校に行ってたよね。

朝は元気よく学校に行ってたから、その時は課金してないと思うけど……ということは学校にいるときに5万も!?


「いったい何のゲームに課金したの!?」

「えーっと、『Vtuber育成学園』だけど……」


僕が案件で配信する予定のゲームに妹が5万も課金してるんだがっ!?


「そんなに課金する要素ってあった?」

「うん、ガチャでお兄ちゃんの☆3が当たらないの!」

「僕の星3って、配布されるんじゃなかったっけ?」

「それは100万人突破記念にでしょ! 私が言ってるのはガチャの話。追い課金しようか迷っていた時にサーバーがダウンして、今メンテナンス中だから今は開くことができないけど、メンテナンスが終了したら見せてあげる! お兄ちゃん以外のライバーは全部集めたから!」


見せてもらわなくてもいいけど、そんなに面白いのかな。

まだ評価見てないから何とも言えないけど……。


「あー、モヤモヤする! お兄ちゃん、今日は私が全部するから座ってて」

「あー、うん」


理由はどうあれ、来夢が全部してくれるんだったらおとなしく座っておくとしよう。

その間にトリッターで、ゲームの評判を確認しとこ。


早速、トリッターの検索画面を開くと、トリッターのトレンド1位に『Vtuber育成学園』がランクインしていた。

因みに2位から10位まで『Vtuber育成学園』関連でもちきり状態になっている。


でも、そのおかげで検索しなくて済んだ。


早速検索結果を見てみると、最新のものだとメンテナンス系のトリートが多い。

少し下に行くとメンテナンス前のもののトリートを見つけることができた。


内容はガチャの結果や、ゲームに関しての書き込みなど。


簡潔に言ってしまえば、なかなかの好感触みたい。

まだ、プレイした人が少ないから曖昧だけど、ライバーの動きやイラストは最高とのこと。


ただ、慣れてないというのもあるのか、声に関しては賛否両論で分かれている。


これに関しては仕方ないとしか言えないよね。

だって、僕たちは配信でみんなを魅せるのが仕事であって、声で魅せる声優とは違うんだから。



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