第97話 水無月嵐子2
「ちょっと、説明して! どういうことなの!?」
あー、やっぱり嵐子さんはまだ理解できてない。
いや、できなくても普通だよね。
もし僕の配信を見ていたとしても、今日リアルで初めて会ったんだから声ですぐに分かるわけないし、もしかしたらあまり僕の配信を見てないとしたら、分かるわけがないもん。
「あー、嵐子さん。実は僕、神無月ヤマトという名前でVtuber活動してます」
「……え?」
ヤマトの名前を聞いた瞬間、カップを片手に持った嵐子さんだけの時間が止まった。
ことの発端の獅喰蓮さんに関してはおいしそうにお茶を飲んでいる。
「保仁、Vtuberだったんだ……」
「はい。こう見えて登録者数50万人超えてます」
「知ってる。私、その配信見てたから」
なんだか、嵐子さんの元気がなくなった気が……。
もしかして、嵐子さんって僕のアンチだったのかな?
だとしたら、なんか申し訳ない気分になってくる。
「……ああもう! こうなりゃやけだ!」
「……あの、嵐子さん?」
急に大きな声を出したかと思えばどうしたんだろう。
「あんたが本物のヤマトだって言うんなら聞かせて! 私の活動名が何かわかる? 制限時間は3——」
「雨猫ハリンさんですよね?」
「早い! まだ私話してる途中だったよ!」
「あ、すみません」
「……まぁ、あのヤマトに知ってもらえてるだけで嬉しいけどさ! ……因みにどこらへんで気づいたの?」
「あー、年齢を知ったあたりからうすうすとですね。声が微妙に似てはいてけど、最初見た時は小学生と思ってたので気づきませんでした」
「……今は許す」
本当に、年齢を聞いた瞬間うすうすと気づいて、決定づけたのは片付けをしていた時の嵐子さんの態度。
完全に雨猫ハリンさんのそれだったから気づいた感じかな。
もし、配信での姿が演技で本当はおしとやかな女の子だったりした場合絶対に気づかない自信があったけど、彼女の過去の配信を見るからに演技とかあまり得意じゃない方だろうから演技じゃないってすぐに分かった。
でもまさか、雨猫ハリンさんが僕の家の隣に引っ越してくるとは……。
正直だいぶ驚き。
こんな奇跡があるなんてね。
「僕が本物のヤマトと理解してもらったところで、僕はハリンさんにどのようなアドバイスをすればいいんですか?」
「うん、この子がもっと人気になるためにはどうすればいいのかな?」
「ちょっ! なんでお姉ちゃんが聞くの!?」
「嵐子、絶対にアドバイス受けそうにないもん」
「まぁまぁ」
2人って仲いいんだね。
喧嘩するほど仲がいいって言うし。
それはさておき、
「ハリンさんに人気が出ない理由ですよね。それについては僕も気になってます。絵や台本能力はもっともですが、獅喰蓮さんの妹ってだけで見に来る人は多くてもいいのに、ハリンさんの配信や動画で1000再生数を超えたものがないんですよね」
「それはねぇ——」
「私がお姉ちゃんにVtuberしていることを公表しないでって言ってるの」
獅喰蓮さんが答えようとしたのを、嵐子さんが遮って答えてくれた。
ただ、答えているときの嵐子さんはどこか不満げな様子。
もしかして、獅喰蓮さんが何か関係してくるのかな。
「理由を聞いても?」
「……私の目標はお姉ちゃんを超えること。昔から何かと比較対象にされてきたお姉ちゃんの! だからそんなお姉ちゃんの手を借りるつもりはない!」
「なるほど」
多分相当な覚悟で目標にしてると思う。
僕も兄さんとよく比較されてきたからその気持ちはよく分かる!
まぁ、僕の場合は兄さんに勝てるものがいくつもあったおかげで、兄さんを目標にする気は全くなかったけどね。
でも嵐子さんには多分、獅喰蓮さんに勝てるものがないんだと思う。
じゃなきゃ実の姉を目標になんかしない。
「でもそのせいで名前のスペル間違えちゃったんだよね」
「ちょっ!? それは今関係ないでしょ!!」
「ん? どういうことですか?」
「ハリンって名前は『ハリケーン』から来てるんだけど、嵐子ってば『嵐』を英語で『ハリケーン』って読むと間違えちゃったの」
「違うんですか!?」
「あ、ここにもいたねー。嵐子と同じ子が。『嵐』は英語で『ストーム』だよ」
そ、そうだったんだ……
昔見たアニメの必殺技に嵐とハリケーンが一緒の技名があったから、てっきり同じものだと思ってた。
「僕はハリンって名前可愛いからいいと思いますよ。最初は違和感がありましたけど」
「私も今では気に入ってるから、名前については気にしないで」
「分かりました。では話を戻しますけど、ハリンさんにとって獅喰蓮さんを超えるって言うのはどう意味でですか?」
「それは一つ。お姉ちゃんのチャンネル登録者数を超えるだけよ!」
言いきっちゃったよこの人。
それがどういう意味か本当に分かってるのかな。
「ハリンさんはVtuberの最高チャンネル登録者数って知ってますか?」
「知らない」
「400万近くです」
「……」
「獅喰蓮さん、今のチャンネル登録者数は?」
「確か、この間600万人超えたかな」
「と、いうことです。この差を聞いてどう思いましたか?」
もしここで絶望するくらいなら、僕はなにがなんでも獅喰蓮さんを目標にするのはやめさせる。
雨猫ハリンさんは素人目から見てもわかるくらいゲームの才能があって、同業者が見てもわかるくらい話の才能がある。
そんな人が、でかすぎる目標を前につぶれるのは見たくない!
「保仁、私がこの程度で絶望すると思った?」
「っ!?」
うん。
僕は目の前にいるハリンさんの熱意を見誤ったかもしれない。
多分この人には現在のVtuber最高チャンネル登録者数とかあまり関係ない。
むしろそれがどうした? って感じな気がする。
だったら僕がすることは一つ。
「分かりました。ではコーチング、というわけではありませんけど、僕がハリンさんの配信を見てダメに感じたところをまずは言わせてもらいますね」
この人の気持ちに答えたアドバイスをする。
ただそれだけ。
「私は席外した方がいいかな?」
「僕はどちらでもいいですけど……」
「じゃあお願い。ここからは『打倒! 獅喰蓮対策』だからね」
「私、テレビ見たいんだけどなー」
「じゃあ、僕の部屋に行きましょうか。見せたいものもあるので」
「オッケー。じゃあお姉ちゃん。夜ご飯までには帰ってくるね」
「はーい」
~~~~~~~~~~
僕たちは水無月家を後にして久藤家にある僕の部屋で会議を開くために移動した。
「それで、お姉ちゃんを超えるためには何をすればいいの?」
「そうですね。まず、僕がハリンさんの配信を見てダメだと思ったのは主に二つです」
「覚悟はできてる」
「分かりました。では一つ目、モデルがひどいです」
「うっ!」
これに関しては本人も自覚していたはずなのにダメージを受けている。
だけどこれに関しては言わないといけない。
「Vtuberの配信に見に来る人はどうしてもモデルをメインに見てしまう傾向がありますね。多分否定しても、最低限はこのラインというのはあると思います」
これに関しては僕自身もそう。
僕もハリンさんの最初の配信を見た時、話しやゲームの腕を見るまでチャンネル登録するかを迷ったくらいだもん。
「やっぱり一番はビジュアルですね。最低でもしっかりと動くモデルです! 僕はハリンさんの絵には気持ちが詰まってて好きですけど」
「でも、ダメなんだよね?」
「はい」
まぁ、これに関しては既に解決してると言っても過言じゃないけどね。
問題は二つ目!
これに関してはモデル同行以前の問題!
むしろ、これさえしっかりできていればもう少しチャンネル登録者数は増えていたかもしれない。
「二つ目は台本ですね。ハリンさんはしっかり台本書いてますか?」
「……」
僕が尋ねると同時にハリンさんはすぐに目をそらした。
やっぱり書いてなかったかー。
まぁ、最初の自己紹介動画とか見ると、ところどころ言葉に詰まってたし、途中で話す内容や自身の得意不得意とか迷いながらしゃべってたから、台本作ってないって言うのはうすうす分かってはいたんだけどね。
それに、ゲーム配信に関しては入りのオープニングはないまま、ゲームしながらそれを実況するって言うのがメインだしね。
雑談に関してはたまにゲーム配信の間に入ってくるくらい?
まぁ、そこが雨猫ハリンさんの特徴だけど、それを言ってしまったら終わりだし……。
やっぱり一番は配信するための台本作りと配信者としての心得を教えていかないといけないかな。
「一先ず、モデルに関しては置いておきましょう」
「私もそうして欲しい。今お金ないし」
「あ、お金の問題ではないので大丈夫です」
「ん? じゃあどういう問題なの?」
「第一の問題点として、モデルはあった方がいいですけど今はあれでも問題ありません。一番の問題は台本がないことです。台本があって、しっかり話すことができれば登録者数4人なんてことはなかったと思います」
「うっ!」
「なので、嵐子さんがハリンさんとしてまずしないといけないことは1に台本作成、2に配信者としての心得を学ぶこと。モデルに関してはそのあとでも大丈夫です」
「台本に関しては納得した。でも配信者としての心得って何?」
「それに関しては台本作成能力がある程度できてからにしましょう。でないと話にならないので!」
「な、なんか保仁の方が気合入ってない?」
「そうでしょうか?」
ハリンさんの言う通りかもしれない。
多分今の僕は自分の配信の企画を考える以上に熱が入っていると思う。
でもそんなこと今はどうでもいい。
だってもう決めちゃったもん。
もし、ハリンさんの台本作成能力が上がって、配信者としての心得が見に着いたその時は、僕の作った雨猫ハリンモデル、この子を嵐子さんにあげるって。
「さて、そうと決まれば過去のハリンさんの配信・動画を見直してダメな点を話していきましょう!」
「それってものすごく時間がかかるんじゃ……」
「安心してください。数日間使いますので。それに見返して学ぶことはとてもためになりますから」
その日から、ハリンさんが一人前のVtuberになるための特訓が始まった。
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