第96話 水無月嵐子


……暇。


新衣装お披露目配信が終わった二日後の月曜日。


いつも通り朝に早起きして来夢を見送り、朝の主婦戦争に参加してから洗い物を済ませてたらいつの間にかお昼を過ぎていて、特にやることがなくなってしまった。


雨猫ハリンさんのイラストに関しては昨日のうちにlive2Dまで終わってしまって、後は義姉さんに3Dモデルについて教わるだけ。


つまり、Vtuberとしての配信だけで言ってしまえばすでに実働可能状態!


ただ、ここ最近の開いてる時間にできる作業が終わってしまったのはとても悲しい。


「ピアノは……まだ来夢に使用許可貰ってないし。動画に関していってしまうとすでに一ヶ月分は撮影が終わっちゃってるし……」


外に出ようと思っても、ソファに寝転がるとなかなか動けないから外に行けない。


主婦の人たちってこういう時外に出ておしゃべりや、暇な時間の潰し方知ってるんだろうけど僕、まだ15歳だから、近所の奥さんの暇つぶしがあまり合わないんだよね。


特に話の話題に関してはジェネレーションギャップって言うのかな。全く合う気がしない。


「何かに持つとか届いたりしないかなー」


静かに玄関あたりを眺めていると、室内にインターホンの音が鳴り響く。


もしかして僕のお願い届いたのかな?


インターホンの画面から外を覗いてみると、そこにいたのは配達のお兄さんではなく近所の奥さん……でもない。


セミロングの青い髪の小さな女の子がいた。


画面越しだから実際にはわからないけど、見た感じ小学校高学年当たりの身長かな。


でもこの時間は小学校のはず。

朝来夢を見送るときに、ランドセルをからった小学生の登校班を目にしたから、振替休日というわけでもない。


だとしたら迷子かな?

一先ず用事を聞かないことには何も始まらないよね。


「どちら様でしょうか?」

『あ、実は一昨日の土曜日にお隣に引っ越してきたものなんですけど、今日は挨拶の方にお伺いいたしました』

「分かりました。今行きますね」


小さい子にしてはなかなか礼儀正しい子だね。


それにしても、この声最近聞いたことあるんだけど……気のせいだよね。

うん。彼女がこんなに子供なわけない……はず!?


玄関に向かって扉を開けると、実際に見た感じ140有るか無いかの女の子が紙袋を持って立っていた。


画面越しで見るよりも明らかに小さい。


「こんにちは。お嬢ちゃん1人かな?」

「おじょっ!?」

「ママかパパはいないの?」

「りょ、両親は今、お仕事です!」


こんな小さい子を1人置いて親は仕事なんて、少しひどい気がする。

……いや、もし姉か兄が一緒にいるとしたら両親がお仕事に行っているのも納得できるかも。


「じゃあお兄ちゃんかお姉ちゃんは一緒じゃないの?」

「あ、姉が一人います。今荷物の整理している間に行けと言われました」


なるほど。

お姉さんからしたらこの子は相当優秀なんだろうなぁ。

じゃなきゃ1人でお隣に挨拶に行かせたりするはずがないもん。


「わ、私からも一つ良いですか?」

「うん。どうしたの?」

「き……お兄さん、若いけど学校に行かないの?」

「若いって、君ほどじゃないよ。それに僕、バカで高校受験に失敗したから学校行ってないんだ。君も学校に行かないとお兄さんみたいになっちゃうからね」

「お、お兄さんって何歳なの?」

「15歳だよ」

「へ、へ~!」


なんかこの子怒ってない?

そんなに変なこと言ったかな……?


全く思い当たらないんだけど。


「そういうお嬢さんは何歳なのかな?」

「お兄さんそう言うの最近だとセクハラって言うんだよー」

「そ、そうなんだ」


最近の小学生って年齢聞かれただけでセクハラに感じたりするんだ。

……でも、言われて気づくけど、見知らぬ男性に年齢聞かれたら確かに嫌かも。


最近の小学生はすごいなー。


「ちなみにだけど、私って何歳に見える?」

「セクハラなんじゃ……」

「私が答えていいって言ってるから問題ないの! それで、な・ん・さ・い!?」


なんか少し圧を感じたけど、やっぱり小さい女の子。

その圧が少し可愛い。


「うーん。11歳?」

「残念!」

「そうなんだ。なかなかいい線言ったと思ったんだけどね」

「お兄ちゃんには特別に教えてあげる! 私の年齢はねー、19歳だよ!」

「……僕の耳がおかしくなったのかな? 今19歳って聞こえた気がするんだけど」

「19歳……だよ?」


聞き間違いじゃなかった!

ということは年上!?


全然見えないんですけど。

でも嘘をついている風じゃないし……ということは本当に19歳!?


「それで僕ぅ? お姉さんにまず言わないといけないことがあるんじゃないの?」


何でだろう。

小学生じゃないと分かった瞬間、この人の圧をものすごく感じるようになった。


「しょ、小学生扱いして、すみません」

「それだけ?」

「た、ため口聞いてすみません」

「そして?」

「な、生意気な態度取ってすみません」

「……よろしい」


な、何とか許してもらえた。

これが年上の圧。


配信で他のライバーさんが飛ばしているけど、実際に圧を感じると怖く感じちゃう!


「改めて、お隣に引っ越してきた水無月みなづき嵐子あらしこです。よろしくね」

「僕は久遠保仁って言います。これからよろしくお願いします……ん? 水無月?」


……この苗字の人と会ったことある気がするんだけど。

正確にはゴールデンウィークの時に言ったヴァリアブル・ランドで。


「嵐子ちゃーん! 何してるのー!?」

「あ、お姉ちゃん! もう少し待ってて」


うん。

聞き覚えがある声が聞こえてきた。


この人の声に関しては聞き間違えるはずがない。

実際に会ってるし話したこともある。


「もう、私に片付けを押し付けるなんてって、ヤマトくん?」

「お、お久しぶりです。獅喰蓮さん」


獅喰蓮さん。本名、水無月時雨さん

まさか僕の地元で会うことになるなんて思いもしなかった。


~~~~~~~~~~


「あの、この荷物はどこに置けばいいですか?」

「あ、それはそこのリビングに置いといてくれる?」

「分かりました!」

「あ、保仁! その段ボールには私の下着入ってるから覗いたりしないでよ!」

「覗きません!」


僕は今、水無月家の引っ越しのお手伝いをしている。


何でこんなことになったのかというと、単純に僕が暇だったのと、嵐子さんに強制連行されたから。


最初は獅喰蓮さんが引っ越してきたものかと思ったけど、どうやら獅喰蓮さんは引っ越しのお手伝いで日向に来ただけで、僕の家の隣に住むのはご両親と嵐子さん、その妹さんの4人らしく、獅喰蓮さんは東京で一人暮らしとのこと。


隣に獅喰蓮さんが越してきたと知ったら来夢は喜ぶと思っただけに、少し残念。


ある程度荷物が片付いたので、僕は神無月家でお茶を貰うことになった。


「ふぅ、これで一通り終わったかな? ヤマトくんが来てくれたおかげで思ったよりも早く終わらせることができたよ。ありがと~」

「いえ、気にしないでください。僕も暇だったので体を動かすことができてよかったです」

「お姉ちゃん、さっきから名前呼び間違えてるわよ。こいつの名前は久遠保仁でヤマトじゃない。さっきからヤマトって言ってるせいで何度か神無月ヤマトと間違えそうになっちゃったじゃない」


……そういえば、嵐子さんにはそっちのこと言ってなかった。

まぁいいか。


むしろ、これを機に獅喰蓮さんも保仁って呼んでくれれば、簡単に身バレすることなくなるかもしれないしね。


「そうだ! せっかくなんだし、ヤマトくんから何かアドバイス貰ったら?」


嵐子さんの言うことを無視して、獅喰蓮さんは全く別の話を始めた。


僕はアドバイスの意味が何かある程度わかったけど、嵐子さんはアドバイスの意味理解していないようで、頭を横に傾け意味が解らなそうな表情を浮かべていた。


「アドバイスって何のアドバイス? 本人の前で言うのは悪いと思うけど私、保仁よりは頭いいから受けるようなアドバイスないと思うよ」

「え、でもせっかくなんだから聞いてみたら?」

「だからなんの!?」

「Vtuberでどうやって人気が出るかの」

「はぁ!? なんで私が保仁なんかにそのこと聞かないといけないの!」


分かります。

僕も、知らない相手に対して周りの人に隠しながらやる仕事を、今日知り合った人に聞くことなんてできません。


「大体、私がVtuberしてること保仁に話してなんだけど! なんでばらすの!? 身バレしちゃったじゃん!」


何でかな。

この後の流れが頭の中に流れてくるんだけど。


多分僕、この人に身バレするかも。


「別に問題ないと思うけどなー」

「問題あるよ!」

「え、でもヤマトくんもVtuberしてるんだよ?」

「……は?」

「だったら早めに話しといたほうがいいと思うけど」

「え、……ちょっ」

「ヤマトくんもその方がいいと思うよね?」

「はい。まぁ僕の方はお二人が落ち着いたら話すつもりでしたけど」


本当に、まさかVtuberさんとお隣になるなんて思ってもみなかったよ。

しかも獅喰蓮さんの妹さんなんて、思いつきもしなかった。


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