第89話 キス


「……」


えーっと、状況を整理しよう。

倒れそうになっていた凛音さんを僕が引っ張って、そして二人で一緒にソファの方に倒れ込んだ。


その時に僕と唇と、凛音さんの唇が重なり合った。


それはまぁいい。

いや、よくないんだけど、一先ずこれが僕の血縁者意外とのファーストキスになってしまったのは置いとくとして、凛音さんはどうして目を瞑ったままで離れてくれようとしないんだろう。


かれこれ、キスを初めて5分くらいたってる気がするんだけど……。


しかも、どかそうにも体が完全に乗りかかっている状態だし、両手はなぜか取り押さえられてしまっている。


おかげで最初は動揺しそうになっていたのに今は完全に冷静になっちゃってる。


別に凛音さんとのキスが嫌って言うわけじゃない。

むしろ、憧れの人とキスできるって言うのは嬉しいし、演技をしていた身としてはキスに対しての抵抗なんてちょっとしかない。


まぁ、不意打ちだとドキッてしてしまうけど。


でも流石に長すぎない?


僕もこんなに長い時間キスしたことないんですけど……。


「ぷはっ……はぁ、はぁ」

「……あの、凛音さん?」

「え、あ、ご、ごめんね! ふぁ、ファーストキスだったからもっと味わってたくて!?」

「あ、え、な、ならいいです」


そ、それなら仕方ない……のかな?

よくわかんないけど、とりあえずどいてもらえたから良しとしとこ。


「にしてもファーストキスだったんですね」

「うん。ドラマ出演の時にキスシーンは18歳超えてからって事務所に通してるから」


今まで凛音さんのキスシーンを見たことなかったけどそういう契約してたんだ。

乙女だな~。

……!?


あ、あれ?

今になってだんだんドキドキしてきたんだけど!?


鼓動が早くなるのが分かる。


何だろう。

嬉しいと恥ずかしいって言う感情が混ざり合ったこの感じ……!?


「だからかな。ヤマト君とキスした時もっとしたいって思ったのって」

「え?」

「私、もうすぐ18歳なんだよね」

「あ」


そう言えば凛音さんの誕生日は6月1日。

あと数日で成人を迎えるんだ……。


「だから嬉しかったんだ。好きな人とキスできて! あ、ごめんね。私の事情にヤマト君を巻き込んじゃって!?」

「いえ、むしろ僕も凛音さんの大事なファーストキスを貰うことができて嬉しいです。まぁ、好きな人って言われると少し照れちゃいますけど……」

「うん。私はヤマトくんのこと好きだからね」

「あ、あはは」


今まで『好きです』や『ヤマト様愛してる!』ってコメントで言われたことあるけど、こうして面と向かって言われると少し照れちゃう!


「さてと、なんかキスしたら体が軽い! さっきまでヤマト君と話すのに緊張しちゃってたけど、今はヤマトくんとたくさん話したいよ。早くヤマト君の部屋に行こ!」

「は、はい!」


何だろう。

今の凛音さん、今までドラマやバラエティー番組で見てきたどの凛音さんよりも生き生きしてて最高に可愛い。


僕、部屋に行っても襲われたりしないかな……。


心配ではあるけど、凛音さんを僕の部屋に案内する。

凛音さんは入ってすぐに僕のベッドに腰を掛け横になった。


これは……どういう意図があるんだろう?


ベッドは凛音さんが使っているため、僕は自分の椅子の方に座る。


「はぁ~、ヤマトくんのベッド」

「あの、打合せは……」

「え、あ、そうだね。早速始めようか。配信内容は雑談でいいかな?」

「僕はその方がいいと思います。凛音さんってVtuberとのコラボは今回が初めてですよね?」

「そうだね。Vtuberの方が出られるバラエティー番組には出たことあるけど、こうしてVtuberの配信にお邪魔するのはこれが初めてだよ」

「どうしますか? 普通にリアルの顔で配信にでます? それとも妹の作ってくれたアプリを使ってVtuberとして参加しますか?」

「え、それって新しいアプリ?」

「あれ? サクラ様とのオフコラボで言いませんでしたっけ? 妹がアプリ開発したって」

「言ってたけど、あれって顔認証しただけでVtuberのモデルが出るアプリじゃないの?」


あれ、顔認証さえすればその顔が3DモデルになってVtuberと同じようになるってこと言ってなかったっけ?


言って……なかったね。


今思い出したけど、あのときは来夢が凄いって話になって、そのまま逃げるように配信したんだった。


「えっと、とりあえず試した方が早いのでやってみますか?」

「うん!」


パソコンをつけて、すぐにアプリを起動する。


顔認証で凛音さんの顔を認証して、『登録されてません』って出たら【リアルモデル作成】のボタンを押す。


そこからしばらくの間ダウンロードが始まった。


「こ、これでいいの?」

「はい、妹が言うにはしばらくしたら3Dモデルができるみたいです」

「凄いアプリだね」

「ですよね」


今思うと、あの時一ヶ月で作れることに何の疑問も思わなかった僕が少し恥ずかしい。


10分経たずにダウンロードが終了し、徐々に凛音さんの3Dモデルが作られていく。


そして——。


「これが、私?」

「はい。とても凛音さんです!」


出来たのは凛音さんと瓜二つのモデル体。

再現度の高さに驚愕してしまう。


「少し動かしてみますか?」

「うん」


アプリの調整モードに移動して、凛音さんをカメラの前に座らせる。


凛音さんが横を向くとモデルも同じ方向を向き、上を向くとカメラも同じ方向を向く。

ウインクするとモデルもウインクをして、口を開けるとモデルも口を開けた。


「すごい! すごいよ!? 私Vtuberになってる!」

「ですね。それで配信の時なんですけど……」

「私これでする!」

「分かりました。それじゃあ最高の配信になるように念入りに打合せしましょうか」

「うん!」


~~~~~~~~~~


「ただいまー」


僕と凛音さんが打ち合わせを始めてから1時間が経った頃に誰かが帰ってきた。

声からして来夢かな?


時間は4時前。

水曜日だからもう少し早くに帰ってくると思ったに今日は遅い方かな。


「恋夢ちゃん?」

「はい。学校から帰ってきたみたいです。会いに行きますか?」

「うん!」


打合せをいったん終了して、リビングに向かう。

最近の来夢は帰ってきてからやることは2つ。


1つはリビングにあるソファで横になり休憩する。

もう1つはピアノがある部屋に行き音楽を奏でる。


音がなっていないってことはピアノのある部屋にはいないということ。

ならリビング一択。


「お兄ちゃん? 知らない靴やカバンがあったけど誰か来てるの?」

「うん。2日くらい泊まるみたい」

「ふーん。どんな人?」

「私、みたいな人だよ」

「え?」


凛音さんはうつ伏せになっている来夢の近くでかがみ、声を出す。


僕ではない声に驚いたみたいで来夢はすぐに起き上がった。


「え、嘘……」

「嘘じゃないよ。初めまして、女優をやっている飛鷹凛音です。よろしくね」

「え、あ、はい。……久遠来夢と言います。よろしくお願いします」

「オフの時は来夢ちゃんだね。よろしく」

「は、はい」


流石の来夢でも有名女優が前だと緊張するみたい。


まぁ確かに、来夢の周りには最近有名になってきたVtuberの僕に、声優の兄さんと父さん、大物女優の母さんはいるし、本人は有名シンガーソングライターで、ゴールデンウィーク中には獅喰蓮さんという憧れの人に合うことはできたけど、ドラマやバラエティー番組に出ている人と会うのは初めてなんだよね。


さらに言うと、僕の場合は母さんが帰ってきたのを知ってから凛音さんに会ったから、少し驚いただけで済んだけど、来夢は母さんが帰ってきていること事態知らない。


「ん? 来夢ちゃんどうしたの?」

「あ、すみません! 私、自分の作業があるので部屋に戻りますね!」


来夢は自分の荷物を持ってから2階へと駆け上がっていった。


「もしかして私何かしちゃったかな?」

「いやー、あれは違うと思います。多分、初めての生凛音さんで緊張したんじゃないですか? 僕と一緒にドラマとかたくさん見せていたので」

「そうだと嬉しいかな」

「どうします? 打合せ再開しますか?」

「うーん、1時間くらいしてたからしばらくいいんじゃないかな? 配信って今日じゃないんでしょ?」

「はい」

「なら今日はおしまい! 一緒にゲームしよ!」

「分かりました」


僕たちは打合せを終え、リビングに在ったゲームで楽しく遊んだ。


凛音さんのゲームの腕は僕とあまり変わらなかったため、一方的な展開にはならずに楽しい時間を過ごすことができた。


「ただいま~」


しばらくゲームをしていると今度は母さんの声。

なんだか相当疲れてるみたい。


母さんは両手に袋を持ち、それを食卓においてっぐったりとしながらソファに座ってきた。


「お疲れ様です」

「おかえり母さん。長かったね」

「ええ、数年たってもあの人たち変わらないわね。集まる場所も昔と一緒のままだし、話の長さも昔と一緒くらい。少し話すだけだったのに2時間くらい立ち話しちゃったわー」


え、僕の昔の記憶が正しいと母さんがまだこっちにいるときも、2時間くらい立ち話してたような……。


正月に関しては3時間くらい。


「それで、来夢は帰ってきたの?」

「うん、今2階で自分の作業してるよ」

「ふーん。じゃあお邪魔しちゃ悪いわね」

「あの、撫子さん。あの袋はいったい……」


それは僕も気になってた。

帰ってきたときには持ってなかったのに、なぜかあるし。

買い物に行くにしてもこの近くにある店とは袋が違う。


「ああ、あれね。近所の人に帰ってきた挨拶をしに行ったときにもらったのよ。中には野菜がたくさん。あと主婦戦争で手に入れたお肉を少しね」

「しゅ、主婦戦争?」


ああ、あれか。

僕には最近聞き覚えがあるけどやっぱり凛音さんには聞き覚えがないよね。


「と、いうわけで今日は焼き肉にしましょうか。幸い、保仁も主婦戦争に参加して『お肉お魚大量詰めセット』を買ったみたいだしね!」


うん。しばらく持つと思っていた主婦戦争での戦利品は今日で一気になくなってしまうかもしれない。


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