第88話 初めまして
「うーん、どうしようかな……。ゲームに歌、いやいっそのこと雑談とか? ……本当に何しよう。明日の配信……」
休日が明け、3日たった水曜日。
動画は企画から料理系。
この3日で数本とることができ、あとは編集だけとなっていた。
けれど、配信の内容が思いつかない!
あんまりしてなかったゲーム配信でもいいかもしれないし、歌枠でも問題ない。逆にいつもしている雑談配信でもありと言えばありかもしれないけど……。
この中で一番は歌枠なんだろうけど……実は僕、歌枠に必要な機材何一つ持ってないんだよね。
マイクなら来夢に借りられるから出来はするけど、入力された音のバランスを調整して聞きやすくするためのミキサーや、マイクやギターなどの音をパソコンに取り込んだり、取り込んだ音を再生するオーディオインターフェースとか持ってないんだよね。
マイクがあれば歌枠配信をすることはできるかもしれないけど、音の質は明らかに落ちてしまう。
頑張れば機材があるように音の質を上げることはできるかもしれないけど、機材があった方が完全に便利だから、歌枠をするとしたらその機材を買った後かな。
ゲーム配信に関しては、前回がゲームの案件配信。
でもゲームに関しても何をやろうか決まってないからな~。
それにゲーム配信をするにしても、何をやろうか……。
来夢が持っているゲームは全部『宝命生』作のゲームだけど、ジャンルはバラバラ。
ほのぼのとしたゲームもあれば、アクションゲームにレースゲーム、バトルゲームもある。
この中で有名なのはアイテムをとって競い合うレースゲームと、様々なキャラを使い戦うバトルゲームだけど……実はどっちもあまりうまくないんだよね。
「やっぱりここは安定の雑談配信かな。……せっかくだし今描いている絵を作るのかもいいかもしれない」
今僕が作っているのは新人Vtuber? の雨猫ハリンさん。
デジタルで絵をかいてる途中なんだけど、僕アナログの方が得意だから絶賛苦戦中。
デジタルと違ってなめらかで滑りやすいから、はみ出したりしちゃうんだよね。
それでもあと少しで絵の方は完成しそうなんだけど……。
でも、勝手にハリンさんを配信で描いたりしたら迷惑かもしれないし、流石にダメかな……。
「となるとやっぱり雑談だよね」
サムネはもうあるし話す内容と言えば日曜日に届いたソファとピアノの話や、案件配信の後の話とかいろいろある。
さらに言うと今週の土曜日にある新衣装の話もしたいしね!
やっぱり雑談になりそう。
と、配信の内容が決まったしあとはこの絵を完成させて、ついでに3Dモデルまでやっちゃおうかなって思ってる。
だけど、僕には3Dの技術は身についていない。
そうなると3Dモデルを作るために義姉さんのところに学びに行かないといけない。
勉強でもそうだったけど、学んで何かが身に着けていく感覚ってやっぱり気持ちい!
そうと決まれば、早く絵を完成させよう!
意気込んで絵を描き始めてから数十分立ったころに家のチャイム音が鳴り響く。
来夢が帰ってきたのかな。
でも時間はまだお昼の2時過ぎ、来夢が帰ってくるには時間が早すぎるし、何より来夢なら自分鍵がある。
じゃあ宅配便かな?
でも何も頼んでないしなー。
近所の小学生のいた面の線も考えて少し待っていると再びチャイム音が鳴る。
「はーい!」
もしかしたら本当に宅配便かもしれない。
インターホンをつけると帰ってきたのはまさかの声。
「保仁ー。鍵忘れちゃったから開けてくれる?」
「か、母さん!?」
なぜか母さんの声が!
なんで? 今は仕事中のはずじゃ……。
いや、それよりもなんで宮崎にいるの!?
急いで玄関に向かいカギを開けると確かにそこには母さんの姿があった。
「ただいま」
「お、お帰りなさい。でもどうして……」
「いやー、撮影予定で熊本まで来てたんだけどね、主演の一人が時季外れのインフルエンザにかかって撮影中止。一応私たちの出番全部取り合えちゃったから、金曜日まで休日になったってわけ」
「な、なるほど。だからうちに寄ったと……」
それにしては急すぎるんだけど……。
出来ることなら連絡に1つや2つよこしてほしかった。
「とりあえず、熊本は隣件とは言え山超えないといけなかったから疲れてるでしょ。中に入って」
「そうさせてもらうよ」
「他のスタッフさんたちは?」
「すぐそこにあるホテルに泊まるみたい。さすがに家に押し寄せたら保仁たちの迷惑になるからね」
ならよかった。さすがにたくさんの人をうちに入れる余裕なんてないから。
「あ、でも一人だけお客さんいるけどいい?」
「え、うんいいけど……どこに?」
「すぐそこに。入ってきていいわよ!」
母さんが呼ぶとそこに現れたのは意外な人物。
いや、多分心のどこかで期待していた自分がいた気がする。
母さんのドラマの主演は母さん含めて3人。1人は主人公の俳優。1人は母さん。そしてもう1人はあの人。
さらに言うんだったら、このドラマで重要になってくるのは主人公の俳優さん。
インフルエンザで撮影中止になったんなら主演さんの可能性が高い。
母さんとあの人のどちらかがインフルエンザにかかったとしても撮影は続けられると思うしね。
だからこそ僕は心のどこかで期待していた。
子供のころからのあこがれである人がいるのではないかということに。
「や、ヤマトくん。初めまして! 飛鷹凛音です!!」
「ぼ、僕の方こそは、初めましゅて! 神無月ヤマトこと久遠保仁と言いましゅ!」
この日、僕は生まれて初めて生の飛鷹凛音さんとお会いすることができた。
「2人とも緊張しすぎ。凛音ちゃん、自分のお家と思って遠慮はいらないからね」
「は、はい!」
「保仁、来夢は?」
「今は学校だよ。今日は水曜日だから3時過ぎくらいには帰ってくるんじゃない?」
「じゃあそれまで、ご近所に挨拶してくるわね。保仁、凛音ちゃんのことお願いね。」
「は、はい!」
母さんは言いたいことだけ言って外の方に出ていった。
この時間、ご近所の主婦さんたちは外で長い雑談をしている。
多分帰ってくるのは午後の5時あたりになるかな?
……ということはそれまで凛音さんと二人っきり!?
「そ、それじゃあ行きましょうか」
「う、うん。よろしくね!」
どうしても緊張してしまう。
案内すると言っても、僕の家は普通の一軒家だから案内する場所なんてあまりない。
とりあえず、荷物は廊下の隅に置いてもらいリビングに案内する。
「お、大きなソファだね」
「座ってていいですよ。飲み物準備します」
「それじゃあお言葉に甘えて……」
僕はキッチンで飲み物を準備している間に、凛音さんにソファに座ってもらった。
「す、座り心地いいね。このソファ高かったんじゃない?」
「え、ええ。兄さんに買ってもらったやつなので、200万します」
「200万!?」
凛音さんはいきなりソファから立ち上がり少し距離をとっている。
気持ちはわかる。
僕も何も知らずに座った側なら同じ行動をしたと思う。
いや、僕の場合はそのまま座ってしまった分のお金を払っていたかもしれない。
「そ、そんな高いソファに座れないよ!」
「座ってください。高いと言っても兄さんのお金ですから」
「や、ヤマトくんが言うなら……」
凛音さんは渋々とソファに座ってくれた。
でもどこか落ち着きがない。
やっぱり200万のソファは緊張するのかな?
「そ、それで、どうして今日は我が家に?」
「あ、宮崎に行くことになった時に撫子さんにお願いしたら一言返事で了承してくれて」
か、母さん。
了承するのは別にいいんだけどさ、せめて一言くらい教えてくれてもよかったんじゃないかな?
荷物をホテルに置かずにうちに持ってきたってことは、凛音さんが泊まるのってホテルじゃなくてうちってことだよね!
布団の準備とか全然できてないよ!
「何日くらい泊まるんですか?」
「確か撮影開始が土曜日なのでその前日には熊本に戻るよ」
「じゃあ金曜日まではいるんですね」
「そうなるね……」
……会話が完全に止まってしまった。
やっぱり憧れの人としゃべるのって緊張する!
でもこんな機会ってなかなかないんだよね。
そうだ!
金曜日までいるってことは明日も当然いるってこと!
じゃあ明日の配信に凛音さんと一緒にコラボできないかな?
……でも待って、凛音さんも事務所所属のタレントさん。コラボするには事務所の確認が必要なはず、なら今回は約束を取り付けるだけにしとこ。
「あの——」
「あの!?」
僕の方から声をかけようとしたら、凛音さんと声が被ってしまった。
「お先にいですよ」
「いやいや、私のは大したこと……あるけど、ヤマトくんが先にどうぞ」
「いえいえ、僕のは大したことありませんのでお先にどうぞ」
「じゃあお言葉に甘えて……ヤマトくん。明日の配信だけど私とオフコラボしてください!」
まさかの凛音さんの方からのお誘い。
僕の答えは当然オッケー……だけど。
「あの、僕としては嬉しいんですけど、事務所の方はいいんですか? 勝手に行動しない方が……。凛音さんの評判にもかかわることですし」
「あ、そっちについては大丈夫。事務所には1か月前から、もし私とヤマトくんがコラボすることになったら許可くださいって、言ってあるから。ここに来る途中確認したら、「相手側の了承がもらえたらやっていい」って言われたし。だからどうかな?」
「……なら大丈夫です! 僕も凛音さんと一緒に配信ができるのは嬉しいです!」
となると、今日の配信は何しようかな?
さっきまで雑談するつもりだったけど、せっかくの凛音さんとのオフコラボ。
ただ雑談するだけじゃもったいない!
「それじゃあ凛音さん! 僕の部屋で台本考えましょう!」
「うんって、おわわっ!?」
「あ、危ない!?」
ソファから立ち上がるときに体勢を崩した凛音さんが前に倒れそうになる。
凛音さんの目の前には机が置かれている。
このままだと、机に強打してしまう。
とっさに僕は凛音さんの腕を引っ張って僕の方に体を持ってくる。
チュッ
「……」
「……」
引っ張ったことで、僕が下に凛音さんが上に。
そして、僕たちの唇が重なり合った。
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