第87話 休日


「んっ、んん。……」

「お兄ちゃん、起きた? もう朝の9時過ぎだよ」

「……」


目を開けると、目の前に来夢の顔があった。


わが妹ながらいつ見ても美人の顔立ち。


「起きたんならそろそろ離れてくれない?」

「……?」


どうして僕の横に来夢が……?

離れて?


完全に目が覚め、今の自分の恰好を見ていると僕の両手と両足が来夢の体にがっちりと抱き着いていた。


急いで起き上がって来夢から少し離れる。


「……おはよう」

「おはよう。お兄ちゃん。もう大丈夫?」

「……何が?」

「昨日のやつ。ゆっくり寝ることができたみたいだけど」


昨日の……ああ、あれか。


「もう大丈夫だよ。一日寝れば問題なし!」

「ならよかった。じゃあ私やることあるから部屋に戻るね」

「うん。一緒に寝てくれてありがとね」

「どういたしまして」


来夢はそのまま部屋を出ていった。


さてと、僕も自分の作業をしないとね。

昨日、妹の『神無月恋夢』を配信で紹介したせいで、今日投稿予定の妹予備の部分を差し替えないといけない。


簡単に【撮影日は案件配信前日】って書けば楽に終わるんだろうけど、それだと手抜き勘満載でなんか嫌なんだよね。


だから、僕のセリフのところだけ一からのやり直し!


せっかくだし、もう一回最初から取り直そうかな。

最初のやつがダメってわけじゃないけど、新たに『恋夢ちゃん』呼びすることで違和感がある場所とかあるかもしれないしね!


朝起きてすぐに収録したというのもあってか、声の撮影にはそこまでミスは出なかったけど、編集の方に思った以上に時間がかかってしまった。


単純な音量ミスに挿入ミス、さらに、来夢の声まで消してしまったせいで仕事を無駄に増やしたりした結果、12時過ぎにようやく作業が終わった。


「お兄ちゃん。お昼は?」


一度作業を終え、昼休憩に入った来夢が僕の部屋にやってくる。


すでに部屋着に着替えていて、朝の姿はどこにもない。


「あ、インスタント買ってるからそれにする?」

「えー、週末っていつもそれじゃん。そろそろ飽きないの?」

「僕は毎日だけど全然飽きないよ」

「それはもうおかしいから。でもどうせなら違うの食べたい!」

「じゃあ、冷凍庫の中にチャーハン入ってない? 2つあると思うから一つ食べていいよ」

「分かった! お兄ちゃんの分も作っとくから、とりあえず服、着替えたら?」

「そうさせてもらうね」


今日はどこにも行く予定がないから、無駄な洗濯物が増える気がするけど、来夢も着替えてるし着替えよ。


パジャマを脱いで、1階に降りるとすでに来夢は自分のお皿と僕のお皿にチャーハンをついでレンジで温めていた。


「お兄ちゃんもチャーハンでいいよね?」

「うん。問題ないよ。……来夢はこの後もプログラミングするの?」

「うん。今面白くていい感じだからね。お兄ちゃんは?」

「絵でも描こうかなって思ってる。一昨日暇だったから描き始めたんだけど、なかなか面白くて……」

「ふーん。あ、できたよ」

「ありがと」


その後二人で同じチャーハンを食べながらテレビを見た。


食べ終わって数分したころに、家のチャイムが鳴り響く。


「私が洗い物しとくからお兄ちゃんが出て!」

「はーい」


急いで玄関に行き、スコープから外を覗くと帽子をかぶった男性が数人立っていた。


……あ、ソファとピアノが届くのって今日じゃん!

昨日のことで完全に忘れてたよ……。


「はーい!」

「あ、久藤さんのお宅ですか?」

「はいそうです」

「こちら、ソファとピアノのお届け物なんですが、中に上がってもよろしいでしょうか?」

「大丈夫です! あ、ピアノは玄関からだと入らないので庭に回ってもらってもいいですか?」

「分かりました。ソファの方はこちらの方でお引き取りする予定ですがよろしいでしょうか?」

「問題ありません!」

「では失礼します」


家に上がってきた配達員さんをリビングまで案内してソファを持って行ってもらう。


キッチンで洗い物をしていた来夢は急に知らない人が部屋に入ってきたことに驚いていたけど、ソファを持っていく姿を見て理解したいみたいで、すぐに洗い物を再開した。


そして、ソファが運ばれてすぐに新しいソファが運ばれてくる。


リビングに置かれたのは原型だけで、下に引くクッションは別に渡され自分で置いていかないといけないみたい。


そして次にピアノ。


兄さんの部屋に置く予定だけど、運がいいことに兄さんの部屋は1階。

それも窓を開ければ庭に出ることができる場所に部屋があるため、部屋の窓を全部たり外してから、ピアノを運んでもらう。


「ピアノは真ん中あたりにお願いします」

「かしこまりました。……こちらで問題ないでしょうか?」

「もう少し左側ですね。できればあそこの扉から入ってすぐに座れそうな位置に置いてください」

「分かりました。……こんな感じでしょうか?」

「はい! それでお願いします!」


来夢が学校中にピアノが来てもいいように、何度も何度も置く位置について聞いておいて正解だった。

おかげで、場所を間違えることなく置いてもらえた!


ピアノを運んだあとは取り外した窓をつけて作業終了。


「ではこちらの方にサインをもらってもよろしいでしょうか」

「はい」


サインの枠に『久藤保仁』と書いて配達員さんに渡す。


「ありがとうございます! ではこれで」

「こちらこそありがとうございます!」


配達員さんたちはそのままトラックでどこかに行ってしまう。


あれだけ重労働した後なのに大変そう。

しかも休日に……。


感謝してもしきれないね!


「あ、ピアノ! 届いたの!?」

「うん。置く位置はここでよかった?」

「うん! 部屋の真ん中にしっかり置かれているね! 位置も入ってすぐに座れる場所!」

「念入りに聞いたからね。そうそう間違えないよ。どうする? 弾いてみる?」

「うん! 音も聞いておきたいし、これ弾かないとプログラミングに集中できなさそう! お兄ちゃんも聞く?」

「そうするね」


来夢はそのまま音の確認に入る。


聞いていて問題はなさそう。

来夢も徐々に引くのが楽しくなってきたみたいで、目を瞑りながら自分の作った歌を弾き始めた。


作曲などは今までミニスタジオにあるギターやドラムを作ってやっていたけど、これからは新たにピアノ伴奏の曲も作ることができるとなると、曲のバリエーションが増えそう!


「うん。音に問題はないけどこのままだとピアノで曲作りはまだ出来なさそう」

「どうして?」

「部屋の問題かな。単純に収録に向いていない」

「そっか。今まではスタジオ収録だったもんね……」

「うん。だから今度この部屋改造してもらうかなって思ってる」

「改造って収録部屋に!?」

「もちろん!」


やることが大胆過ぎる。

確かにピアノ伴奏の収録をするならしっかりとした部屋がいいけど、それをまさか部屋丸ごと改造しようとするなんて。


「機材を置くだけじゃダメなの?」

「どうせやるんだったらしっかりした部屋でやりたいからね。お金はあるし今度お母さんに頼んでみようかな」

「これに関しては僕、一切手助けしないからね」

「大丈夫! 完全に私の問題だから!」


ならこの話はこれで終わりかな。


悪魔で来夢の問題だし、説得するのは来夢の仕事。

むしろ僕がしゃしゃり出ようもんなら何言われるか……。


「お兄ちゃんはいいの? ソファ組み立てないで」

「あ! 今から組み立てるね!」


ソファができてるのはあくまでも原型の部分。

マットやシートは僕が敷かないといけない。


段ボールからソファのパーツを取り出し、一つずつ丁寧においていく。

説明書にちゃんと絵が載っているおかげで、難しい文章を読まなくてもしっかりと置くことができた。


「うん! ……大きすぎ」


よくよく考えると、僕はソファの形をよく見ていない。

僕が見たのはあくまでひとり用で、来夢が進めたこともあって何も見ずに大きいのを選んでしまった。


今僕の目の前にあるソファはもちろん横にも長いやつだけど、縦にも長い所謂L字型のソファ。

そりゃ高いわけだよ。


あ、でも座り心地はなかなかいい。


「お兄ちゃん! 組み立て終わったの?」

「うん。なかなかいい座り心地だよ」

「私もいい!?」

「もちろん」


来夢はL字になっている部分に足を延ばしながら座る。


「これはなかなかいいね」

「だよね。もう破いたりものをこぼしたりしないでね」

「するわけないじゃん。子供じゃないんだから」

「だよね」


それからしばらくの間ソファでくつろいだ。


あまりの気持ちよさに時間が過ぎていくのをあまり感じず、気づいたときにはすでに2時を回っていた。


「来夢、もう2時だけどプログラミングはいいの?」

「え、もう!? うう、頭ではしたいのに、体が言うことを聞いてくれない!」

「じゃあ今日くらい休んだら? 毎日してたら体がもたないよ」

「……そうだね。午前中にある程度したし、今の感じだと7月に入る前には何とか終わりそうだから、今日は休もうかな」

「そうしようね~」


そこから僕たちは久しぶりに休日をだらだらと過ごした。


特に来夢に至っては久しぶりにだらだら過ごしたんじゃないかな。

今まではプログラミングや作曲で忙しそうだったし。


「今日の晩御飯どうする?」

「お肉がもう少し残ってるから、今日全部使い切ろうか」

「は~い」


のんびりと過ごしていると僕のスマホの着信音が鳴り始める。

相手はヤク姉さんから。


昨日の件かな?


「もしもし」

『あ、ヤス君、昨日の配信見たよ! ずーっと逃げ回ってたよね!』

「え、あ、すみません。しっかりと内容を配信できませんでした」

『気にしなくていいよ! ちゃんと一問は配信画面で解いてくれたし、何よりいい驚きっぷりだったしね!』


ヤク姉さんも満足してくれてるのかな?

ならよかった。


「もし次の機会があればその時はホラー以外でお願いします」

『はいはい。で、お金の話なんだけど前約束通り『チャンネル登録者数×3』で問題ない? 当然、配信日の登録者数ね』

「え、でもそれだと100万超えるんじゃ……」

『良いの良いの、盛り上がってくれたしね。それじゃあ口座振り込んどくね!』


それだけ言われて通話は切れた。

本当に、自由な人だな……。



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