第85話 神無月恋夢


出来ることなら、この日は来ないでほしかった。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「その、パッケージは可愛いけど本当にホラーゲームなんだよね?」


来夢が見せてきたゲームのパッケージは可愛いキャラが載っており、ホラーゲームとは程遠い感じがした。


「ホラーゲームだよ。後ろ見ればわかると思うけど」


裏面を見せられ僕はホラーゲームだ、と納得してしまう。


さっきまでの可愛いパッケージが一瞬にして暗い絵柄になってしまった。


裏面には商品の説明と、ストーリーの切り抜きが載っている。

その切り抜きには幽霊らしきものが写っているし、血の付いたナイフに白骨死体。


完全にパッケージ詐欺をしている。


ストーリーレベルなるものも存在するみたいで、お子様向けから『イージー』『ノーマル』『ハード』『ゴッド』とある。


難易度によってストーリーのレベルも変わるみたいで、それぞれに制限時間があり制限時間内にゴールすればクリア。できなけれべゲームオーバー。


「あ、なんか紙が入ってた。『宝命生』の社長さんからだって」

「ヤク姉さんから?」

「うん。『ヤス君、ライちゃんへ ヤス君お元気ですか? ライちゃんは始めまして。ヤクお姉さんだよ~! 叔母さんじゃないよ、お姉さん! 間違えたらどうなっても知らないからね。まぁ、前置きはここらへんにして、さっそく本題に入るけど案件のゲームソフトを発送したけどはいってるよね。そのゲームは難易度がいくつかあるんだけど、二人は『ノーマル』の難易度でプレイしてください。制限時間は1時間だからちょうどいいと思うよ。それじゃあ配信楽しみにしてるね~』。なんか軽い人だね。社長って言うからもっと厳しい人かと思ってた」

「母さんとはそこまで仲良くないみたい。あと、叔母さんって言ったら本気で怒るから気を付けてね!」

「うん」


来夢からゲームを受け取り裏面の方を見る。

今は静止画面だから慣れれば何ともないけど、これが動くと考えるとおぞましい!


一応数人でプレイできるゲームみたいで、内容としては『肝試し』のそれに近い。

学校や廃墟などのステージが選べ、制限時間内にステージから外に出ることができればクリア。


いろんな場所にヒントやミッションがありそれらをクリアするとボーナスがつくようで、別にそれらをクリアしなくてもクリアできるみたい。


裏面を見るだけでも普通に怖い。


「お兄ちゃん。そんなマジマジ見ても配信することに変わりはないよ」

「分かってる。分かってるけど怖いもんは仕方ないじゃん!」

「そうやって怖がってるからヤクお姉さんはお兄ちゃんにこの案件を頼んだんじゃない?」

「どういうこと?」

「だって、怖がる人の反応でどれだけ怖いかがわかるじゃん」

「な、なるほど……」


よし、今後案件がもらえることがあったとしてもホラー系だけは絶対に断ろ!


「そんなことより、配信は明日で今日は編集するんでしょ?」

「うん。そのつもりだよ」

「じゃあお風呂入ってくるからお兄ちゃんは洗い物済ませてて」

「はーい」


お風呂に洗濯、洗い物を済ませ、来夢と一緒に編集をしてから僕たちは眠りに入った。


~~~~~~~~~~


そして、配信日当日。


「お兄ちゃん。なんでホラー配信なのにお昼にするの?」

「ほ、ホラーだから! さすがに夜にはできないよ!」

「でも、怖さが足りなくない?」

「大丈夫だよ! 怖さなんていらない!」


夜なんかにしたら、配信が終わった後に絶対に寝れないし、一人でトイレに行く勇気すらわかないと思う。


「……じゃあカーテン全部閉めるけどいいよね?」

「えっ!? なんで?」

「雰囲気が大事なの。視力低下を防ぐために部屋は明るくしてゲームをするとはいえ、外から入る光はできるだけ遮断しないと」

「よ、夜じゃないだけまだましか……」

「というわけでカーテン全部閉めるね!」


来夢はすぐさま僕の部屋のカーテンを全部締め切った。


カーテンを閉めたとはいえ今はまだ昼、太陽の光がカーテン越しに部屋に入ってくるけど、流石に電気をつけないと暗く感じる。


「それでお兄ちゃん。ここからが問題なんだけど、私の呼び方どうする?」

「呼び方?」

「うん。私の場合はもうヤマトって呼ぶとして、お兄ちゃんは私のことを妹って呼ぶわけにもいかないでしょ」

「え、別にいいと思うけど……」

「いやいや、妹って呼ばれ続けるのはさすがにね。変な感じがする」


確かに、僕も兄さんに弟って呼ばれ続けたら変な感じが……特にしないけど、ちょっと気持ち悪い。


「じゃあどうするの? 来夢って直接言うと流石にリスナーは勘づくと思うけど……」

「あー! こういう時顔出ししてないことに後悔する!」

「他のVtuberで兄弟姉妹がいるライバーさんたちはお姉ちゃんや妹ちゃんって呼んでるけど……」

「よそはよそ、家は家だよ。お兄ちゃんって『来』と『夢』って感じどっちが好き?」

「何急に……」

「答えて!」

「ゆ、『夢』です!」

「分かった!」


来夢は急にスマホをいじりだした。

一体何だったんだろう……。


「それにしても少しくらいから部屋の電気つけるね」

「うん。……あ、これいいかも!」

「何が?」

「私の配信での呼び方。恋と夢で『恋夢ここみ』。名前検索サイトで調べてたらいいのが出てきたの。これ可愛くない?」

「ここみ……来夢感は全くないけど、来夢っぽさが少し残ってる、かな? 僕はいいと思うよ」

「じゃあ、まず最初に私の名前の紹介からね。一応偽名であることは話すとして、お兄ちゃんの妹ってことはみんな知ってるから『神無月恋夢』で大丈夫かな?」

「問題ないと思うよ」


なんやかんやですぐに決まっていく。


配信予定時間は1時から。

今は12時半だからあと30分。


「お兄ちゃん、台本で来てる?」

「うん。と言っても打合せしたのもあってそこそこ変わってくると思うけど」

「私が確認しながら書き直していくね」

「お願い」


配信前だというのに大忙し。

来夢が台本の書き直しをしている間に、僕は昨日の動画の編集やり直し。


昨日までは来夢を『妹ちゃん』と言ってたけど、名前も決まったことで『妹』から『恋夢』に変えないといけなくなった。

テロップも同じように書き直し。


「お兄ちゃん。もうすぐで時間だから台本覚えて」

「はーい」


編集は終わらなかったけど、テロップの部分はある程度片付けることができた。

あとは僕の声の部分だけ。


明日もあるし時間的にも余裕かな。


「それじゃあ配信始めようか」

「うん!」


すでに来夢も人前モード。

準備万端みたい!


***


『ご主人様、いらっしゃいませ。あなたの執事、神無月ヤマトです。今日も僕の配信を見に来てくれてありがとうございます。そして……』

『ヤマトの妹でーす! ご主人様! 今日はよろしくお願いします!』



きちゃぁーーーー!

妹ちゃん!

待ってました!

このためだけに今日はいた!



うん。

あいさつの後にあるいつものコメントが今日は見えない。


それだけみんなが妹に夢中ってことだよね。

なんか嬉しいような悲しいような……。


『早速だけど、今日は妹ちゃんの名前を公開したいと思います!』



え、大丈夫?

俺たちは知ることができるだけでいいけど……

本名公開?

流石にそれはないだろ……。



『あはは、流石に本名は公開しないよ~。あくまで、ヤマトの配信で出るときの呼び名みたいな感じかな?』

『そうなりますね。では、妹ちゃんの名前は『神無月恋夢』です! 妹ちゃん改め恋夢ちゃん、よろしくお願いします』

『はい、神無月恋夢です! ご主人様、今後は恋夢ちゃんて呼んでくださいね。因みに文字はこんな感じです!』


僕の横に義姉さんに急ピッチで書いてもらった絵と『恋夢』という文字を出す。


『はい。『恋』に『夢』と書いて『恋夢ここみ』です!』



ココちゃん!

ここみちゃん!

オレの恋夢!

僕の恋夢だ!



『僕の恋夢ちゃんです!』



お、ヤマトも参戦か?

シスコン?

いつものヤマトのくだり……



こういうの一回参加してみたかったんだよね。

まさかできるとは思ってなかったけど!


『ヤマト、そろそろ……』

『あ、そうですね。では今日は前々からお話ししていた、案件配信に行きたいと思います! 恋夢ちゃん、お願いします!』


配信画面から一瞬でゲーム画面へと切り替わる。


メイン画面は明るい感じの画面で、これなら問題なく見ることができる。


『今日のゲーム配信は『宝命生』産のホラーゲーム、『モエモエ肝試し!』です』

『私もヤマトもこのゲームはしたことないんだよね。因みに私はホラーとかは全然平気な方だよ!』

『僕は、全然だめです。そもそも余裕だったら恋夢ちゃんと一緒に配信せずに僕一人でしてます』


こんなに可愛い画面がホラーゲームになるなんて全然想像できない……。


『今回は難易度『ノーマル』の二人プレイで配信時間は1時間という風になってますので、早速始めて行きたいと思います』

『うん。説明お疲れ様、だけど、まだ始まってないから私の服はまだ握らないでね』

『ご、ごめんね』



え、もう?

こんなに可愛い画面なのに……。

これは新しいヤマト様がみられそうな予感!

可愛い……



『それじゃあまずは人数設定、次に難易度選択。ステージは……何か言われてましたっけ?』

『言われてなかったと思うからどこでもいいんじゃない?』

『じゃ、じゃあ学校で。これで大丈夫ですね』

『うん。それじゃあさっそくスタートしようか!』

『わ、分かりました。ではスタート!』


スタートボタンを押すと、明るい画面から一気に暗い画面へと切り替わる。


『あ、あの、もう怖いです』

『まだ暗いだけだよ。ヤマトくらいの好きでしょ?』

『好きですけど、雰囲気が——』

【ばあぁぁぁぁぁ!】

『きゃああああああああ!?!?!?』


案件配信ゲーム配信は僕の大きな悲鳴からスタートした。

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