初めてなようで初めてじゃない
第84話 手料理寿司
2度目の凸待ちを終えた翌日。
平日だというのに真昼間からソファの上でゴロゴロしていた。
よく考えると、このソファとももうすぐでお別れなんだよね。
ゴールデンウィークの時に買った荷物はほとんど届いたけど、未だに届いていないのは『レイン・ヴァン・ロード』で買ったピアノとソファのみ。
今日の朝、軽く兄さんに聞いてみたところ日曜日に届くようにしたと返事が返ってきた。
つまり、今僕が使っているソファとはあと3日ほどの付き合いになる……3日で合ってるよね?
まぁ、このソファもところどころ破れてるし、破れているところからスポンジみたいなのが飛び出しちゃってる。
小さいころから使ってるから、少し寂しい気持ちもあるんだよね。
あ、小さいころに来夢がこぼしたジュースのシミもある。
新しく来るソファは200万もするやつなんだから大切に使わないとね!
「朝に買い物は済ませちゃったし、今日作ろうと思ってるものも決まってる。下処理も午前中に終わらせたし、料理動画を撮ろうにも、せっかくなら来夢の目の前で作ってあげたい。……うん。やること特にないかな!」
本当にやることがない。
自宅警備員をしている人も常にこんな感じなのかな。
今すぎて逆に何かしたい気分になる。
いや、こういう暇な時間こそ有効に生かしていかないと!
ここは、人気Vtuberの配信を見て勉強……いや、たまには僕と同じ新人Vtuberの配信を見て、『神無月ヤマト』との差別化をしようかな。
良くも悪くも、今の僕は僕と同時期に活動を始めた個人勢のVtuberを全然知らないし。
そうと決まれば急いでMytubeを開き『新人Vtuber』で調べる。
すると一番上に出てきたのは僕やガーデンランド5期生たち。
それもそうか。
僕も5期生の方々も新人なんだしそりゃ出てくるよね。
「確かMytubeには動画の並びを変える機能があったよね。確か詳細のところに……あった! これだ」
詳細のボタンを押して『関連度順』から『アップロード日』に設定を変える。
更に、『新人Vtuber』だけど切り抜きも出てくるので、後ろに空白を開けて『配信』と打ち込む。
すると切り抜きの数は一気に減り、長時間続く動画だけが残った。
「あ、ウルフさん。昨日僕と同じ時間に配信かぶってたんだ」
てっきり来るものだと思ってたけど、かぶっちゃってたんなら仕方ないよね。
それにしてもなかなか個人勢の新人さん現れてくれないな。
日付は1日もたっていないのに、出てくるは『ガーデンランド』や『ごろろっく』と言った大手の新人さんにそこまで大きくはないものの有名な企業勢。
個人勢は僕しか見かけてない。
もう少し下に進むと、ようやく個人勢で新人のVtuberを見つけた。
と言っても、視聴回数はたったの数人。
名前は雨(あめ)猫(ねこ)ハリン
サムネにはモデルがあるけど、お世辞にもうまい絵とは言えない。
よくて、高校生の落書き。
配信を見てみてもモデルは全く動いてない。
けど、ゲームはうまい。そして話す内容はなかなかに興味を惹かれる。
声からして女性だった。
喋り方は少し生意気な女の子
けれど、待機画面を含めて背景などはなかなかいいとは言えない。
なんせ、配信画面のフリー素材すら使っていないただの真っ白な背景にモデルがいる。
チャンネルを開いてみると、登録者数はたったの3人
活動開始時期は……僕よりも少し遅いくらいかな。
だけど気になるのはどうしてか、新人Vtuberは僕と雨猫ハリンさんしかいないこと。
僕よりも前に活動している人は何人かいたけど、ここ最近は活動していない。
どうしてなんだろう……
~~~~~~~~~~
「それはお兄ちゃんのせいでしょ」
「僕のせい?」
来夢が帰ってきて、昼に思ったことを話してみるとなぜか新人Vtuberがいないことを僕のせいにされてしまった。
解せん!
「お兄ちゃんが活動を始めた当初はその時期に活動を始めたVtuberはそこそこいたよ。私見てたから」
「じゃあなんで今はいないの?」
「そこまでは分からないけど、多分辞めたんじゃない? 圧倒的な存在を目の前に」
「え、そんな存在いるの?」
「鈍感って恐ろしいよね。ならはっきり言ってあげる。みんなお兄ちゃんの存在を見て活動辞めたんだよ」
え、なんで?
僕の存在で活動をやめるって、どうして?
「私たち家族は兄さんがどんな人か知ってるから、兄さんの才能を前に打ち砕かれたりはしないけど、赤の他人は兄さんの才能を前に打ち砕かれやすいの。スポーツ選手とかでよくあるでしょ。こいつにはどれだけ頑張っても一生勝てないから俺はプロを諦めるってやつ」
「確かにテレビとかでたまにあるけど……」
「それが今起こってるってわけ。別にお兄ちゃんは悪くないよ。でも、それが原因でやめちゃった人もいるってわけ」
「うん。分かってるよ」
少し思うところはあるけど、別に落ち込んだりはしない。
覚めた言い方をしてしまえば、やめていった人たちは赤の他人なんだし、僕にはあまり関係ない。
それに、僕はそんな過酷な世界なのに折れずにいる人を今日が知ることができた。
雨猫ハリンさん。
絵や配信画面は残念だけど、この人はゲームがうまい。
あと話し方。
今日のお昼も配信していたみたい。
見に来ていた人は数人でコメントには『ゲームはうまいけど絵がひどい』や『はたしてこれはVtuberと言ってもいいのか?』などのコメントがあったけど、それにも負けずに配信していた。
チャンネル登録はしなかったけど、この子の絵を僕なりにVtuberのモデルとして描いてみたいと思ったし、今日のお昼はそれのおかげでつぶすことができた。
多分しばらくの間はこの絵を描くので暇な時間をつぶすことができそう!
雨猫ハリンさん、あなたは僕の救世主です!
「それで、お兄ちゃん。今日の晩御飯、分かってるよね?」
「もちのろん。魚料理でしょ。だから下準備はできてるよ。すぐにできるけど今すぐ食べる?」
「うん!」
「じゃあちょっと待っててね」
ラップをかけていた醤油とへら、引き出しからまな板と包丁、冷蔵庫の中から生魚とお皿、そしてシャリを取り出して台所に置く。
カメラの準備も設置するだけで終わった。
しっかりと手を洗って、頭に鉢巻をまけば準備万端!
魚の種類はかなりあるから、飽きることはないよね!
「お、お兄ちゃん! 何作る気?」
「何って見てわからない?」
「魚料理ってことは分かるけど……」
「だから魚料理だよ。それじゃあ配信始めるね! あ、今回は後で声たしすることにしたから普通にしゃべっていいよ」
「う、うん」
今日はライムの感想をじかに聞きたい。
だから、今回の動画は感想に関しては後で来夢にも手伝ってもらうつもり。
「とりあえず、何から食べたい?」
「な、何があるの?」
「マグロにタコ、イカ、はまちなどいろいろ。因みにサーモンはダメ!」
「私サーモン食べられないから大丈夫。じゃあマグロで」
「へい、少々お待ちを!」
まな板にマグロのブロックを置いて包丁で斜めに切っていく。
2枚ほど切ったらシャリを両手で握ってマグロをその上にのせてから、小さく切り込みを入れ、その上に醤油ダレを塗り、さらに乗せる。
「へい、マグロお待ち!」
来夢の前に出てきたのは、手作りではあるけどしっかりとしたお寿司。
そう、今日の撮ることにした料理はお寿司の動画。
一昨日来夢に言われたときに、作ってみようかなと思い作ることにした。
因みに今日も朝にセールがやっていて、月曜日とまではいかないけどお魚4割セールをしていたので、お魚ブロック詰め合わせセットを買ったから、たくさん品目はある。
「お兄ちゃん。最高!」
「本当に!?」
「うん! 回転ずしよりおいしいよ!」
「ならよかった。初めて握ったから心配だったんだよね」
一応、動画は何度か見てはいたけど、見様見真似だったので、味の方が少し心配だったけど、喜んでもらえてよかった。
でも、目の前で寿司を握ると、一つ問題点がある。
それは僕が一緒に食べることができないこと。
だけど今はいいかな。
来夢がおいしそうに僕の握ったお寿司を食べてくれてるから。
「次はイカとタコ。あ、はまちも食べてみたい!」
「そんな一気に作れないから、一つずつ注文して!」
「じゃあマグロで!」
「イカかタコじゃないんかい!」
イカやタコに関しては食べられる部分だけをカットして入れられていたので、あまり食べられないところを意識することなく切ることができた。
歯ごたえがどうかは分からないけど、口に入れた来夢はおいしそうに食べてくれている。
しばらく、来夢の注文を聞き僕が握っていると、数分立ったころには来夢の箸の進みが遅くなり、そして……。
「も、もう食べられないよ。ごちそうさまでした!」
ネタの半分以上を来夢に食べられてしまった。
残っているのはサーモンと他のネタが少々。
後シャリがご飯数杯分。
「お兄ちゃんも自分で握って食べるの?」
「うーん、それでもいいんだけど僕の口に含んだ手を動画に乗せるのはちょっと……だから丼ものにするよ。来夢、カメラを僕の手元に移してくれる」
「うん!」
まずはサーモンを含め残ったネタを綺麗に切り分ける。
そしてお茶碗を2つ用意し、両方にご飯を均等に注ぐ。
その両方にサーモンを乗せるけど、片方にはマグロやはまちと言った残ったネタを乗せ海鮮丼。
もう片方は冷蔵庫から今日買っておいたイクラを乗せてサーモンといくらの親子海鮮丼。
その上に醤油をかけて、海鮮丼の完成!
「お、おいしそう! でもお腹いっぱい!」
「これはダメだよ。僕の晩御飯だから!」
普通のお寿司だと腹いっぱいに満足するためにたくさん食べちゃうけど、海鮮丼なら大丈夫! なはず。
「いただきます」
箸で酢飯をつかみ口に運ぶ。
「……うまい!」
「だよね!」
そこから箸が止まることはなく、20分もたったころには両方のどんぶりが殻になっていた。
「ごちそうさまでした」
「で、お兄ちゃん。どうだった?」
「……最高!」
「だよね!」
来夢も喜んでくれたみたいでよかった。
まぁ、明日からまた肉の生活だけど。
撮影を終了し、食器を片付け終えた時家のチャイムが鳴る。
「来夢、出てくれる?」
「はーい」
しばらくすると、家の鍵が締まり小包をもってリビングに戻ってきた。
「お兄ちゃん。届いたよ」
「なにが」
来夢は不敵に笑い小包を雑に開けてから中に入っていたものを見せてきた。
それは、僕が最も嫌いなものの一つ
「ホラーゲーム!」
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