第73話 最終日

兄さんがお金を払ってから、僕たちは『レイン・ヴァン・ロード』を後にした。


店を出てから兄さんに今回の合計金額を聞いてみると、僕と来夢合わせて約350万円も使ったとのこと。


来夢のピアノが150万円だから、僕のソファは200万円ということになる。


僕は人生一番の買い物をしてしまった。


今後は兄さんに感謝して大事に使わないといけない。


収益で入った分のお金を少し兄さんにあげようかと相談してみたけど、兄さんは昔ヤクお姉さんの会社のCMに出たことがあるみたいで、その時入ったお金がざっと1000万円残っていたみたいだから、大丈夫みたい。


どういうジャンルのCMに出たかは教えてくれはしたけど、出たCMの数だけは教えてくれなかった。


「まさかたったの1日で400万近く飛んでいくとは……。さすがに想定外なんだけど」

「いちろーお兄ちゃん、買ってくれてありがとね!」

「ま、まぁもともと、買ってやるつもりだったし何も問題ないけどな!」

「兄さん。無理してない?」

「なんのことかな!?」


まぁ、まだ600万円近く残っているとはいえ、400万なんて普通に考えたら1日で使う大金じゃないよね。


今後はもう少し兄さんにやさしくしてあげよう。


「1000万円持ってたくせに器の小さい男」

「来夢……」


まぁ来夢はいつも通り兄さんに接するみたいだけど、今日だけは感謝しているのかな。

さっきも兄さんのことを「お兄ちゃん」って呼んでたし、悪口に関しては兄さんに聞こえないように言ってるみたいだし。


「あとは帰るだけだけど、他に行きたいところはあるか?」

「僕はいいかな。このままここにいたらお金の価値観がくるっちゃいそう」

「私も大丈夫。これ以上どこかに行ったら多分いちろーの銀行通帳からにしちゃいそう。さすがにそれは可哀そうだからこの辺で許してあげる」

「んじゃ帰るか。帰ったら宮崎に帰る準備しとけよ」


あー、明日帰らないといけないんだ。

帰れるのは嬉しいんだけど、あと半日で帰る準備しないといけないって言うのが大変そう。


「そういえばお兄ちゃん。スカウトの件の返事はもうしたの?」

「うん。さっき休んでいるときにね。良い話だったけど、やっぱり宮崎の方が気は落ち着くし、もう少し一人で活動していたいからね」

「そうか。まぁ保仁のやりたいようにすればいいんじゃないか? 俺や来夢もそうしてるわけだしな」

「一緒なのは癪だけど、いちろーの言う通り私もだいぶやりたいようにさせてもっらてるからね」

「父さんにも似たようなこと言われたよ」


こう見ると、やっぱり家族なんだなって思う。

兄さんも来夢も、そして今は僕もやりたいことをやって生活しているしそれで満足気味。


「先に清算しとくから車に乗っとけ」

「はーい」


兄さんにカギをもらって、車に乗り込み清算が終わるのを待つ。


「来夢、東京は楽しかった?」

「うん。ものすごく!!」

「もし来夢は東京に住めるなら東京に住みたいか?」

「お兄ちゃんがそんな質問してくるなんて珍しいね。どうしたの?」

「いや、ただ気になってな」


本当に気になっただけ。

来夢はこれまで僕にばったりだったわけだけど、もうそろそろ兄離れをする時期かもしれない。


高校もまだ決めてないみたいだし、幸い東京にも僕たちの第二の家は存在する。


来夢が東京の学校に行きたいとっても問題はないんだけど、もしそうならこの1年は来夢にとって楽しい1年間にしてあげたい。


「……行かないよ、東京の高校には」

「え? 僕そんなこと言ってないよ」

「言ってなくても顔に書いてるの。言っとくけど私はお兄ちゃんとすぐに離れるつもりないから」

「じゃあ僕抜きで東京に住みたいと思う?」

「全然。確かに東京はいいとこだけど来るのはたまにでいいかな。宮崎の方が静かだし、東京に毎日いたって飽きるだけだと思う。だったら宮崎からたまに東京に行く方が絶対に良いじゃん」


僕が思っているよりも来夢はしっかりしている。

無駄な気遣いだったかな。


宮崎が好きって言うところは僕に似ているかもしれ——。


「と、いうことで次はいつ東京に行こうか!」

「……え?」

「次の長期休暇は夏休みだよね。お兄ちゃんは毎日が夏休みみたいなものだし、予定を合わせるなら私の予定の方だね」

「ちょちょちょ! なんで夏も行くことになってるの!?」

「え、休みだからに決まってるじゃん」

「東京に行くのはたまにでいいって言ってたよね!」

「うん。だから夏休みに行くんだよ」


全然僕に似てない。

僕は今回だけで十分満足なのに来夢はまだ東京旅行をしようとしている。


しかも今度は夏休みの全部を使って……。


普通なら長くても4泊5日とかだよね。

何で夏休みのほとんどを使おうと思ってんの!?


これはどうやら、夏も東京に行くことが確定してしまいそうだ。


来夢が隣で次の東京旅行の計画を立てている間に、兄さんは清算を終え車に乗ってきた。


「ふぅ、思ったよりも金取られたな。……来夢は何してんだ?」

「次の東京旅行の計画」

「また来んのか! もうブランド店なんていかねぇからな!」

「別にブランド店に行きたいから来るわけじゃないし。東京が楽しいから行くだけだし!」

「そうか。ならいい」

「まぁ、いちろーには奢ってもらうつもりだけどね」

「そこは変わらねぇのかよ!」


来夢が兄さんに何もおごってもらわないなんてこと、天変地異? が起こっても絶対にありえないよね。


それにしてもまた東京旅行か。


正直今週だけで遊びつくした感が強いんだよね。


いろんなところに行ったし、たくさん遊んだ。

いろんな人との出会いもあったし、多分人生で一番濃いゴールデンウィークだったんじゃないかな。


「保仁。東京はどうだった? 楽しかったか?」

「うん。楽しかったよ」

「じゃあ、東京は好きになれたか」

「うん。生活したいとまでは言わないけど、たまになら東京に遊びに行ってもいいかなって思えるくらい好きになったよ」

「そうか、ならいい」


家に帰りついたとき、時間は既に4時を回っており僕と来夢は明日帰る準備をして、来夢に関しては新しく買ったパソコンを宅配するために、母さんと一緒に出掛けた。


「ヤス、洗濯もの干してるけどコインランドリーで乾燥させるか?」

「お願いします!」

「じゃあ今から行ってくるな!」

「保仁くん。今日買ったサクラちゃんのグッズ、多分飛行機で持っていけないと思うけどどうするの~?」

「マジですか。……ならパソコンと一緒に送ってもらいましょう。母さんに送るのを待つように連絡します」

「りょうか~い。一郎くん、車出せる~?」

「一緒にドライブ?」

「そうだよ~。これをお義母さんたちのところまでね~」

「了解!」


帰ってきてからずーっとこの状態。

明日帰る準備が済んでいない僕と来夢は、急いで準備をしている。


母さんや兄さんたちも手伝ってくれているおかげで、夜までには終わりそう。


「母さん。今兄さんたちがそっちに向かってるんだけど、他にも家に送りたいものがあるから待ってくれる?」

『分かったわ。なるべく急いでね』


僕の荷物が思ったよりも多く、霧江さんに買ってもらった同人誌やカードファイルに、メイドカフェで取ったチェキ。

ヴァリアブル・ランドでもらったギャイ先生のサイン。


どれも大切なものだから傷つけないように入れないと!

洋服を梱包材代わりにして入れよー。


「ヤス、帰ったぞ」

「ありがとうございます」


父さんから洗濯物を受け取りカバンの中に詰める。


「明日着る服はあるのか?」

「えーっと、今日干したやつは……」

「昨日家にいなかったんだからほしてないぞ」

「……今乾燥してもらったやつを着ます」

「今来てる服はどうする?」

「帰って洗濯するつもりです」

「じゃあ早く着替えないとな。行く前に風呂入れといたから入ってこい。その間にお前の洗濯物詰めとくから」

「ありがとうございます」


父さんの言葉に甘え先に風呂に入ることにした。



「ただいまー!」


体を洗い、のんびりとお湯につかっているとなぜか来夢の声が聞こえた。


おかしい。

先に帰ってくるのは兄さんと義姉さんのはずなのに、なんで来夢が……。

もしかして、来夢も帰る準備があるから母さんが先に帰したのかな。


「ただいま」

「おかえり! 今ヤスがお風呂に入っているからライもこの後は入りなさい」

「そうね、洗濯物もカバンの中に入れないといけないだろうし、その間の片づけは私と父さんでやっておくわね」

「それじゃあお母さんとお父さんに甘えちゃうね」


先に帰ってきたのは母さんだったみたい。

じゃあ兄さんたちはどうしたんだろう。


「保仁。準備があるんだから早めに上がりなさいね」

「今上がる!」


風呂から上がると、入れ違うように来夢が浴室にやってきた。


「来夢、兄さんたちは?」

「しばらくお義姉ちゃんと会えなくなるから、デートして帰ってくるみたい」

「そっか。帰りの準備あるから早くね」

「私、お兄ちゃんみたいに長風呂じゃないから大丈夫だよ」

「ならよし!」


すぐに2階に上がって帰りの準備をしようと思ったけど、僕の方の準備は既に済んでいた。


「ヤス、お前の方終わったから来夢の方を手伝ってくれないか?」

「分かりました」


僕一人だともう少し時間がかかりそうなのに……、手伝ってもらってよかった。

今度は僕が来夢のものを準備して驚かそ!


「あなた、保仁。来夢のは私が準備するからリビングにいなさい」

「いや、人数が多い方が効率いいぞ。俺たちも手伝う!」

「あなた、保仁? あの子もいいお年頃なの。異性が下着に触ったりするとものすごく気にするわよ。来夢に嫌われたいの?」

「よし、夕食の準備でもするか!」


父さんは一目散に1階へと降りて行った。

来夢に嫌われるのが相当いやみたい。


そういう僕も、すぐにリビングに降りて東京の番組を見始めた。


そのあとは兄さんたちは帰ってこなかったので、僕と母さん、来夢、父さんの4人で食卓を囲み、ここ数年間に起きた出来事を話しながら夕食を食べ、早めの眠りについた。



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