第71話 白狼ウルフ

完全に忘れてた。

というよりも、昨日の勉強のせいで頭から完全に抜け落ちてたって言った方が正しいかも。


あ、スカウトの件も今日話さないと……。

明日には宮崎に帰るんだった。


……後でも大丈夫か。

それより今は番組に集中しよう。


『ではヤマト君。挨拶お願いしてもいいですか?』

「はい」


周りには誰もいないよね。

よし、


「お邪魔します、お嬢様方。執事をしております。神無月ヤマトです。今日はよろしくお願いします」

『きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!』


突如、スマホから黄色い悲鳴が聞こえてきた。

反射的に耳からスマホを遠ざけてしまう。


「あの、大丈夫ですか?」

『大丈夫ですよ。では、常識組、非常識組、ウルフさんの順で挨拶お願いします』

『はい。ヤマトくん、お久しぶりです。東京観光楽しんでますか? ガーデンランド常識組代表の夢見サクラです。こんサクラ~』


このコーナーの常識組代表はサクラ様なんだ。

よかったー、知ってる人で。

知らない人だと少し気まずいもんね。


「こんサクラです、サクラ様。東京観光は楽しんでます。昨日は義姉さまがお世話になりました」

『気にしなくて大丈夫ですよ。カナちゃんと一緒にいるのは楽しいので』

『はい。次に非常識組、お願いします!』

『おい、ヤマト。今朝はよくもやってくれたな!』


非常識組の代表はこの人なんだ。


……これはちょうどよかったかも。

せっかくだしこの機会に謝っておこ。


「今朝の件はホントすみません。寝起きで調子に乗っちゃいました」

『本当に反省してんのか?』

「当然ですよ。栄えある大先輩相手に失礼な態度をとってしまって心残りだったんですから。何より僕、ラノ様のことかっこよくていい女性だと思ってますからね」

『……そ、そこまで言うなら仕方ねぇな! オレもそこまで鬼じゃねえしあの後ちゃんとレベッカ経由で謝ってもらったし、配信も盛り上がったから許してやるよ!』

「ありがとうございます」


この人、案外チョロすぎない?


『気を取り直して、お前ら、今日も元気か! 元気ないやつ前に出ろ、オレの配信で気合入れさせたやんよ! ガーデンランド非常識組の最強生物。竜田ラノ様だ。気に入らねぇ奴は食っちまうぜ!』

『はい。ありがとうございます。では主役の挨拶お願いします』


ついに白狼ウルフ様の挨拶か。

僕がこの子の配信見たのって昨日の移動中に見ただけだから、資料以外のことはあんまり知らないんだよね。


『……』

『あの、ウルフさん?』

『はっ! すみません。ヤマト様が出てくる夢見ていました! えーっと、なんでしたっけ?』

『自己紹介お願いします』

『はい! こんウルフ! ガーデンランド5期生の白狼はくろうウルフです。今回は常識組を目指して『清く、正しく、美しく』の姿を見せていきたいと思います。……あれ? この自己紹介さっきもしたような……』

「初めましてウルフ様、いつもは皆さまの執事ですが、今日のみはあなたの専属執事の神無月ヤマトです」


ウルフ様は僕のファンで僕のことが好きなんだよね。


そしてこれは、押しである僕と話して平常心を保つコーナー。

だったら、僕は彼女の平常心を崩しに行かないと意味がない。


ご主人様の皆様、今日だけは僕を許してください。


さぁ、ウルフ様、あなたの反応はどのようなものでしょうか?


『あの、これは夢ですか?』


あ、現実を受け入れられない感じかな。

気持ちはわかるよ。


僕も凛音さまの意外性を見た時現実を受け止めきれなかったもん。


『現実じゃないよウルフちゃん』

『ああ、実際にヤマトが話してる。俺たちの耳にもしっかり聞こえてるぜ』

「はい、本物の神無月ヤマトですよ」

『……現実だ』


ようやく認めてくれたみたい。

彼女にとって僕ってそれほどの存在なんだ。

だったら嬉しいな~。


『ああ、あああ、あ、あ、あの! どうしてヤマト様がここに!?』

『それは僕が呼びました。本来はランドメンバーの名前を書いてほしかったのですが、ウルフさんはヤマトくんの名前を書いていたので、たまたまヤマトくんと話す機会があったから今回の件を話したら快く承諾してくれましたよ』

「はい。僕もウルフ様とお話してみたかったって言うのはありますので」

『……尊い』


プロフィール表で少し変わった方だってことは知っていたけど、思った通りかも。


『それじゃあ今から10分間お願いします』

「はい、ではさっそく僕から失礼します。ウルフ様にとって僕は男の子ですか? 女の子ですか?」


今この質問をした人の答えは基本半々で、楓様あたりがどちらでもないと答えていた。

ウルフ様はどっち側かな?


『わ、私にとってヤマト様は神に等しい方なのでどちらでもないです!』

「ふふふ、神ですか。ありがとうございます」


まさか神扱いされているなんて思わなかった。

そして、ウルフ様はどちらでもない、っと。


「答えていただきありがとうございます」

『大丈夫です! まさか私がこの質問をされる日が来るなんて思ってませんでしたので、とても嬉しいです!』

「そんなにですか? 僕と話した人には基本的に聞くようにしてますのでそこまで珍しいものではありませんよ」

『オレ聞かれてないんだけど』

『ラノ先輩とヤマト君って似てるからじゃないですか? 性別を隠してるところとか』

『俺は性別隠してねぇよ!』


まぁ、ラノ様と僕って本当の性別が分からないってところに関しては似ているかな。

最も、僕は完全に隠していて、ラノ様は女性だって公言しているけど。


「ラノ様に聞かないのはシンプルに僕のことあまり知らない思うんですよね。今日関わったばかりですし」

『……確かに』

「なのに急に性別聞くって変じゃないですか? もし僕がラノ様に僕の性別聞いたらどう思います?」

『……え、何こいつ。頭おかしいんじゃね? って思う』

「僕の予想の斜め上の回答ありがとうございます。なのでこの質問をするときは最低でも僕の初配信を見てくれた人に聞くようにしてますね」

『なるほどな。つまりオレがヤマトの初配信を見たらその質問を出すのか?』

「その時が来ればお出ししますよ」

『ならいい』


少し話がそれちゃった。

時間は限られてるし、可能な限りウルフ様とお話ししよう。


『あ、あのヤマト様、私からもいいですか?』

「あ、はい。良いですよ」


まさかウルフ様の方から来るなんて。

どんな質問だろう。


『えーっと、ヤマト様の配信毎日見てます。昨日のレベッカ先輩との配信もずーっと見てました。それで質問なんですけど、私たちご主人様が知っているヤマト様のここ数日の情報が火曜日で止まっているので、お、教えてもらうことは可能でしょうか?』

「……知りたいですか?」

『知りたいです!!』


力強い返事。

この子、僕が話す必要もなくだいぶ変な子な気がする。


まぁ気になるなら教えても問題ないかな。


「そうですね。水曜日はガーデンランド様の事務所にお邪魔しました。その時にこのお話ももらいましたので」

『ほんとですか!? ああ、その時事務所に行ってればヤマト様に会えたかもしれないのに! 私の馬鹿!』

「木曜日はまぁレベッカさまとオフコラボしました。1日以上の時間を過ごした感じがしますね」

『最高でした! 問題を解いて良くレベッカ先輩もですけど、成長していくヤマト様を見れて感無量です!』

「ありがとうございます。で、今日は先ほど『夢見サクラ作品展』に行ってきましたよ」

『え、ヤマト君あれに行ったんですか? あまり作品展っぽくありませんでしたよね?』

「そうですね。サクラ様ならもう少し自分の作品が有名になってから開くものかと思ってました」

『実は私の父が場所を抑えてしまって、社長に頼んで急遽開いてもらったんです。カナ先生にも協力してもらいました』

『僕も驚きましたよ。急にサクラさんから頼まれたので急いでカナ先生に依頼したり業者を雇ったり、本当ならこんなことあまりないんですけどね』


なるほど。

だから作品展というよりも展示会の感じだったんだ。


だけど急であのクオリティはすごいと思う。


『あ、ありがとうございます!』

「いえ、この程度でいいのなら問題ありません」


流石に今の場所を言うのは少し危ないかな。


空港の件もあるし。


「あ、僕からもう一つ良いですか?」

『は、はい!』

「ウルフ様は僕のどういうところが好きなんですか?」

『全部です!』


即答早!?


少し考えこむかと思ってたけど、まさか即答で答えてくれるなんて。


「ち、因みにどこでしょうか?」

『……言えません』

『えー、せっかくなんだし言ってしまおうぜ。俺らも気になるしさ!』

『私はいいですかね。このパターンは覚えがあるので』


僕もこのパターンは何とかおぼえがある。

特に推しのこととなると……。


『ラノ先輩。話はじまると1日はかかるかもしれませんがよろしいですか?』

『え、あ、じゃあいいわ』


通話越しの僕にはわからないけど、この時のウルフ様の目はマジの目だったんだと思う。


だって推しを語るのにふざけられないし、推しだからこそ聞かれたのなら真剣に答えたい。


「社長様、僕の方からは以上ですかね」

『ヤマトくんありがとうございます。あと数分ありますし、ウルフさんからは何かありますか?』

『あ、じゃあ一つ良いですか?』

「大丈夫ですよ?」


僕関連でご主人様がほかに聞きたいこと。

配信の曜日とかかな?


『あの、ヤマト様直々に、我々『ヤマト様親衛隊』の活動の公認していただけませんでしょうか?』


ウルフ様の質問、というよりもお願いは僕の斜め上をいく内容だった。


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