第69話 夢見サクラ作品展
兄さんはタワーのある地下に車を入れて、そこにあった駐車場に車を止める。
東京に来てから、東京のことをある程度知ったつもりだってけど、地下に駐車場があることに驚いてしまった。
だけどこの暗さ、少し落ち着く。
「お兄ちゃん。この駐車場30分止めるだけで200円も取られるみたい」
「え、そんなに!?」
宮崎市にも止めるだけでお金をとられる駐車場はいくつかあるけど、少なくとも1時間で100円か200円くらいだったはず。
それが東京では1時間で400円って、高すぎるでしょ!
「だったら、早く見て回って駐車場を出ないと!」
「何言ってるのお兄ちゃん。逆だよ、逆!」
「……え?」
「どうせいちろーのお金なんだし、ゆっくり見て回って出るころには数千円、可能なら数万円払わせようよ!」
「来夢ー。そういうのは本人のいないところで言おうな」
……あ、そういうことか。
どうせ払うのは兄さんなんだから、急ぐ必要はないってことか。
来夢もひどいこと考えるなー。
まぁ、来夢が兄さんにこういう態度をとるようになったのも、全部兄さんのせいだから何も言えないけど。
「聞こえるように言ってるんだけど?」
「さすがのお兄ちゃんでも怒るところは怒るぞ! どうして保仁には態度がいいのに、俺に対してはそんななんだ?」
「自分の心と記憶に聞いてみれば?」
……僕には思い当たる節がだいぶあるよ。
まぁ、僕は来夢のお世話をしていた分、そこに目を向ける余裕はなかったけど。
「……思い浮かばないな!」
兄さんはすがすがしい声で返してきた。
マジかこの人。
……いや、むしろここで反省している方が気色悪いかも。
そう考えると、うん。兄さんらしい答えだ。
「いちろーのそういうところが、私は昔から嫌い」
「俺は自分のこと好きだけどな」
「はいはい、兄さんも来夢も言い争いはそこまで」
いつもなら義姉さんか母さんがいるから僕は見ている側だけど、今はいないし兄さんの今の一言は来夢にとってとてもひどい一言かもしれない。
本当に、この二人と一緒にいるだけで精神が少しきついかも。
「来夢。今日は兄さんにたくさんお金使わせるんでしょ? こういう日くらい兄さんのことを敬ってあげてもいいんじゃない?」
「お兄ちゃんがそういうなら……」
「兄さんもあんまり来夢をからかわない。兄さんの性格がク……ひどくても、その性格を兄さんが好きなことは僕も知ってるけど、せめて来夢と僕には優しくしてくれてもいいんじゃない?」
「保仁、お前も何気に俺のことをけなしてるぞ……。まぁお前の言うことも一理あるな。大人になって分かったけど、もう少しお前たちとの時間を大切にしてればいいと思ったことはあるからな」
「兄さん」
「いちろー……」
大人になって兄さんもだいぶ変わったみたい。
今までならこんなこと言わずに、へらへらしてたのに、僕と来夢のことを思ってくれていたなんて。
数年前の兄さんからは考え——。
「まぁ、過去に戻ったとしても俺は加奈ちゃんとイチャイチャしてたと思うけどな!」
……僕の感動を返してくれませんか?
少しでも兄さんを見直した僕が馬鹿だった。
この人はそう簡単に変わる人じゃないっていたのを知っていたはずなのに!
少しでも喜んだ僕が恥ずかしい!
「やっぱり、いちろーは変わらないよね」
「そう簡単に人は変わらないぞ」
「兄さん、胸を張れるところじゃないよ」
「お兄ちゃんの言う通り。でも、こっちの方がいちろーっぽくて私はいいかな」
「来夢……」
「だよな! いつも通りの方が俺っぽいよな!」
「うん。しおらしいいちろーなんて気持ち悪いもん」
「おい!」
だよね。
来夢が兄さんの性格を「いい」って言うのって、やっぱりそういう理由だよね。
「来夢、そろそろ行こうか。兄さんにお金を払わせたいのは分かるけど流石に座っているのに疲れてきた」
「うん、私も。もう少し粘っていたかったけどもう行こうか」
「あ、来夢がいつも以上に俺と話してくれると思ったけど、やっぱりそういう理由だったんだな」
「何言ってんの? 早く降りてくれない?」
「はいはい」
これでようやく『夢見サクラ作品展』に行くことができる。
あまり人が多いところには行きたくないけど、作品展は少し興味あるから我慢しよ。
エレベーターで作品会のある場所まで移動する。
エレベーターを降りて少し歩いたところで、『夢見サクラ作品展』は開催されていた。
作品展を象徴するかのように一番前には夢見サクラさんの等身大パネル。
その後ろにはガーデンランド4期生との集合写真壁紙。
そこまではフリーゾーンみたいで、そこから先に進むにはお金がいるみたい。
因みに入場料は大人が2000円、高校生1500円、中学生1200円、子供800円という風に振り分けられていた。
「なぁ、あれ高いと思わねぇ? 払うの俺なんだけど」
「宮崎県民からしたら高いけど、東京では普通なんだよね?」
「それにいちろーの財布を空にするつもりで私来てるんだから、あの程度安いもんでしょ」
「……確かに」
「分かったら早く行くよ! お兄ちゃんあたりに少し払わせようと思ったみたいだけど、私がいるうちは払わせないから!」
「あ、ばれた」
あぁ、今の会話ってそういう狙いがあったんだ。
僕はてっきり、兄さんが「東京のイベントって入場料が高いんだぜ!」って教えてくれているものかと思った。
等身大パネルで写真を撮り、兄さんにお金を払わせてから作品展の中に入る。
そこにはこれまでサクラさんが書いてきた小説のキャラや、サクラさんの配信画面。
漫画の1ページにアニメのPV映像。
一番はライトノベルに出てきた挿絵がたくさん飾られていた。
『みんな~、今日は私の作品展に来てくれてありがとうございまーす! ぜひ見ていってね!!』
作品展ではサクラさんの声が響き渡る。
「なんていうか……作品展でもあり、展示会でもある感じだな」
「うん。それにしっかりと小説スペースに漫画スペース、ガーデンランドスペースって言うのもある」
「私はこっちの方がいいかな。というよりも、多分ほとんどの人が夢見サクラさん目当てで作品目当ての人はそこそこだと思うよ。アニメ化はすることは決定しているけど、まだ放送されてないし……」
そう言えば……確かにそこは少しおかしい。
霧江さんならそこらへん分かっているはずだから、作品展するとしたらしっかりアニメ放送されて人気だったらすると思うのに……どうしてなんだろ?
「まぁ、サクラちゃんにもいろいろあるんじゃないか? あの子なりの事情とか」
それもそうか。
僕らが気にしても仕方ないし、何よりそのことはこの作品展を開いた霧江さんにしかわからない。
「まぁ、来夢が行ったことは確かにあってるけど、その割にはなかなかの出来栄えだと俺は思うな。特に小説や漫画のスペース。しっかりと、小説の改稿部分とかが張り出されてるし。普通はダメだろうけど、こういうのを出すなんて相当気合入ってるってことだろ?」
「確かに……」
「いちろーのくせになかなかいいこと言うじゃん」
兄さんの言う通り、しっかりとブースごとに分けられてはいるし、何ならこういう制作の裏側が見れて僕は満足かな。
「あ、お兄ちゃん、あそこで写真撮れるから写真撮ろ!」
「はいはい。それじゃあ兄さん、写真お願いね」
「任せろ!」
写真が撮れるブースでは写真を撮り、取れないブースではその景色をしっかりと目に焼き付け作品展を後にした。
作品を出てすぐに夢見サクラ関連のグッズ販売が行われていた。
アクリルスタンドにキーホルダー、クリアファイル、ハンドタオルなどなど。
どのグッズもそこそこする。
中でも残り数が少なかったのは直筆サイン入りのライトノベルに『夢見サクラ』フィギュアの2つ。
どれも夢見サクラファンにはたまらない代物。
特に小説に関しては『夢見サクラ』は知らないけど小説にのみ興味がある、というファンが多いため、あと数冊のみが置かれていた。
「購入制限があるのに凄い売れ行きだな」
「それだけサクラさんが人気ってことだと思うよ。来夢もかごの中に購入制限までどんどん入れていってるし」
「あいつは本当に遠慮というものを知らないな!」
まぁ兄さんだけにだと思うけど。
因みに購入制限はおひとり様となっているため、来夢はかごの中に3人分の購入制限を入れている。
本気で兄さんの財布を空にする気でいる。
「兄さん。本当にお金大丈夫なの?」
「はぁ、心配すんな。別にこれまで使うこともあんまりなかったし、お前たちのために使いたいとは本気で思ってたんだ。それに、サクラちゃんのグッズなら俺も欲しかったからな」
「……それってサクラさんだから? それとも義姉さんが手掛けている奴があるから?」
どうしても兄さんがいいことを言うと裏があるんじゃないかって思ってしまう。
別に兄さんのことを信用してないというわけじゃないんだけど、これまでの行いが、ね。
「まぁ、半々半だな。お前らのためにも使いたいし、サクラちゃんを応援したい。何より加奈ちゃんが書いたイラストを買わないわけがない!」
「つまりいつも通り、と」
「まぁ、そうだな。ほら、お前も来夢の手伝いしてやれ。あれ、一人で持つには重いだろ」
「あ、ほんとだ! 来夢、僕が半分持つよ!」
「ありがとうお兄ちゃん」
来夢からカゴを受け取り持ち上げる。
これ、どれだけ入ってるの?
持ち上げるのに全身の力使っちゃったよ!
来夢は僕のことを気にする様子は全くなく、どんどん買い物かごにグッズを入れていく。
中には1つ10,000円程するものも……
「合計で35万9580円になります」
「お前、本当に容赦ねぇな!」
「容赦する必要ってある?」
「こいつひでぇ!」
結局、買い物かごに商品を入れていく来夢と、買い物かごを持ち続ける僕を見かねた店員さんが声をかけてくれて、来夢は「ここからここまで全部お願いします」と言い、買い物は早く終わらせることができた。
まさか、妹の口から「ここからここまで全部お願いします」という言葉が聞けるなんて思いもしなかった。
兄さんは財布から万札の束を出して店員さんに私、僕と来夢は買った荷物を両手に持ち『夢見サクラ作品展』を後にする。
「一回荷物を車に入れるか?」
「それがいいかもね。さすがにこれを持って歩くのはきつい」
「いちろーの案に乗るのは嫌だけど今回は賛成」
「お前も少しは素直になれ。それじゃあ荷物を車に置いてから次の店に行くか」
「次の店って?」
「それは行ってからのお楽しみだ」
僕たちは車に行く前にフードコートで昼ご飯を食べ、車の中に荷物を置いてから、兄さんの言う次の店へ向かった。
おかしなことに兄さんが向かったのは六本木タワー内ではなく、その外。
それも六本木タワーに向かうために通った道路を進んでいく。
「よし、ついたぞ。ここだ!」
「ちょっ! ここって……!?」
兄さんが連れて来てくれた場所に、僕は驚きで足が一歩後ろに下がってしまう。
いつもは兄さんに一言文句を言う来夢でさえ、この店は予想外みたいだったらしく、口を開けて固まってしまっている。
僕たちが驚くのは無理がない。
兄さんが向かった店は、世界的にも有名なブランド『レイン・ヴァン・ロード』
所謂、知らない人はいない超高級店だった。
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