第56話 オフコラボの件


店を出てからは、何処にもよることなく、家に向かっていった。


特によりたいところもなかったし、父さんも僕もどちらかと言えばインドア派だから、積極的に出かけようとは思わない。


「そういえばヤス、ずーっと気になってたんだけどスカウトってなんだ?」

「……え、僕がガーデンランドさんにスカウトされた件ですけど……知らなかったんですか?」

「ああ、今日初めて知った」


そうなの?

じゃあなんで一緒に住むことの話したんだろう。


てっきりスカウトのこと知っているものかと思ってたけど……。


「あー、もしかしてだけど、一緒に住むかって話にスカウトの件も含まれてたのか?」

「はい。てっきり知っているものかと」

「俺はヤスたちが一緒に住むかもしれない、としか聞いてねぇいからな。スカウトのことなんて全く知らなかった」


そう言えば、父さん一緒に住む件に関しては僕の自由にしていいとは言っていたけど、スカウトの件には全く触れてなかったし、今日一緒に行くことになったのも急に決まった。


……なんか父さんだけ仲間外れにされている感じがする。


「で、どうするか決めたのか? 言っておくが、俺はスカウトの件に触れるつもりはないぞ。それこそお前が決めないといけないことだからな」

「……一応決めてはいますけど、もうしばらく東京を見てから改めて決定しようかと思ってます」

「そうか。……まぁ、朝も言ったけど、一度っきりの人生だ。後悔のない道を選べよ。俺はそれを全力で応援するからな」

「ありがとうございます」


そこからは会話することなく、家に帰りついた。


時間的に2時を回っている。

正直今日はいろいろと疲れたから、1日中ゴロゴロしたい。


少し早いけどお風呂に入って、リビングのソファで横になりテレビをつける。


流石は東京。チャンネル数だけでなく、お昼だというのにゴールデン番組の再放送をしている。

宮崎でも再放送はあるけど、それは宮崎では流れない番組の再放送だから、宮崎で流れる番組の再放送なんてめったにない。


「ヤス、明日人の家にお邪魔するんだろ? お土産買ってるのか?」

「……買ってない」


完全に忘れてた。

明日はレベッカさんとのオフコラボなのにお土産を買ってない。

やっぱり人の家にお邪魔するときはお土産がいるのかな? でも霧江さんの家にお邪魔した時はお土産なかったし……。


そもそも明日は耐久配信するとは言ってたけど、何をするか聞いてない。


3時間くらいで終わるものかな?


「……ヤス、スマホが鳴ってるぞ?」

「え? あ、ほんとだ」


スマホを確認すると、メッセージアプリに10件近くのメッセージが届いていた。

相手はメリッサさんから。


『明日はよろしくね』

『ちゃんと部屋掃除したから朝9時には来てね』

『あと、配信内容は明日教えるから楽しみに!』

『もしかしたら1日で終わらないかもしれないから、できれば親御さんに話しててね』

『念のためにお泊りセットも!』

『あ、住所送っとくね』

『布団とかは気にしなくても大丈夫!』

『一応下に迎えに行くから』

『私の家でやるから、立ち絵の準備してくれるとありがたいかな』

『遅れるときはメッセージよろしく!』

『それじゃあ明日よろしくね!』


……配信内容は明日分かるとして、そんなに時間がかかってしまう耐久配信なのかな。

正直今から怖くなってきた。


「父さん。明日泊まりになるかもしれないけどいいですか?」

「あぁ? お相手さんがそう言ってるのか?」

「はい。1日で終わらない可能性があるみたいです。お泊りセットも持ってくるように言われました」

「そうか。……俺は別に何も言わねぇぞ。お前の仕事なんだからお前が決めればいい。だけど母さんには一言言っておくんだぞ。心配するかもしれないからな」

「はい、そうします」


とりあえず、レベッカさんには『了解しました』というメッセ―ジだけを送っておく。


父さんなら許可してくれるから問題ないとして、母さんは何ていうかな。

明日母さんと約束していることは何もないけど人の家、それも霧江さんとは違い、母さんたち家族のだれもが知らない人の家に泊まるわけだから、簡単に許可はしてくれないと思う。


父さんにお願いすれば助太刀してくれるかな。


「言っておくけど、俺は手を貸さないからな。もしダメってなったら怒られるの俺になるかもしれないから」

「……父さんと母さんって母さんの方が強いんですか?」

「当り前だろ。朝の番組でヤクちゃんも言っていたけど母さんは昔かっこよかったんだ。今の母さんも十分素敵だけど、あの時は別の意味でほれぼれした。正義感が強くて、誰に対しても引かない母さん。そのかっこよさに俺は惚れたんだよ」

「だから母さんには逆らえないんですか?」

「そういうことだ」


一家の大黒柱として、それでいいの?

……でも、最近では女性の方が家族を支えているって感じが強いから問題ないのかな。


怒った母さん……あんまり見ることはないけど、絶対に怖いと思うから怒らせないようにしよう!

……あれ、ということはつまり僕は今まずい状況にいるよね。


急に人の家に泊まるって、普通の親なら許すはずがない。


よし、怒られる準備だけは整えて母さんに伝えよう。


「ただいまー」

「お兄ちゃんただいまー!」


言ったそばから母さんと来夢が帰ってきた!


昨日も絶妙なタイミングで来夢と義姉さんが帰ってきた気がするけど、狙ってるのかな?


「おかえり。そういえばヤスが母さんに言いたいことがあるみたいだぞ?」

「あら、何かしら?」

「父さん!?」


心の準備ができていないのに、なんで言っちゃうの!?


「ヤス、こういうのは早い方がいいんだ。いつまでも言わないでいるとだんだん言いづらくなって、最終的には当日言ってしまい怒られるはめになるぞ」

「た、確かに……」


昔一度来夢に同じことをしたことあるけど、思いっきり怒られその日から1週間口をきいてくれなかった覚えがある。


こういうのは早い方がいいに越したことない!


「保仁、話って何?」

「明日の件なんですけど!」

「明日? ……ああ、新しくできた友達とオフコラボするって話ね。それがどうしたの?」

「もしかしたら泊りになるかもしれないんだけど……いいでしょうか?」

「Vtuberとしての活動の一環でしょ? なら問題ないわよ」

「へ?」


もう少し心配されるものかと思っていたけど……。

僕の家族って普通とは違うのかな?


「あなたが、その人のことを信用しているのなら問題ないじゃない。つながりを持つって言うのはいいことよ。行ってきなさい」

「うん。ありがとう」


怒られることなくすんでよかった。

そう思うと肩の力が一気に抜けていく。


「お父さんはなんて言ってたの?」

「えーっと……」


あれ、なんて言ってたっけ。


母さんに対しての対策を考えていたら、父さんの言っていることの半分を忘れちゃった。

確か……。


「全部母さんに任せるって言ってた気がする」

「え、ちょっ!?」

「あ・な・た?」

「ち、違う! 俺はヤスに任せるって言ったんだよ!?」

「問答無用!」


父さんは母さんに連れられて行ってしまった。


そして今になって思い出した。


父さんは、僕の好きにすればいいって言ったんだった、どうしよう……。


……考えても仕方ないし別にいいかな。

父さんが言っていたこともあながち間違いじゃないように思うし。


それに、父さんは父親らしいことを言う割には、放任ばっかりしてるしね。


「来夢、しばらく終わらないと思うからテレビでも見てようか」

「うん。それはいいんだけど、お兄ちゃん。今回は私のアプリ使えないよ」

「そっか」


別に期待していたわけではないけど、少し残念。

でも仕方ないよね。


アプリの所持者は来夢なわけで僕じゃないから。


「言っておくけど、別にそのレベッカさん? のことを全く知らないって言うわけじゃないから」

「じゃあどうして?」

「今回の配信って耐久配信でお泊りになる可能性があるってことなんだよね? 私のアプリは少し重すぎるから、高スペックのものじゃないと処理速度遅くなるし、耐久配信だと何時間かかるかわからないから、あまり使えないんだよ。だから今回は使えないよ」

「……つまり時間制限があるヒーローみたいなものだね?」

「まぁ、それでいいよ」


それじゃあ仕方ないね。


一応立ち絵はデビューしてすぐに義姉さんにもらってたし、これをレベッカさんに送っておこう。


「そういえば来夢は今日どこに行ったの?」

「え、上野動物園」

「え、宮崎にも動物園あるのに、わざわざ?」

「お兄ちゃん。宮崎と東京じゃ動物園の規模も少し違うんだよ。宮崎にはパンダいないけど、東京にはいるでしょ!? ほら、これ!」


来夢はスマホを取り出し、パンダの写真を見せてくる。

初めてパンダを見るけど思ってたのと少し違う……。


「パンダって白黒じゃなくて、茶黒なんだね」

「何言ってんの? 茶色いのは汚れに決まってるじゃん。白色は汚れやすいんだよ」

「じゃあこのパンダは、ちゃんと白黒だよ! ほら、これ見て!」


次に取り出したのは可愛いパンダのぬいぐるみ。片腕に収まるくらいのサイズ。

もふもふで気持ちよさそう。


「確かに、パンダがいるだけでもだいぶ違うね!」

「でしょ! あ、でも東京の動物園には遊園地がないんだよ!」

「え、そうなの!? 宮崎にはあるのに……小さいけど」


でも、そうか。

やっぱり東京ってすごいんだ!


「あ、お兄ちゃん。美術の宿題はこのパンダ書いてね。かわいく下手に」

「……はーい」


なんか宿題の注文が難しいような気がするけど問題ないかな。

元がいい分、要望通りにかけそう!


数時間テレビを見ているとようやく父さんと母さんが戻ってきた。


なぜか二人とも笑顔で戻ってきた。

何があったのかはあえて聞かない様にしよう。


その後、母さんは父さんと一緒に夕食を作りながらイチャイチャしだし、僕と来夢はテレビを見ながら気にしないように時間が過ぎるのを待った。


1時間で夕食が完成し僕と来夢、母さんと父さんの4人で食べた。

義兄さんと義姉さんはいまだに帰ってきてない。


父さんと母さんは朝と同じように仲良しそうに食べていたので、僕と来夢は朝と同じように静かに夕食を食べて、テレビの前でゴロゴロしながら東京の番組を見る。


ああ、宮崎に帰りたい……。


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