第55話 違和感


僕は今、ものすごく困った場面に直面している。

理由は単純。


台本に書かれたセリフの赤入れや注意点に関しては書き記すことができた。

けど、頭の中でそのセリフをイメージして声を出すものの、必ず違和感が生まれてしまう。


僕が演じるキャラは、ゲームの学園長に当たるキャラで、男性。生徒に対して、企画や試練を言い渡したり、プレイヤーにアドバイスしたりする人物に当たる。


見た目は若くて、すらりとした男性。年は30代前半くらい。


設定では優しくて生徒思いの校長先生なんだけど、僕の頭に浮かんだ校長先生の声はこのキャラ設定となかなかしっくりと来ない。


一度、赤入れを無視して台本通りに呼んでみても、違和感が変わることはなく、むしろ赤入れの方がしっくりと来ている。


どこか、おかしなところでもあるのかな?


ここは一度、本番をしてみた方がいいかもしれない。


「すみません、一度本番に言ってもいいですか?」

『あ、はい。今回も練習はいりませんか?』

「……いりません。ですが、納得しなかった場合撮り直ししてもよろしいでしょうか?」

『それについては大丈夫ですが……』

「ありがとうございます」


練習と本番は一緒に見えて少し違う。

僕にとっては練習よりも本番の方が緊張感あって集中できる。


一発勝負、それで決めきるつもりで今回もしっかり演じよう。


『それでは始めてください』

「はい」


そこから、僕の中では違和感はあったけど一番しっくりくる声で、声を出しながら演じる。

多分こだわらなければ、一発オーケーはもらえるかもしれないけど、父さんがいる手前そんな半端なことはできない。


心の中にモヤモヤは残したまま全て言い切ることができた。


『すごくいいですね。では——』

『ちょっと待った。少し失礼するぞ』

『え、ど、どうぞ!』

『ヤマト、お前は今ので満足か?』

「……少し違和感は残っています」

『だろうな。聞いている俺も今の声には満足していない』


やっぱり父さんも僕と同じ感じだったんだ。


父さんならこの時どうするかな。

多分、これまでの経験を活かし、完全に修正してくると思う。


でも僕にはその経験がない。

今は数をこなして正解を見つける。

それが今の僕にできる解決法。


「次、お願いしてもいいですか?」

『はい。それではお願いします』


そこからはとりあえず長かった。


最初の2回は最後まで読み終えたけど、そのあとはセリフの途中でやめて撮り直しを行いながら、効率よく試していった。

それでも納得いく声は見つけられない。


『……今のもダメですか?』

「すみません。この声じゃないんです」


初めてから何分経ったのかわからない。

数十分か数時間か。


それだけ時間をかけても納得いく声が見つけられない。


『ヤマト、お前はまだまだ未熟だ』

「そのことは僕が一番知ってます。才能はあるのに経験がなさすぎる」

『ちゃんと自分のことを知っているな。そんな俺からアドバイスをやる。お前が作る声はお前の中にはない声。つまり聞いたことない声ってことだよ。これ以上は俺からのアドバイスは無し。あとは自分で考えろ』

「……ありがとうございます」


父さんの言っている意味、なんとなく分かった。


僕が作った声は、その瞬間から僕の声になってしまう。

逆に言えば、聞いたことのある声は僕の声ではなく、その人の声。つまり僕が得意とする『声真似』ってこと。


そう言えば、自己紹介動画を作るときも声を作って悩んだ時に兄さんに僕自身の声がいいって教えてもらったっけ。


つまりそういうことだよね。


このキャラの声を、僕は聞いたことある。

そして、僕がこの数日で出会った男性なんてたったの数人しかおらず、その中でも印象に残っている声はこの人しかいない。


「ラスト、お願いします」

『分かりました。それでは、お願いします』

「『ここは、少年少女が切磋琢磨しナンバーワンVtuberを目指すための学校。『Vtuber育成学園』』」


今僕が出している声は『ガーデンランド』の社長、秋月末広さんの声。


これまで試したどの声よりもしっくりくる。


多分社長さん本人も気づいてないかもしれないけど、校長先生の見た目や企画力が凄いという設定は本人でも気づいてないんじゃないかな?


気づいているのであれば、自分自身でやればいいわけだし。


声もしっくりくるということもあって、ミスすることなく社長さんになり切ってセリフを言うことができた。


『はい、オッケーです!』

『ちょいと失礼。ヤマト、今の声はお前の中で満足できるものか?』


満足できるか。

そんなもの答えは決まっている。


「はい。僕の中ではこの声意外に、このキャラに合う声はないと思っています」

『そうか、……ならいいよ。お疲れ様』


父さんも納得してくれているのかな。


とりあえず、これで収録は終わったし、なんだかお腹空いてきた。


スタジオの外に出ると、そこにいたのは父さんと社長さんの二人だけ。

万上さんの姿は見られなかった。


堂々と仁王立ちしている父さんに対して、社長さんは顔を抑えてうずくまっていた。


「これはいったいどういう状況?」

「お前がヒーロの声でセリフを読み始めた瞬間恥ずかしさのあまりにうずくまった」

「あー、自分の声を聴くのが恥ずかしいって言うやつですか」


僕が誰かの声真似をすると、声真似をされた人のほとんどは自分の声を聴くのが恥ずかしいあまりにうずくまる。

止めようにも僕の口を押さえないといけない。


昔、義姉さんの声真似を電話越しにしたことあるけど、その時はめちゃくちゃ恥ずかしさのあまりに兄さんに伝わり、めちゃくちゃ怒られた。


「お前の声を聴くと、ほとんどの人はそうなるよ。自分の声を聴くのが恥ずかしいって言う人は多いんだから」

「来夢には気持ち悪いって言われましたね」


あの時は本当に傷ついたな~。


逆に義姉さんみたいに自分の声を他の人に聞かれるのを恥ずかしがる人もいれば、ごくまれに面白いと喜んでくれる人もいる。


「あんまり声真似しすぎるなよ。真似される人の中には本気で嫌がる人もいるんだからな」

「やめてって言われれば、僕でも止めますよ。まぁ、許可さえもらえればたくさんやりますけど」

「……まぁ、今後はヒーロの前ではやるなよ。あれは全力で嫌がっている奴の行動だ」

「分かりました」

「ならよし。今日はもう終わりらしいから飯食いに行こうぜ」


飯と聞いて一気にお腹がすく。


収録しているときは全然気にならなかったのに、今は動くのもつらい。


「どこに食べに行くんですか?」

「ヤスはこっちに来て焼き肉や寿司屋に行ったんだよな?」

「はい、全部おいしかったです」

「じゃあ今日はファミレスに行くか。東京は日向と違っていろんな店のファミレスがあるぞ」


普通、高級なお店の後にファミレスとなるとランクの急低下に違和感を覚えるかもしれないけど、僕にとっては全然問題ない。

むしろ、庶民的で落ち着く。


「じゃあ、父さんにお任せします」

「分かった。日向にはない店が近くにあるからそこでいいな」


そこからは父さんの車に乗って、そのお店に向かった。

父さんの言った通り、車に乗って5分ほどの場所にそのレストランはあった。


「『サイゼリヤ』?」

「宮崎じゃ見たことないだろ? 九州には福岡と佐賀、熊本にしかないからな。知らなくて当然か」

「東京のお店なんですか?」

「いんや、確か千葉だったはず」


ということは千葉から東京や福岡に出店したお店なんだ。

ヴァリアブル・ランドも千葉にあるみたいだから、千葉に凄いお店があっても何もおかしくないか。


お店の中に入るといい匂いが漂ってくる。

お昼の時間ということもあり、ほとんどの席が埋まっていた。


「いらっしゃいませ。2名様でよろしいでしょうか?」

「はい、禁煙でお願いします」

「かしこまりました。それではご案内いたします」


ウエイトレスさんに案内され、窓際の席に座った。

窓からは車が通っている景色を見ることができる。


「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

「ありがとうございます」


ウエイトレスさんが下がるのを見てから、メニュー表を広げてまず最初に値段を見る。

日向にも全国に展開しているレストランはあるから、見慣れているから驚きはしないけどやっぱり値段が高い。


どれも1000円前後の商品が多い。中には700円当たりの食べ物もあるけど、今はがっつり行きたい気分だけに目に入らない。


「あ、ヤス。先に言っておくけど、それ全部単品のメニューになってるからな。ご飯やみそ汁が欲しければ言えよ」

「……え?」


単品で1000円前後もするの?

少し高すぎない?


「父さんの奢りですよな?」

「当然だろ。なんだ、遠慮しようとしたのか? 子供が親に遠慮しようとするな。好きなだけ食べろ」

「あ、奢りじゃなかったら、安いの食べようと思っただけなので大丈夫です」

「お前、イチにそっくりだぞ。悪いところがだけどな」


え、それ超ショックなんだけど。


僕ただお金がないから自腹だった場合、安いの食べようと思っただけなのに。


「父さん。僕は兄さんよりもましな方だと思います」

「例えば?」

「人前でいちゃつきませんし、酒によって脱いだりしません」

「……そりゃそうか。確かに、イチの場合は奢りかどうか聞く前に高いのを頼んで、あの手この手で奢りにするからな。ヤスの方がまだまともだ」

「理解していただけて良かったです」


別に兄さんとのことが嫌いというわけではないけど、兄さんと同じにされるといろいろと嫌だから、絶対にされたくない。


何より、来夢に嫌われたら生きていけない!


宮崎には無いファミレスの味、なるべくしっかりと堪能しよう。


そのあと、僕はその店でそこそこ高かったメニューを注文し、おいしく食べて店を後にした。


東京に来る時はたまによってみてもいいかもしれない。


だけどあえて、あえて言うなら僕一人では絶対に行きたくない。

だって高いんだもの……。


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