第54話 収録


話を終えた僕たちはエレベーターで1階に降りて、収録スタジオに向かっていた。


遠い場所にあるのかな、と思ったいたけど、徒歩5分で着く距離の場所にあった。


大きく立ち並ぶ、ビルとビルの間にポツンと3階建てのスタジオ。

僕からしたら、普通の家のような風格は好きだけど今まで大きな建物を見てきただけに、違和感が大きい。


「ばんちゃん、おはよう!」

「……おはようございます、社長」


濃ゆい髭にモサモサの髪。

なんかベテランみたいな雰囲気をまとった人がそこにいた。


「休日にごめんね。今日はよろしく!」

「いいですよ、家にいてもやること特になかったので」

「ありがとう! ヤマト君。そこの扉からスタジオにはいれるから中に入っててね。よっしーは一緒にコントロールルームで見る?」

「……そうだな。ヤマト、肩の力を抜いて楽にしていっけよ」

「はい!」


社長さんに案内されて、僕は収録スタジオに。

父さんと社長さんはコントロールルーム? というところに入っていった。


『ヤマト君。台本を机の上に置いているから、セリフ覚えたら教えて』

「分かりました」


机の上にはマイクが置かれており、マイクの前には台本が置かれている。


全て、ゲーム内で僕が言うセリフみたい。

これって、もし僕が断ったら全部無駄になってたってことだよね。

社長さんってここまで読んでたのかな?


だとしたらもう未来視のレベルだよ!


っと、いけない、いけない。今は収録に集中しないと。

……セリフを覚えればいいんだよね?


「……多くない?」


てっきり、10か20くらいだと思っていたのに、長いのだけでも50か60くらいある。

それに、多分だけど、いくつかヤマトが言うセリフじゃないのも入ってるよね?


『あ、ヤマト君。最初は前のページだけ見て。それが『神無月ヤマト』としてのセリフだから』

「はい!」


神無月ヤマトとしてのセリフってことは、後ろのセリフは僕が変わりにやらないといけないセリフってことかな。


……考えても仕方ない。

今は自分のやるべきことだけに集中しよう!


台本を読み進めていく。

読めば読むほど、僕のことをしっかり調べたんだろうなって言うのが分かってしまう。


……あ、ここのセリフ、少し変えた方がいいかも。


「社長さん、ペンありませんか?」

『ペン? ……赤ならあるけど』

「それで大丈夫です。できれば貸してほしいんですけど……」

「はいヤマト君。これでいい?」

「あ、はい、大丈夫です」


スタジオに入ってきた社長さんからペンを受け取り、赤入れと気を付けなければいけないところをメモしていく。


よく見てみると、サクラさんとレベッカさんとの会話シーンがあるけど、二人以外との会話シーンはほとんどない。


……よし、赤入れも終わったし、同時に頭の中でのシミュレーションも終わった。


「社長さん。もう大丈夫です」

『了解、それじゃあ収録始めます。今から担当の者が指示出すのでその通りに沿って動いてください』

『担当の万上ばんじょうです。ヤマト君。今日はよろしくお願いします』


社長さんとは違い、低く優しい声。


「よろしくお願いします!」

『それじゃあ、1ページ目の最初の部分から呼んでいきます。練習しときますか?』

「大丈夫です。すでに10回以上は練習したので!」

『ん? 分かりました。では本番行きまーす』


そこから僕は、万上さんに指定されたセリフを声に出して読んでいった。


最初は人生初めての本格スタジオでの収録で緊張するものかと思っていたけど、部屋には僕一人だったから、思った以上にのびのびと読むことができた。


セリフは男の子Verと女の子Verの二つあり、男の子Verの方は手直し無しでいつも通り読むことができた。


問題は女の子Verの方。

女の子Verのセリフは『僕』の部分が『私』として書き換えられていたり、普通のヤマトの見た目を意識しすぎて、セリフをかっこよくし過ぎていたりしている。


まぁ、仕方ないと言ってしまえば仕方ないけど、女の子の僕は見た目に反してかわいらしいギャップをメインにしているからね。

ゲームとはいえ、しっかりと僕らしさを出していかないといけない。


いつも通り平常心で呼んでいると、まるで時が飛んだように一瞬で読み終えることができた。


多分僕自身うまくできたんじゃないかなと思う。


『……』

「あの、終わりました」

『あ、ああ、はい、オッケーです』

『ヤマト君、次のページからは学園に出てくる校長のセリフなんだけどお願いできるかな?』

「全然大丈夫ですよ」


今更キャラの一人二人増えたところで、できないわけじゃないからね。


『それじゃあセリフを覚えたらまた読んでください』

「分かりました」


さてと、また初めから頭の中で流していきますか!


~~~~~~~~~~

コントロールルームside


ヤマトがセリフを覚えている中、コントロールルームでは万上が一息ついてヤマトの方を見ていた。


理由は明白。

先ほどのヤマトのセリフ。


普通の声優相手と比べたら明らかにヤマトの方がうまい、と言い切れるレベルの出来だった。

下手をすれば、このゲームに出ている他のVtuberが棒読みに思えてしまうくらいに。


「社長。彼の声どう思われますか?」

「どうって言うと?」

「このまま、彼のセリフを使っていいのかということですよ。今回のゲーム出演がすでに決まっているタレントたちの読みは素晴らしい分類に入ると思います。声優としても働いても売れるくらいには。ですが彼の声を聴いてしまうと明らかな実力差を感じてしまいます」

「だから、ヤマト君のレベルを下げて他と合わせた方が賢明と?」

「そうなってしまいます。タレントさんたちには悪いけど、彼のと比べてしまうと天と地の差があります。彼の声についていけているのはうちで言うと四期生の『夢見サクラ』さんと一期生の『真魔ままキュア』さん、『ごろろっく』から2,3人くらいです」

「……そんなにですか?」


流石の秋月も驚きを隠せない。


素人目にはヤマトとの差はあまり感じない。

何なら、ヤマトがうまいのは簡単に理解できるけど、他が下手かと考えると、全然下手ではない。

秋月からすれば、他のタレントさんたちもうまいと言えてしまう。


だが、この道数十年のプロが、そこまで言うのだ。それほどの違いが出ているということを秋月は理解した。


「……そこまでの程か?」


だが、そんな中で唯一、万上の考えを否定する男が一人。

現在も現役で活躍し続けている義明は耳にイヤホンをはめながら万上の考えを否定する。


「確かにヤマトの声はすごい。さらに言うならこの声にはあいつが最も得意とする演技の動きが入っている。だが、他のタレントさんも負けてないな。さっき、ヒーロに聞かせてもらったけど、実力ではヤマトには届かないものの、そこは経験をもとにしっかりとカバーしている。何よりもタレントさんの熱量を感じるな。俺はこれでも問題ないと思うけど」

「いやいやいや、素人・・が何言ってるんですか。いいですか、ここはプロの世界です。プロは声を聴いただけで、うまいかどうかなんて簡単に分かるんですよ。彼の声は僕が聞いてきた中で1、2を争うほどの声! 声優経験の少ないタレントとは天と地の差がありますよ!」


義明の意見に反論する万上。

それを傍から見ている秋月はとても面白そうな表情を浮かべている。


「プロは自分のことをプロだからできるとは決して思わない。本当のプロとは同ジャンルの相手を見た瞬間にプロだと理解することができる。自分がプロだと満足した瞬間、そいつの成長はそこで終わる」

「なんなんですか? 社長。この人はいったい誰なんですか? 急に意味わからないことを言い出してますよ」

「ああ、自己紹介がまだだったな。どうも、声優をやっている、久遠義明と言います。素人・・の身ですが何卒よろしくお願いします」

「……はぁっ!?」

「ぶふっ!」


相手の名前を聞いた瞬間、万上は腰を抜かし椅子から転げ落ちる。

自身をプロと名乗る万上にとって、久藤義明という存在を知らないはずがない。


なんせ最前線でバリバリ活躍している声優、言ってしまえばプロの中のプロ。


「それで、素人の俺にプロのあなたは何か言いたいことでもあるのか?」

「え、あ、いや……」


義明は素人と言われたことを根に持っているわけではない。

むしろ義明にとって素人と言われるのは、まだまだ成長の余地があると言われているみたいで嬉しいことなのだ。

今はただ単にからかうのが楽しいから、素人という言葉を使っているだけである。


「まぁまぁ、よっしー。その辺に、万上さんが怖がってますよ」

「そうか、すまなかったな。少し遊び過ぎてしまった」

「あ、だ、大丈夫です!」


未だに状況をつかめていない万上を、二人は面白そうに見ながら笑っていた。


それはもう腹を抱えるほどに。


「あっはっは。いやー笑った。若輩、先輩から一つアドバイスだ。プロの世界に入ったからと言って驕るなよ。この世界に完璧なんてものは存在しない。君はまだ若いんだ。しっかりと地に足をつけて上を目指していけ」

「は、はい! ありがとうございます。それと、さっきは生意気なこと言ってすみませんでした」

「気にするな。俺も面白い経験ができてよかったし!」

「ありがとうございます。……あの、できればでいいんですけど、他のタレントの何処がよかったかを教えてもらえることはできますか?」

「いいよ!」


ヤマトが、セリフを覚えている間に、コントロールルームでは先輩から若輩に対してのアドバイスとしつけが行われた。

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