第53話 出演の依頼


「ゲーム出演ですか?」

「はい。そうです」


何が来るかと思えばまさかゲーム出演の依頼とは思わなかった。

横にいる父さんは何かを考えた様子で天井を見ている。


「今僕の会社ではVtuberを育成するゲーム『Vtuber育成学園』という仮タイトルで制作を進めています。『ガーデンランド』のVtuberはもちろん、V企業の『ごろろっく』さんのほか、たくさんの企業や個人勢が了承してくれました」


まさか、V企業の二大巨頭である『ガーデンランド』と『ごろろっく』がかかわるゲームなんて。

それにほかのVtuberさんもたくさん。



ごろろっく


企業勢の中でも最多のタレント数を誇るV企業二大巨頭の一つ。

『V企業を3つ答えろ』と問われれば90パーセントの確率で『ガーデンランド』か『ごろろっく』の名前が出てくるほどの有名企業。

『ガーデンランド』のようなコンセプトはなく、タレントが自由に活動している企業。



その二大巨頭が関わるゲームなんて人気が出ないわけがない。


「本題はここからです。このゲームは7月にリリースを予定しているのですが、その際に事前登録をしていただけるシステムになっています。事前登録数が数万人を超えるたびにゲーム内のガチャを回せる石を配布する予定なのですが、100万人を突破した際にはぜひ最高レアリティキャラのヤマト君を配布したいんです」

「……はい?」


『ガーデンランド』さんや『ごろろっく』さんのライバーが出演する中で、僕が配布キャラ? なんで?


「つまり、ヒーロが言いたいのは、ゲームに出演してくれってことだ。……ヤマトを配布する約束を誰かとしたんじゃないか?」

「……よっしーにはばれましたか。隠しても意味ないですし教えます。もともとヤマト君には出演依頼をする予定でした。ですがそれはしばらく先の話です。が、このままではまずい状況に陥ってしまったんです」

「まずい状況?」

「リリース予定日の大幅な遅れか」

「流石よっしー。お見通しみたいな感じですね」

「考えればすぐに分かる。普通ゲームを作る際、パブリッシャーは企画・開発をするが、メインとなる複雑なところはデベロッパーに依頼をする。なぜならデベロッパーの方がゲーム開発制作を専門にしているからだ。なのに、ヒーロは「僕の会社では」って言っていた。俺は一つの会社でパブリッシャーとデベロッパーをしている会社なんて『宝命生』しか知らない」

「正解です。少しは躓いてしまうかもと思いましたが、まさかここまで遅れが生じるとは思いませんでした」


専門用語が多すぎてあまり頭に入ってこなかった。

けど要するに、『ガーデンランド』さんは『宝命生』のやり方をまねて失敗したってことだよね。


「遅れを取り戻すために、僕はある女の子にプログラミングの依頼をしました」


……ある女の子ってまさか!


「ライか」

「はい。来夢さんに日曜日依頼しました。あ、安心してください、強制はしていませんので」


ならよかった。

来夢はすごいけどまだ学生。それも受験生。

出来ることなら勉学に集中させてあげたい。


来夢の頭なら勉強しなくても、そこらへんの高校には受かると思うけど。


「依頼の際に来夢さんには依頼金と、もう一つの条件としてヤマト君の最高レアリティキャラ配布を約束しました」

「そういえば、来夢が社長さんにお願いを聞いてもらったって言ってたような……」

「それはガチャの件ですね。ガチャにも最高レアリティキャラのヤマトを入れる件。こちらもすでに了承しています」


それは本人としては嬉しい。嬉しいんだけど……。


「僕が断るかもしれない可能性も考慮しなかったんですか?」


来夢との話は既に僕がゲームに参戦するという定義で話が進んでいる。

僕が出ると決まっていないのに。


もし僕が断ってしまったら、多分来夢はお金を返してプログラミングの依頼を断ると思う。


来夢が引き受けたのは僕が出る前提で話が進んだから。


「ヒーロ、うちの子は俺に似て周りの空気なんか気にすることなく、自分の意見を言いきるぞ。いくら外堀を埋めても、ヤマトは出ないと言い切ることができる」

「……その可能性は僕も考えました。でも、ヤマト君は出ないと言わない気がしたんです」

「ほお、それはどうして?」

「勘、ですかね? 確信のない勘。でも僕はこれを信じるしかなかった。だから、出るという前提で話を進めたんです」


……この人はすごいのかが本当によくわからない。


社長さんの行動はすべてが博打。


ゲーム制作の件だって、来夢がいなかったら自社だけで制作して確実に遅れが出ている。僕の件に関しても『出ない』という可能性があったのに出ることを前提に考えを進めている。


そして、僕が出る(・・)つもりでいることも勘で当ててしまった。


「社長さん。僕は出ても問題ありません」

「本当ですか!?」

「はい」


もともとこの話をもらった瞬間から僕の答えは『出る』の一択のみ。

こんなにいい話を断るほど、僕も馬鹿じゃない。


あ、でも一つだけこれは約束してもらわないと。


「一つだけ約束してください。もし、来夢が「やりたくな」「できない」などの泣き言を言った時は、そこまででやめさせると。僕はそこまでして来夢に無理をさせたくない」

「……もちろん、約束するよ。頼んでいるのは僕たちの方なんだ。中学生の彼女に無理をさせるわけにはいかない。だから、来夢ちゃんが無理をしていたら僕に教えてくれないかな? すぐに、やめさせるから」

「お願いします」


来夢はいつも、誰かのためによく頑張ってくれている。

そして、そのことを自分のためだといつも言っている。


だから、兄である僕がしっかりしないといけないんだけど、来夢は僕以上にしっかりしているから、僕があの子を見ていてあげないといけない。


兄としては情けないけど、来夢は自慢の妹だ。


「さて、このままうまくいけばリリースは予定通り7月になるけど、ヤマト君はスカウトの件は置いといて、7月までに東京に来るかい?」

「多分来ないと思います。東京に行くとしても7月後半か、8月になるかと……」

「そうなるとリリースまでに間に合わない。だからどうだろう。これからスタジオに行ってそこで収録するのは。ちょうど1つだけ抑えてあるんだ」


この後別にすることもないし、問題ないかな。


「父さんはこの後何か予定在りますか?」

「いや、特にないな。今日は1日暇だ」

「なら大丈夫です、この後収録しても」

「ありがとう! それじゃあ次の話に行こうかな」

「次?」


ゲームの話だけじゃなかったの?

僕はてっきりこのまま収録に行くものかと、隣に座っていた父さんなんて一度席を立ちあがり、座りなおしてたし。


「5月5日にガーデンランド恒例の『新人ライバー組み分け交流会』というのが行われるのは知ってますね?」

「はい」


何なら僕はいつも見ているし、この間の凸待ち配信の時にサクラさんが宣伝していた。

当然今年も見るつもりでいる。


「その放送の一つに、『推しと話して平常心を保とう!』というコーナーがあるんですが、普通この推しは我が社のライバーのことを指してもらうんです。けど……」


社長さんは少し言いよどんでいる。

これは馬鹿な僕でもわかる。


「ヤマト推しの子が一人だけいた、みたいな感じか?」

「はい、よっしーの言う通り、新人の子の一人がガチの親衛隊のようで、『推しライバー』の枠に『ヤマト』とだけ書いていました。『常識組』希望なので配信では推し活はしていないようですが」


社長さんは、そっと1枚のプロフィール紙を机の上に出してきた。


名前は『白狼ウルフ』さん。白っ毛の狼少女で、デビュー時期は僕とほぼ同じ。

プロフィール欄は普通にボールペンできれいに書かれているのに、名前のところだけ他の字よりも綺麗に、そして大きく『神無月ヤマト様♡』と書かれている。


なんとなくガチ恋勢の臭いがしてきた。


因みに、好きなものにもヤマトの名前と『ヤマト様の家族』と書かれている。


「少し変わった子ですね」

「いやいや、普通にヤバい子だろ。会ったことないのに俺たち久藤家のこと好きになってるんだぞ!?」

「はい、僕もさすがにここまで愛が強いとは思いませんでした。このまま他のライバーに対応してもらったら簡単に常識組に入れそうな気がします。ですのでヤマト君、5月5日に電話対応でもいいので配信でこの子と話してくれませんか?」

「……僕その日、兄さんと出かけることになっていて、どこにいるか分からないんですけど、それでもいいですか?」


多分、来夢が兄さんの財布をすっからかんにするつもりだから、買い物ばかりになるかもしれないけど。


「大丈夫です。最悪、出られなくても問題ありません」

「分かりました。では5月5日にウルフさんと話しますね。よろしくお願いします。サクラさんも出演されますので、サクラさんの通話アプリからでいいですか?」

「問題ありません」


まさかの『ガーデンランド』さんの企画にかかわることができるなんて思いもしなかった。

今からが楽しみだ!


その前に収録とオフコラボ配信があるけどね。

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