第52話 家族で囲む食卓
母さんが朝食を作るころには兄さんと義姉さんが、朝食ができることには来夢たちも目を覚まし、リビングに来た。
「お兄ちゃん、お母さんおはよう。ついでにお父さんも」
「おはよう来夢」
「ライ、ついでってひどくない?」
「おはよう来夢。もうすぐで朝ごはんできるから顔洗ってきなさい」
「はーい」
まだ眠たそうに眼をこする来夢は顔を洗いに、一度リビングを出ていく。
さっき降りてきた兄さんと義姉さんは降りてきてからずーっとソファでイチャついている。
今の二人に近づくのは躊躇ってしまう。
だからこそ、その二人と一緒にソファに座っている父さんはすごい。
「いちろー、加奈ちゃん。ご飯できたからイチャつくのは食べた後にしてね」
「はーい、加奈ちゃん一緒に食べようか」
「そうだね、一郎くん」
「……若いってのはいいな~。俺たちのも昔はああいう風に人目をはばからない時期があったよな」
「そうね。そんなことよりもあなた、ご飯ができたから運んでくれる? 保仁も」
今のは父さんから母さんへのイチャイチャしようアピールだったのかな?
軽くあしらわれた父さんは少し落ち込んだ表情を浮かべている。
僕と来夢としてはありがたいかな。
父さんと兄さんたちがイチャつきながらご飯食べている姿を見ながら、ご飯を食べる僕と来夢の気持ちも理解してほしい。
だから母さん、ナイス!
「そんな落ち込まないであなた。食べるときは好きなだけイチャイチャしてあげるから」
「本当か!? よし、イチ、ヤス、加奈ちゃんは座ってろ! 俺が全部運んでやる」
前言撤回!
母さん、なんてこと言ってくれたの!?
これでイチャつく男女が二組。
関係ない僕たちはどんな気持ちで食べればいいの?
そこからの父さんの行動は早かった。出された料理を一瞬で机に運び、母さんと父さん、兄さんと義姉さんが隣になるように料理を並べる。
そして、僕と来夢は横端の席で向かい合う形で座ることになる。
「昨日お兄ちゃんが寝ているときもこんな感じだった。いや、昨日はお母さんが朝ごはんを食べてなかったから今日は昨日よりひどいかも。我慢してね」
「ごめんね、来夢」
なぜか勝手に謝ってしまう。
小さい頃に全員で朝食の食卓を囲むことはあったけど、義姉さんは結婚してなかった。多分義姉さんが家族になってから初めての全員で朝食を食卓で囲む。数年前までは夢に見ていたはずなのに……。
「はいあなた、あーん」
「あーん、満、俺の分もあーん」
「あーん」
右を見れば父さんと母さんが、
「一郎くん、フーフーして!」
「フー、フー。加奈ちゃん、僕にもお願い!」
「おいしくなーれ、フー、フー」
「おいしくなったー!」
左を見れば兄さんと義姉さんがそれぞれいちゃついていた。
対面に座っている来夢は顔色を変えることなく黙々と朝食を食べている。
ドラマとかでは家族での食卓は楽しそうに朝食を食べているのに、リアルではこれが普通なのかな?
そういえば、お正月で家族が集まるときも、僕と来夢はテレビを見ていたからあまり気にならなかったけど、兄さんと義姉さんはずーっと二人で喋ってたっけ。
「ごちそうさまでした」
黙々と食べていた来夢は既に完食している。
食べ終えた来夢はテレビをつけて、朝の情報番組を見始めた。
そうか! 4人を気にすることなく早く食べればこの空間から逃げることができる!
そうと分かれば急いで食べちゃおう!
そこからは黙々とご飯を食べていき、数分で完食してしまう。
「ごちそうさまでした!」
食器を洗い場に置き、来夢の横に移動する。
4人はいまだにいちゃつぎながら朝食を食べている。
「お兄ちゃん、気にしない方が全然楽でしょ?」
「うん。あの空間はまさに地獄だったよ」
「だよね。……今日ガーデンランドの本社に行くんだよね? 場所分かるの?」
「場所は……ホームページに載ってなかったっけ?」
「一応載って入るよ。前の場所はね? 今年の4月に移転して、新しい場所はまだ載ってないみたい」
それじゃあそこは知らないや。
……じゃあ僕はどうやって本社に行けばいいんだろう。
「昨日社長さんからメッセージで住所おくられてきたから、お兄ちゃんに送るね」
「社長さんから? 連絡先を交換するくらい仲良くなったの?」
「し・ご・と! 相手は一介の社長で私はまだ普通の中学生、そう簡単に仲良くなっただけで連絡先交換できるわけないじゃん」
「普通の中学生は超人気のシンガーソングライターになれないし、プログラミングの仕事をもらうことできないと思うけどな~」
「何か言った?」
「何でもありません!」
東京に来て来夢の圧が増してない?
「お兄ちゃんの方に今送ったから、後はマップで調べてね」
「うん。ありがとう」
朝食を食べ始めてから30分ほどで4人ともようやく食べ終わったみたい。
今日の予定は、来夢は母さんとお出かけ、兄さんと義姉さんはデート。
そして、僕は父さんと来夢に送ってもらった住所に一緒に向かう。
父さんの車はどこにでもあるミニバン。二人で乗るには広すぎる。
後ろに乗ってもよかったけど、僕は父さんの横の助手席に乗ることにした。
「シートベルトはしたか?」
「はい」
「それじゃあ行くから道案内よろしくな」
「分かりました」
僕は父さんにガーデンランド本社の道を教え、父さんは僕の言った通りに運転してくれる。
途中、道が複雑すぎて何度か間違えちゃったけど、そのたびに父さんが地の利を生かして修正してくれた。
家を出てから数十分。
来夢に教えてもらった本社に着くことができた。
流石に『宝命生』ほどの大きさはないけど、それでも東京、日向にあるどの建物よりも大きく見えてしまう。
「あ、ヤマト君、待ってたよ」
入り口から中に入ると、社長さんがそこにいた。
「社長さん、おはようございます」
「おはよう、ヤマト君。……えーっと、そちらの方は」
「あ、僕の父です」
「……え?」
「僕の父の久遠義明です」
「初めまして社長さん。私、声優をしております。久遠義明と言います」
「こ、これはご丁寧にありがとうございます。僕は株式会社ガーデンランドの社長を務めています。秋月末広と言います。本日はご足労頂誠にありがとうございます! まさか、『十年に一人の天才声優』に出会える日が来るなんて、光栄です!」
「いやいや、自分なんてまだまだですよ。現に声出しの実力だけではここにいるヤマトの方が上です。まぁ総合の実力では負けませんけどね!」
出会って数分。
それは父さんと社長さんが仲良くなるまでに費やした時間である。
あの後二人はお互いに意気投合。
連絡先交換に、楽しそうに会話すること約三十分。
ようやく一息ついたみたいで、僕の方を見た瞬間今日僕がここに来た理由を思い出したみたい。
「すみません、ヤマト君。少し待たせてしまいましたが、そろそろ行きましょうか。よっしーも一緒にどうですか?」
よっしー?
「そうだな。この子の仕事っぷりも見てみたいし、ヒーロがいいって言ってくれるんならついていくよ」
ヒーロ?
すえひろだからヒーロかな?
もしかして、あの三十分でお互いにあだ名呼びするほど仲良くなったの?
だとしたらすごすぎる。
僕たちは社長さんの後についていきエレベーターに乗る。
東京に来てからエレベーターに乗ってばかりな気がする。
「このビルには我が社のほかにもいくつか会社が入っていてね。ガーデンランドは10階あるうちの、7,8,9,10の四つの階を使わせてもらってるんだ」
「このビル全部がガーデンランドの会社ってわけじゃないんですね」
「ビル全てを利用できるのはほんの一握りの会社だけだよ。昨日ヤマト君が行った『宝命生』のような世界一クラスのね。ガーデンランドはまだその域に達していないから」
「すみません」
「気にしなくていいよ。でもいつかはその域に達成する。それが今ある僕たちの目標だよ。今回呼んだのはその件も含めて君に頼みたいことがあってね。ここから先は会議室で話すとしようか」
スカウトとはまた別の話みたい?
エレベーターが10階に着き、扉が開く。
開いてすぐに目に入ったのは、人があまりいない会社のオフィス。
数人ほど働いている人は見えるけど、ほとんどの席が空いている。
会議室はすぐ手前に入り、僕と父さんは椅子に座って異質なオフィスを眺めていた。
「ゴールデンウィーク初日だからね。今日まで働いて月曜日に休みをとる人もいれば、ゴールデンウィーク前の2日間有休をとって1週間休んでいる人もいるよ」
「なるほど。だから今日なのか」
「父さん。どういうこと?」
「お前って俺と同じで人が多すぎる所は苦手だろ?」
「うん。少し気疲れしちゃうかも」
「だからこそ、人が少ない今日お前を会社に呼んだんだ。通常状態のヤマトと話をするために。多分だけどヒーロは休みを返上している方だな」
なるほど、つまり僕に配慮してのことだったんだ。
ということは、日曜日に来夢を連れて行ったのも似たような理由かな?
「流石よっしーですね。正解です。今日はヤマト君に依頼と、了承がもらえればやってもらいたいことがあってきてもらいました」
「依頼?」
「単刀直入に言います。神無月ヤマト君、僕の会社が制作するゲームに出演してくれませんか?」
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