第51話 久遠義明

「うーん、よく寝た!」


配信を終えた翌日の朝。

昨日の朝とは違って、自分の力で起きることができた。


早く寝たのがよかったのかな?

でも一つ言えるのは……少し早く起きすぎちゃったかな。


外はいまだに太陽が出ていない。

昨日寝たのは夜の10時、今は朝の4時。早く起きすぎた。


二度寝……の気分じゃないし、布団の中でスマホをいじるのも面倒くさい。

外に出ようにもここは東京。知らない人がたくさんいて、暗い時間帯は危険が多い。


「……よし、東京のテレビ番組見よう」


今思うと、僕って東京に来てから朝の情報番組ってみたことないんだよね。


宮崎だとチャンネルが2つしかないけど、東京だとチャンネル数が多い。

そうなると朝の情報番組もたくさんあるに決まってる。


せっかく東京に来たんだから、宮崎では体験できないことを体験しないと損だよ。


部屋を出て、一階にあるリビングに向かう。

3日もたつと自分がどこにいて目的の部屋までどう行けばいいのかを、いちいち考える必要もなくなる。


大きい家だけど、道に迷うことなくリビングに着くことはできた。


リビングの電気は既についていて、テレビの音も流れている。


兄さんがもう起きているのかな、それとも母さん? 来夢も最近早起きだし来夢の可能性もある。

でも、もしかしたら消し忘れって可能性もあるよね。


リビングの扉を開け、中に誰がいるのかを確認する。


「お? 誰かと思ったらヤスじゃないか。おはよう」

「……おはようございます。父さん」


そこにいたのは母さんでも兄さんでも来夢でもなく起きるのが苦手な義姉さんでもない。

久しぶりに顔を見たけどどこも変わっていない父さんが、ソファに座ってテレビを見ていた。


「こうして会うのは久しぶりだな」

「はい」

「一昨年と去年は会えなかったもんな」

「母さんが仕事で東京に残ったとき、父さんが一緒に残ったからでは?」

「そうだったそうだった!」


やっぱり少し緊張してるのかな。


僕の鼓動が早くなるのが分かる。


「ヤス、少し話さないか?」

「いいですけど」


話っていうとやっぱりスカウトの件かな?


母さんは父さんが一番家族で生活をしたいって言っていた。

多分父さんも僕を説得してくると思う。


ゴールデンウィークもあと少し、ある程度意志は固まってきてるけどまだ完全に決まったわけじゃない。


父さんの意見も聞いて決める。


それが、母さんたちに言われて決まった僕の気持ちだ。


「お前……彼女とかいるのか?」

「……は?」


スカウトの件かと思っていただけに、急にコイバナが始まって驚きを隠せない。


そもそも、どうして父さんがそんなこと気にするんだろう。

僕の気持ちの整理する時間を返してほしいよ。……そこまで時間かかってないけど。


「いやー、ヤスって楓さんとツーショット撮ったり、ギャイ先生にサインをもらったりと、最近女性と一緒にいる時間多いだろ? 3日目にはVtuberの友達と一緒にメイド喫茶に行ったみたいだしさ」

「はい、確かに最近女性と友達になることは多いです」

「だよな! 俺は父としてお前が女たらしになっているような気がして心配なんだよ」

「はい?」


僕が女たらし?

ないない。


サクラさんやレベッカさん、楓さんたちは僕とは普通の友達だ。

多分、向こうもそう思っているはず。


……凛音さんは分からないけど。

だから僕は女性をたらし込んでいない! ……はず。


「いいかヤス。女性との関係は明確にしてないとダメだぞ」

「大丈夫ですよ、父さん。僕にとってはサクラさんもレベッカさんも楓さんにギャイ先生も仲のいい友達ですから」

「そう思っているのはお前だけかもしれないぞ。ヤス、父からのアドバイスだ。女性と仲良くするのはいいけど、仲良くしすぎるのには気を付けとけよ。父さんも昔、同じ目に遭ったことがあるからな。まあぞのおかげで母さんと出会うことができたんだけどな」


そこからは一方的に母さんと父さんの馴れ初めからこれまでの出来事を、武勇伝のように効かされ続けた。


最初の方は興味があったからよかったけど、流石にあとの方に進んでいくにつれて飽きてしまった。


「——という感じでヤスとライが生まれた感じだな」

「終わったかしら?」

「おう、少し盛り上がってしまったな! お前もそう、思う……だろ?」


気づくと父さんの後ろにはひきつった笑顔を浮かべる母さんが立っていた。

完全に怒っている。


時間は既に朝6時を過ぎていた。


「……おはよう」

「おはよう、あなた。朝っぱらから恥ずかしい話をしていましたね?」

「どこが恥ずかしいんだ! 親の出会いを子供たちに伝えていくってのは大切な話なんだぞ!」

「それをこんな朝っぱらから話すなんて馬鹿じゃないの!?」


母さんの言う通り、僕もそう思う。

せっかく早起きしたのに無駄な時間を過ごした感じ。


「保仁に一緒に生活しようって話したんでしょうね?」

「え、してないけど」


父さんは真顔で言い放った。

怒っている人に対して怒らせないように嘘でも「した」って言うのが普通なのに。


「……でしょうね。話を途中から聞いていたけど、あれは2時間くらいはなさないと終わらない内容だったから。嘘つかなかっただけで許してあげる」

「それはよかった」


僕は今まで一緒にいて楽しそうな父さんと母さんしか見たことなかった。

僕たちの目の前では一切の言い争いも喧嘩もしない。


だから、今の二人を見るのは初めてかもしれない。

僕の知らない父さんと母さん。


今まで見たことのない二人を見れるのはとても新鮮。


「それで、あなたは説得しないの? 保仁と一緒に住みたいって」

「うーん。それついては考えてみたんだけど、俺としては説得しないかな」

「え?」


母さんが「父さんが一番一緒に生活したい」と言っていただけに、父さんも説得してくるかと思ってたけど、意外な答えが返ってきた。


「別に一緒に生活したくないってわけではないよ。でもさ、ヤスもライもいい年になったんだ。自分のことは自分で考えられる。何より俺は東京も宮崎も好きだからな。ヤスがどっちを選んでくれても問題ない」

「父さん」

「あなたって、重要なことは他人任せよね。私たちは真剣に考えているのに」

「俺は子供の人生は自由であってほしいんだよ。親に縛られた人生は窮屈だけど楽だからな。一度っきりの人生だ。苦労して乗り越えないともったいない。それにさ——」


「俺たちはどれだけ離れていても、一緒にいる時間がどれだけ短くても、家族であることに変わりはない。それだけで俺は十分だよ」


「……確かにそうね。あなたの言う通りだわ。保仁、私はあなたたちと一緒に生活したい。その気持ちは変わらないけど決めるのはあなたよ。どんな答えだったとしても私はあなたの意見を尊重するわ。だからゆっくり考えなさい」

「うん。後悔がない道を選ぶよ」


家族であることに変わりはない、か。

確かにそうだよね。

これまでもそれでうまくいってたし。これからも問題なくうまくいく。


結局最後に決めるのは僕自身なんだ。

そこも含めてしっかり考えないとね。


「さてと、それじゃ朝ごはん作るからもう少しのんびりしてて頂戴」


母さんはキッチンに向かい朝食の準備を始める。


その間に僕は情報番組を見ようと、テレビをつけると最初に移ったのは宮崎でも流れている朝の情報番組。


「東京に来てるのに、宮崎でもある番組を見てると東京に来たって感じがしないでなんか落ち着く」

「確かに。俺も東京に上京した時は同じような感じだったな」

「……そのせいでもあったわよね。いちろーが生まれてから仕事の数を極端に減らして、宮崎で住むようになったのは。今じゃもうそれができないけど」


そうだったんだ。

今まで不思議だったことがやっと解決できた。


父さんたちは僕が生まれる前から芸能活動していたのに、どうして宮崎に住んでいたのか。

そんな裏話があったんだ。


「あ、ヤクちゃんの会社が写ってる」


いつの間にかリモコンを握り、番組を変えていた父さん。

その番組は宮崎にはない情報番組。問題はその番組に『宝命生』の会社が写っていること。


「ああ、この番組ね」


料理の手を止めて、母さんはテレビの前まで来る。


ヤク姉さんの会社と聞いて気になったのかな。


「母さん、この番組のこと何か知ってるの?」

「ええ、この番組のコーナーの一つに『神無月撫子の日常』って言うのがあるのよ。ベテラン大女優・神無月撫子について知ろう! って言う目的のコーナーね。とても明るいコーナーだから私も容認したわ。私のことを知るために役の会社に行ったのね」


東京に来てまで母さんの凄さを知ることになるなんて。


「でも、僕の家には来なかったけど」


母さんの妹であるヤク姉さんの会社に突撃するなら、息子である僕のところにも着そうなんだけど。


「当然よ。だって、宮崎の家のことは公表してないもの。番組もどこにあるかわからないところまでお金を払ってまで行くわけないわ」

「それもそうだね」


一安心してしまう。突撃なんてされたら、緊張しちゃうから。

もし来るとしても取材を受けるかどうかはわからないけど。


番組の方では撮影の許可をもらいにリポーターさんは会社の中に入っていく。

しばらく待っていると、リポーターさんと一緒に秘書子さんが出てきて、リポーターさんが両手で丸の形を作った。


「これって情報番組なんだよね?」

「ええ、そのはずだけど、これじゃバラエティー番組ね」


撮影許可はロビーと所長室だけとれたみたいで、ロビーを撮った後に一度カメラの画面が暗くなった。


そこからは普通に情報を発信した後1、2分で中継がつながり、映像は昨日見た社長室へと変わる。


そこには顔をさらしているヤク姉さんと、少し後ろに秘書子さんが立っていた。


『今日は、先日Vtuberで『神無月撫子』さんの息子さんである『ヤマト』さんの配信で妹であることが発覚した、ゲーム業界に現れた天才。『宝命役』さんにお話をお伺いしたいと思います! 突然の押しかけに対応していただきありがとうございます』

『いえいえ、姉さんの秘密を話せばいいんですよね?』

『はい。何か過去のエピソードでもいいので、一つだけお願いしてもいいですか?』


「あの子、何か変なこと言わないよね」


……ヤク姉さんなら何か言いそうな気がする。


『そうですね。……姉さんって女優としていろいろな役をやり切ってるじゃないですか』

『はい。刑事から悪役、正ヒロイン。今は母親役でダブル主演をしています』

『バラエティー番組でも可愛いベテランとして売っているんですけど、高校時代はバレンタインデーに女子からたくさんチョコをもらうイケメン女子だったんですよ』


へぇ、母さんってそうだったんだ。

イケメンのようなキャラをしているのを見たことなかったから全然知らなかった。


「あの子、そんなこと言わなくてもいいでしょ!」

「俺と会った時までそんな感じだったなぁ!」


父さんはその時期の母さんを知ってるんだ。


『え、そうなんですか!?』

『今からは想像できないでしょ?』

『はい、私たちが知ってるのは今の撫子さんだけなので……』

『これには話の続きがあるんですけど、高校卒業してから女優になるまで少しの間があったんですけど、卒業した時まではかっこいい姉さんだったんですけど、少しの間で今の姐さんに様変わりしたんですよ』

『その間には何があったんでしょうか?』

『ああ、今の旦那の久遠義明義兄さんにあったんですよ。そしたら人が変わったようにおしゃれするようになって——』


その時、テレビの方から着信音が鳴り響く。


『社長のお電話です』

『すみません。ちょっと失礼してもいいですか?』

『大丈夫ですよ』


これは放送事故なのかな?

でもアポなし突撃だからこう言うことがあってもおかしくないのか。


『もしもし』

「もしもし、私だけど」


え?

声のする方はテレビの方と、僕の後ろにいる母さんの方から。


『姉さん。今忙しいんだけど』

「知ってる。テレビに映っていい気味ね」

『すみません姉からです。姉さん、切るね』

「次ふざけたこと言ったらもう一回電話するから」

『はいはい。……すみません。うちの姉から——』


もう少し見ていたかったのにテレビを切られてしまう。


「母さん。何するの?」

「保仁、これ以上みるとご飯が作れなくなるかもしれないから我慢してね」

「……はい」


今の母さんは怒らせない方がいいかもしれない。

そこまで怒っていなかったけど、少し、おとといの義姉さんのような圧を感じた。


「いい判断だったぞ」

「父さんもあの時の母さんには触れない方がいいと思いますか?」

「ああ、料理をすれば機嫌は治るけど、もし邪魔したら長いお説教だからな」


それは嫌だ。

少なくとも今は母さんに触れないで静かにしてよ。


「ヤス、お前今日すること決まってるのか?」

「今日はガーデンランドさんに呼び出されているので、事務所にお邪魔します」

「そうか。……よし、今日は俺が送ってやるよ」

「……え?」


この時、今日は父さんと行動することが決まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る